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あの空に飛んでほしかったんだ  作者: 飛翠
第二章 正反対の姉妹
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第二章 2 再び空港へ

 空乃の後を追うように、風太も群青空港の中に入っていく。昨日もそういえばここにいたよなあ、とどうでもいいことを風太は思う。

 ……今日も、空乃さんは空港で何か用事があるのだろうか。

 とぼとぼと歩く空乃の小さな背中を見ながら、風太は疑問に思う。どうやら、空乃は展望デッキへ向かおうとしているようだった。

 ……なぜ、展望デッキに。もしかして、また昨日みたいに踊るのだろうか。

 疑問を抱えたまま、風太も展望デッキへ向かう。

 今日も空は晴れており、風太は梅雨の存在を忘れてしまいそうになる。一方の空乃は青い空を見上げ、何か思い詰めている様子だった。

 そんな悩ましい空乃の姿を見て、風太は可愛いなと思ってしまう。空乃は空を見上げたかと思いきや、展望デッキでホットドッグを食べているグランドスタッフの女性――柴田に話しかけていた。

「……ああ、こんちきしょう。上司だからって、後輩の八つ当たりしていいのか、こら」

「あのう、すみません」

「……は、は、はい。なんですか」

 明らかに自らがグランドスタッフであることを忘れ、楽な姿勢で、柴田は愚痴を小さく呟いていた。

 気を取り直し、柴田はホットドッグを喉に押し込み、空乃と接することにする。

「ちょっと困っていることがありまして」

「何かしら。言ってみて」

 そう言った直後、柴田は盗み聞きをしている風太の存在に気づいたようだった。

「そこの男の子。何かあるなら、こっちに来なさい」

 柴田に慄きながら、風太は柴田と空乃さんに近づいていく。

「……どうも」

「あ、風太くん」

 申し訳なさそうにしている風太の存在に、空乃は気づいたようだった。

「少年。昨日も空港にいたよね? いったい、何の用があるのかしら」

 薄々とグランドスタッフは、風太のもくろみに気づいているようだった。

「いや、別にその……」

「何を考えているのか、わたしわかっているのよ」

 グランドスタッフという職についているせいか、柴田は相手の気持ちを汲み取ることに長けているように、風太は見えた。

「あの……その……」

「わたしに、気があるんでしょう」

 柴田の言葉に思わず風太はずっこけそうになる。

 どうやら、彼女も一人の人間である、と風太は思い知らされるのだった。

「……違います」

 申し訳なさそうに、風太は否定した。

「風太くん、何か空港に用事でもあるの」

「んー、なんていうか」

 ……空乃さんとちゃんと話がしたくて。

 本当はそう言いたかったものの、顔が強張り、風太は口にすることができなかった。

「ちょっと、散歩しているだけ、だよ」

 柴田に疑いの目をかけられながら、風太はさりげなくごまかす。

「そうなんだね。今日も晴れていて、いい空港日和だね」

「た、確かに」

 ……空港日和、か。

 天候が悪ければ、場合によっては飛行機は空に飛べないことを、風太は思い知らされる。

「ところで、私に何の相談があるのかしら」

「あのう、良ければなんですけど……」

 謙遜しながら、空乃は柴田に告げた。

「……お姉さんのために、服や靴を探している?」

 確認する柴田に向かって、空乃は頷く。風太はまるで美しい人形を見るような目で、空乃を見つめた。

「いいわよ。今日は、ちょっと書類を確認するためだけに空港へ来ただけから、案内するわ」

 丁寧に受け入れる柴田を見て、風太はよっしゃ、と心の中でつぶやいた。

 昨日と同じように、空乃さんと空の下で過ごせる。

 それだけでも、風太は幸せだった。

「といっても、私ファッションにあまり詳しくないの。だから、本屋でファッション雑誌を見てからでもいいかしら?」

 柴田に言われ、風太と空乃は頷いた。



 群青空港内の書店へ風太と空乃、柴田は向かう。その書店はもちろん、昨日風太たちが訪れたばかりの群青エアポート書店だった。書店のロゴは翼がモチーフで、どこかきらめきを見せていた。

