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あの空に飛んでほしかったんだ  作者: 飛翠
最終章 あの空に飛んでほしかったんだ
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最終章 5 空へ

 翌週、群青空港で風太と空乃は待ち合わせをした。

 昨晩なかなか眠れなかったこともあり、風太は胸の奥が少し苦しかった。自室の時計の秒針の音が何度も頭に過り、出かかっていた言葉全てが、喉途中で止まりそうになり、少しだけ風太は不安が募っていた。

 今日は……。

 今日というこの日は……。

 今日は、空乃さんと飛行機に乗れる。

 空港日和だし、空の旅もきっと良いものになれる。

 飛行機の窓から、青い空と太陽と、大きな雲を眺めるんだ。

 たぶん無理だけど、雲だっていつか……。

 風太は顔を見上げる。

「空乃さん」

 風太の目の前には、前髪を少しだけ切った空乃がいた。

 前髪を切ったね、と風太は言うべきか迷った。

 だが、すぐに答えは出た。

 笑みを浮かべ、空乃は風太に声をかける。

「行きましょう」

 空乃に愛おしさを感じながら、風太は頷いた。先ほどの不安をかき消すように、風太は浮き足立っていた。

 二人の横を通り過ぎる人々もまた、土曜日ということもあるせいか、表情に余裕がみられた。

 雀の鳴き声を耳にしながら、風太は確認のため、空乃に質問をぶつけることにした。

「本当に大丈夫?」

 風太の手を空乃が強く握りしめる。

 華奢な手が微動する。いつもは爪についていない空模様のネイルが今日はついていた。

「……風太くんがいるから、きっと大丈夫」

 二人は意を決した。

 搭乗の手続きを済ませ、アナウンスと人々の波に飲まれるように二人は飛行機へ乗りこんだ。


 ……ついにこの日が来るなんて。

 搭乗している飛行機の中で、風太はベルトを装着し、不安とドキドキのせいか、眠ることができなかった。

 お金持ちが乗るようなファーストクラスやビジネスクラスの席に座っているわけじゃない。ごく普通の席だ。座りながら、テレビを観ることができる、ということもあり、風太はテレビをつけていた。

「何を見ているの?」

 画面と睨みっこをしている風太に、空乃は疑問を投げかける。

「映画観ているんだ」

「何の映画を観ているの?」

「ヒーローもの、かな」

「ヒーロー?」

 風太はゆっくりと頷いた。いざ、鑑賞しているものに興味を抱かれると、気恥ずかしくなり、窮屈そうに屈みこんでしまうのだ。

「単純に、ヒーローが悪役を救うだけ、だよ。特別何かがあるわけじゃない」

「そう? 普通に凄いことだよ思うけど」

「凄い、かな?」

「だって、人のために、身体を張るみたいだし。少し前にね、身体を張っているスタントマンの人が出ている番組を観たの」

 ……ああ、なるほど。そういうことか。

 語り始める空乃の端正な横顔を見て、風太は納得をした。

「それにせっかく身体を張っているのに、名前はあまり知られないみたいだし……。お金は払われるんだろうけど、なんか複雑だな、って思って」

「それがヒーローなんだよ、きっと」

 テレビ画面が急に映らなくなった。

 おかしいな、と風太が思った直後に、飛行機が突然大きく揺れ動いた。

 他の乗客からどよめきが聞こえてくる。

 どうしたんだろう……。

 風太は周囲を見渡した。

 キャビンアテンダントが忙しい様子で周りに声をかけようとしていた。

 ……どうしたんだろう。

 頭の中に暗雲が立ちこめる。

 窓側の席に座っている風太は、窓の景色をじっと見つめた。窓にただ青が広がっているのにも関わらず、口の中が酷く乾いた。

 ――空乃を守ってやるんだぞ。

 不意に行人の言葉が頭に過る。風太を両肩をそっと叩く行人の表情とは普段とは違い、年上のように感じられた。

 風太は息を飲んだ。

 ……怯えている場合じゃない。僕が空乃さんを守るんだ。

 風太が空乃の方へと視線を移そうとした直後、風太の左手が何かによって握りしめられた。

 ……手?

 ……爪?

 ……空?

 風太が空乃の顔をじっと見つめると、空乃は落ち着いた様子を取り繕うように、ゆっくりと頷いた。

「風太くん、大丈夫だよ」

 空乃に言われ、風太は我に返った。

「そうだよね、大丈夫だ」

 空乃は風太の言葉に耳を傾け、笑って見せた。


 カモメが海上を渡り歩くように飛び、船の出港の合図が響く。

 風太たちは北海道の観光地を渡り歩いていた。潮風にそっと押されるように、二人は観光客の中に紛れていた。

 ――空乃さん、何か食べたいものある?

 ――スープカレーとかラーメンが食べたいなー。風太くんは?

 ――僕は、新鮮な魚介類が食べたい。

 歩幅を合わせながら、風太と空乃はそのようなことを語り合っていた。

「あー、これだこれ」

 風太は新鮮なカニの入った発泡スチロールの箱を持ち上げる。

「カニ……好きなの?」

 不思議そうに空乃は、カニをじっと見つめる。塩辛いカニの匂いが空乃の知的好奇心をくすぐっていた。

「あ、いや、コレは美奈子や友郎へのお土産」

「そっか。仲良いもんね」

 美奈子のお願いとは、お土産のことだった。大したことのないお願いなのか、図々しい頼み事なのか、風太にとって定かではない。

 微笑みかける空乃を見て、風太は一緒にいてよかった、と思う。

「じゃあ、これも」

 空乃はもう一つのカニの入った白いボックスを持ち上げた。

「行人さんや柴田さん、修夢くんの分も」

 空乃の表情に曇りがなく、風太はほっとした。先ほどの機内での出来事を取っ払うくらい、表情には偽りがない。

「今回、海外じゃなくてごめんね」

「ううん、そんなことない。北海道へ行くの初めてだから、楽しいよ」

 それに、と続けて風太は言った。

「ちょっとずつでいい、と僕は思うんだ。ちょっとずつ空に飛ぶのを好きになって、いろんな場所に行けるようになって、楽しいことが増えていく。僕はそれでいいと思っているんだ」

 今度は風太のほうから微笑みかけた。

 二人は空を見上げる。青く澄んでいた北海道の空には、飛行機雲が浮かんでいた。


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