最終章 4 告白
翌日の夜、風太たち一同は空港に集まった。
「……これ、見てください」
空乃がスマートフォンの画面を風太たちに見せる。
「ちょっと、何よこれ」
「……転売されている?」
どうやら、何者かが風太の飛行機のキーホルダーを転売サイトで転売しているようだった。
「腹立つわー。何よ、これ。警察に通報するしかないわ」
「そうだな。これはありえない」
「他人の物を勝手に奪って、金儲けしようなんて、良い根性している」
「ちょっと待ってください」
行動に出ようとする柴田や行人を風太は引き止める。
「どうしたの?」
「……僕、もういいです。キーホルダーなくても大丈夫です」
風太の発言に、二人は首を傾げていた。
「どういうこと? それ、どういう気持ちでそんなこと言っているの、ねえ」
柴田の口調が強くなっていく。
おい、落ち着けよ、と行人が柴田をなだめる。
「落ち着けないわよ。だって、あの飛行機のキーホルダーは、風太にとって、物凄く大切なものじゃない。それを身勝手なやつに、奪われていいと思うの?」
「んー、それは」
「思わないでしょ」
柴田の迫力に、行人は手の施しようがなかった。
「みんなには協力してもらって、本当に感謝している。でも……」
風太は間を置き、言った。
「でも、飛行機のキーホルダーよりも、大切な出会いがあったから、それと引き換えにキーホルダーがなくなったと思えば、僕はそれでも良いと思っているよ」
「……風太」
珍しく空乃が風太の名を呼び捨てした。
「風太……くんに、プレゼントしたいものがあるの。今から、展望デッキへ来てもらってもいいかな?」
……なんだ。呼び捨てするつもりではなかったのか。
ゆっくりと、風太は頷いた。
「お邪魔なようだから、俺たちは近くで時間を潰しているぜ」
「え、ちょっと……」
颯爽と去る二つの背中を、風太は見守った。
風太と空乃は空港の展望デッキにいた。
天気は良好。
風も強くない。
今日は空港日和だ。
風太は空気を吸い、息を吐いた。
もちろん、すでに陽は沈んでいる。昼間の光景とは打って変わり、数多の街灯がただ夜空にとけこんでいるだけだ。
今こそ、気持ちをちゃんと決めないといけない。
空に背を向け、風太はそう感じた。
「空乃さん。話って、なに?」
「風太くんにプレゼントしたいものがあるの」
空乃は自分のバッグから、飛行機の模型を取り出した。
「こ……これは」
飛行機の模型には触らずに、風太はじっと見つめる。
「風太くんが大事にしていた飛行機じゃないけど」
少し空乃に近づき、風太は空乃に言った。
「……好きだよ」
優しく風太はつぶやく。
「え?」
「その飛行機」
空乃の小さな手には、飛行機の模型があった。
右手で飛行機の模型を受け取り、左手で風太は空乃の手を握りしめる。
……冷たい。でも、暖かい。
矛盾した感覚が風太の胸の中で右往左往する。
ああ、僕は空乃さんが好きなのだ。
「ほら見て、風太くん」
夜空を空乃が見上げる。
「飛行機が飛んでいるよ」
空乃は風太に飛行機のチケットを渡す。
「風太くん。良ければ、私と一緒に飛行機に乗ってください」
翌日、話がある、と風太は美奈子に伝えた。放課後、高校の屋上で風太と美奈子は二人きりで話し始める。
「話ってなに?」
校舎を覆う青空は夕空へ姿を変えていた。グラウンドからは野球部の掛け声が響き、校舎の窓からは吹奏楽部の音色が伝わる。
「……実を言うとさ」
「私の事を振るなんて、許さないよ」
「え?」
「冗談。まあ、なんとなく最初からわかっていたんだけどね」
美奈子はいつになく余裕の笑みを浮かべた。夕焼けに染まる美奈子の頬の皺には、幼さと大人っぽさの両方を兼ね備えていた。
「風太が空乃さんのことを好きなこと」
この時ばかりは、風太が自分の気持ちを誤魔化すことはなかった。
「やっぱりばれていたか」
「当たり前だよ。いくらなんでも、風太はわかりやすすぎる」
続けて美奈子は言った。
「それに、こうしてほぼ毎日一緒にいるんだし、気づかないわけないよ」
いろんな意味を含んだ笑みを、美奈子は浮かべた。
「そっか」
「そうだよ」
ふとした時に、一斉に周りが静かになるのはなぜだろう。
夕空を見上げながら、風太は想いを馳せる。野球部の掛け声も、吹奏楽部の音色も、帰宅する人たちの会話も聞こえない。
「いつもはくだらないことばかり、言い合っているかもしれないけど、風太」
風太と美奈子はじっと顔を見合わせる。
「風太の優しさが空乃さんに、しっかりと伝わるといいね。風太の良いところ、空乃さんにもっと気づいてほしい」
寂しく笑う美奈子の姿が風太の目に焼きついた。
「ありがとう」
「じゃあ、一つだけお願いしてもいい?」
美奈子は風太にあることを耳打ちした。