「あなたたち、高校生よね?」

「まあ、そうですけど」

 二人の制服をじろじろと、柴田は見つめる。

「二人は友達?」

「そうですよ」

「友達、ねえ」

 柴田は風太の反応を見て、にやにやと笑みを浮かべていた。

 これはまずい、と風太は判断した。

「本当です、って」

「まあ、わたしはどっちでも構わないけど」

 対抗するように、風太は問いかける。

「おばさんは、彼氏とかいるんですか?」

「おばさん、ってなによ。わたしは、お姉さんよ。柴田お姉さんか柴田さんって呼んで」

「じゃあ、間をとってお姉さんで」

 風太と柴田が会話を進める中、ただ空乃は目標に向かって、一直線に進んでいく。

「ここ、よ。広いし、それなりに品ぞろえは豊富かも」

 群青書店の中へ三人は入り、ファッション雑誌のコーナーへ向かう。

「わー、本当にたくさんあるんですね」

 見慣れない光景に、風太は眩しくなる。

 空乃と柴田は早速書棚にある女性ファッション雑誌を手に取る。

 風太はどこか居心地が悪く、別のコーナーへ行こうか迷っていた。どうしても、女性ファッション誌のコーナーや化粧品売り場などが苦手なのだ。

「……空港で彼を待つ、大人なファッション」

 雑誌の中身を見ながら、空乃はぼそりとつぶやく。

「当てつけみたいに言うのは、やめて」

 柴田は空乃を軽く睨む。柴田は無難に私服を着こなしているものの、ファッションやお洒落に劣等感を覚えているようだった。

「柴田さんは恋人はいるんですか?」

「……い、いるわよ。最近全然会えてないけど」

「へえーいるのか」

 ……へえー、意外。

 今度は風太が柴田に睨まれる出番だった。

「私のことはともかく、その空港で彼を待つ、大人なファッションにすればいいんじゃない? それを目指す服とか買って」

 柴田の言葉に、風太ははっとさせられる。

 ……というか、空乃さんは何のために服や靴を買おうとしているのだろうか。

 風太の頭に嫌な予感が過る。

 ……も、もしかして空乃さんは彼氏がいて、その彼氏のために、服を選んで空港へやってきたのか。

 勝手にそう思いこみ、風太は嫌悪感に苛まれる。

「というか、あなたは何のために服を買っているの?」

 さりげなく柴田は空乃に尋ねる。

「……お姉ちゃんのために」

 ……お姉ちゃん? もしかしてここにいる柴田さんのために、服を買おうとしているのか。偉いなあ、空乃さん。

 風太の思いこみがさらに突っ走る。

「わたし、お姉ちゃんがいて、今日帰国してくるんです」

「へえー、お姉ちゃんがいるんだね。顔似ている?」

 お姉ちゃん、ってそっちのお姉ちゃんか。

 風太は心の中で、ボケとツッコミをするのだった。

「おい、そこの制服着ている奴ら。本屋では静かにしろ」

 聞き覚えのある声だな、と思いながら声が聞こえる方へ風太は顔を向ける。

「あ、行人さん」

「なんだ、お前らか」

 昨日話したばかりということもあり、互いに不思議な気持ちになる。

「こんなところで何している? また誰かに頼み事でもされているのか」

「それが……」

「そうなんです」

 行人の問いかけに、空乃が即答する。

「お姉ちゃんに、空港で服を買ってほしい、って頼まれて。買う服をどれにしようか悩んでいるんです」

「どれにしようかって……ここは本屋だぞ」

 行人は柴田と目が合う。

「どうも」

「二人は知り合いなんですか? もしかして……」

 行人と柴田を、風太は交互に見つめる。

「ばか。勘違いするな。ただの顔見知りだ」

「たまに、休憩中顔を合わせるだけよ」

 半信半疑に風太は耳を傾ける。

「行人さん、今日はひま?」

「すまんな。今日は仕事が立て込んでいるんだ。だからそこにいる、おば……お姉さんにお願いしてくれ」

「ちょっと今聞こえたわよ。そこまで私、老けて見えないから」

 火花をちらつかせようとする柴田に、風太は言った。

「とりあえず一緒に服屋まで行ってもらえませんか。お願いします」

「いいわよ。暇だし」

 行人と別れ、三人は書店を後にすることにした。



 群青空港内にある服屋へ三人は向かう。

 語尾の伸びた「いらっしゃいませ」が店内に響き渡り、風太は自分の居場所を見失ったように思えてくる。

 一方の柴田は堂々とした佇まいで、空乃に何かを問いかけようとしていた。

「さっきも聞いたけど、あなたとお姉さん、顔は似ているの?」

「……似てない」

 柴田の質問に、空乃は片言で応える。

 ……空乃さん?

