第二章 1 新しい朝
新しい朝がやってきた。
自宅のベッドから起き上がる風太の一日の始まりの第一声はそのような言葉だった。
時刻は朝の七時だった。
「……空乃さん、どうしているんだろう」
昨日の空港での出来事がふと風太の頭によみがえる。いろいろな出来事が一日という時間に多く起こりすぎて、風太は気持ちの整理がつかずにいた。
だが、風太には一つ言えることがある。
生きている気がする。
腕を大きく伸ばし、風太はパジャマから制服に着替えることにする。
……そ、空乃さん。
制服に着替え、学校へ向かう途中、風太は空乃を発見する。
昨日話したばかりというのに、風太は空乃に懐かしさを感じる。
まさに、仲が良かったのに、久しぶりに会うと照れくさくて話せなくなってしまうもどかしさを、風太は感じているのである。
「そ……」
「風太、おはよう」
声をかけようか迷っていると、風太は登校中の友郎に声をかけられる。友郎の隣には、どこか眠そうで不機嫌な美奈子が立っているのだった。
「お、おはよう」
「眠そうね」
「そっちこそ」
美奈子に指摘され、風太はそのままそっくり言い返す。
「今日、国語の小テスト、あるみたいだな」
「ええっ」
友郎に言われ、国語の小テストの存在をすっかり忘れていた風太は驚いてしまう。
「何驚いているの。たかが小テストじゃん」
美奈子に風太は冷たい目をされる。
「そうかもしれないけど、内申に響くかもしれない」
「というか、昨日何していたの? なんか急いでいたみたいだけど」
風太は思わず後ずさりしそうになる。
「……べ、別に。ちょっと親戚同士で集まりがあっただけだよ」
ごまかす風太に、美奈子は疑いの目を向けた。当然のことながら、二人と話しているうちに空乃の姿は消え、風太は物寂しく感じるのだった。
授業が始まり、教室で空乃のことをじっと風太は見つめていた。黒板の白い文字や誰かの視線など風太は全く眼中にない。
……昨日のこと、空乃さんはどう思っているのだろう。
空港を出た後、風太は空乃と二人きりで帰り道をともにしたものの、大した話をすることが出来なかった。風太は連絡先を交換することも、告白をすることもできなかった。
……今日は寒いね、とか今日はいろいろあったね、ぐらいしか。
空乃への想いを噛み締めるように、風太はシャーペンを右手で強く握りしめた。
……空乃さんは僕のことを。
そして授業が終わった後、偶然風太は空乃に廊下で居合わせた。
「お、おはよう」
「おはよう」
笑みを浮かべながら、空乃は風太に挨拶をした。
「え」
挨拶だけ空乃にされ、風太は途方に暮れる。二人だけの時間がこれだけなのかと思うと、風太は実に切なかった。廊下の窓の隙間からこぼれる風だけが、風太に身を寄せようとしていた。
……空乃さん。空乃さん。
いけない、と思いつつも、またもや放課後、風太は空乃の後を追いかけることにした。
昨日と同じように空乃は一人でスクールバッグを持ちながら廊下を出て、昇降口へ向かう。昇降口で空乃は上履きからローファーを履く。
「風太」
「わっ、びっくりした」
昇降口で掃除をする美奈子に風太は話しかけられる。
「もう帰るの?」
「帰るよ。ちょっと用事があるから。それじゃ」
そそくさと外履きを履き、風太は昇降口を後にする。
校門を出て、空乃は昨日と同様のコースを歩いていた。
もしかして、空乃さんは……。
そして空乃と風太がたどり着いた先は、群青空港だった。