 空乃の異変に気づいた風太は空乃に問いかける。

「空乃さん、大丈夫?」

「え?」

「もしかして、飛行機が怖い?」

 風太に問いかけられ、空乃は首を横に振る。ちょうど、空港内に飛行機が離陸する音が伝わっていた。

「ううん。大丈夫。心配しないで」

「あんまり無理しないようにね」

 風太と空乃のやりとりを見て、柴田が顔を曇らせる。

「あなた、飛行機が怖いの?」

 柴田に尋ねられ、ゆっくりと空乃は頷く。

「でも、お姉ちゃんのために、私はここにいる」

 空乃の眼差しに力強さを感じ、風太と柴田は空乃のことを信じることにした。

「それに、私はいつか飛びたい。あの空を」

 空港の窓には、青い空が広がっていた。

 空港内の服屋に三人はたどり着き、空乃の姉に似合う服を探し始める。

「あなたのお姉さん、どういう服をいつも着ているの?」

「……派手な服」

 淡々と空乃は応え、ピンク色の派手なワンピースを眺めていた。

 派手、だと聞いて風太は驚いていた。姉妹だというのに、着ている服は正反対なのだろうか。様々な憶測を持ったまま、風太も服探しに奮闘する。

 なんだかこれ、デートみたいだな、と風太は思う。まるで彼氏が彼女のために、服を選んであげているような……。

「あ、これとかどう?」

「……ちょっと、地味かも」

 柴田が手にするTシャツを見て、空乃はそう応える。ファッションの知識がないということもあり、柴田と風太は空乃や空乃の姉の意に反するものばかりを手に取ってしまう。

「服選びって難しい」

「本当ね」

 風太と柴田は悩みを口からこぼす。その一方、空乃は懸命に服選びをしていた。

「あの子、偉いね。私だったら、人のためにあそこまで一生懸命になれないかも」

「えっと、柴田さんは姉妹とかいるんですか?」

「いるよ。年の離れた妹だけど。ちょうど反抗期で、私に口利いてくれないの」

 年の離れた姉妹を間近で見たことがなく、風太はあまり実感が湧かない。

「へえー。だから、年下の扱いに慣れているんですね」

「それ、どういう意味よ。風太くん……はいるの?」

「いや、僕は一人っ子……だから、いないです」

「そう、意外。なんか世話焼くの好きそうだから」

「そうですかね?」

「そうよ。じゃなきゃ、あの子のために協力しようとは思えないでしょ」

「さすがに困っている人を見たら、気になりますし。柴田さんだって、人を助ける仕事をしているじゃないですか」

「仕事だからね」

 あっさりと柴田は応える。

「私も学生の頃は店で服を見るのが好きだったんだけどね、自分と似た系統の服を着ている同じスタッフの子を見ていたら、洋服のことを考えるのが嫌になっちゃったの。アパレル関係に就職したかった、とか呟く子を見るだけで、しんどくなってくる。アイロンとかかけちゃってさ」

「グランドスタッフも色々と大変なんですね」

「本当よ」

 風太と柴田がそうこう話しているうちに、空乃は会計を済ませたようだった。




 次に、風太たちは群青空港内の群青エアポート靴屋へ向かうことになる。

「空乃ちゃんのお姉ちゃんはハイヒールとか履くの?」

「……履きます」

 ハイヒールの高さに驚きながら、空乃は柴田の質問に答える。

「私のお姉ちゃんは……ギャルなんです」

「……ギャル?」

 思わず風太の声が裏返る。

 そ、空乃さんのお姉さんがギャル? 一体どういうことなんだ? 何かの聞き間違いか? それとも、運命のボタンを押し間違えてしまったのか。

 風太の脳内は煩悩そのものへと移り変ろうとしていた。

 二人の目が合う。

 空乃は気まずそうに頷いていた。

「だから私とは……合わないかもしれないです」

「……合わない?」

 空乃はまた頷いた。

「性格とかいろいろと……」

 風太は質問を試みたもの、それからこれ以上のことを空乃は応えようとはしなかった。

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