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あの空に飛んでほしかったんだ  作者: 飛翠
最終章 あの空に飛んでほしかったんだ
19/22

最終章 2 先を越された

 翌週、風太は普段通り、高校へ向かっていた。

「……おはよう」

 学校へ向かう途中、風太は美奈子に話しかけられる。

「お、おはよう」

「な、なんか疲れた顔しているけど、大丈夫?」

 美奈子に問い詰められ、無理やり風太は笑みを浮かべる。

「大丈夫だよ、僕は」

 二人は肩を並べ、ゆっくりと歩き始める。

「先週は……いろいろあったね」

 美奈子に指摘され、風太は我に返る。

 そういえば、美奈子と空港にいたのは、何気初めてだったな。

 とりとめがなく、あまり振り返りたくないことを風太は思い出す。

 それは、芽衣の失恋、だった。

 いくら他人とはいえ、風太はいろいろと思わされることがあるのだった。

 ……僕ももし、空乃さんに告白したら、あっさりとフラれてしまうんだろうな。

 あまり深く考えるな、と自分自身に警告すればするほど、風太は悩ましい気持ちにさせられてしまう。

「いろいろあったけど、私は楽しかったよ」

「え?」

 複雑そうに笑みを浮かべる美奈子を見て、風太は首を傾げた。

「あの子がフラれて楽しいとか言うのはおかしいけど、私は風太たちと空港で過ごせてよかった。やっぱり、いろいろあるほうが毎日、楽しいし」

 悔しいけど、僕も同じだった。空港にいて、そしてそこに空乃さんがいて、他人からすれば振り回され、傷つけられることばかりなのに、僕はそんな日々が愛おしい。もしも、そんな日々がなくなってしまうのかと思うと、僕は辛くて耐え切れないだろう。

 風太は美奈子に同情した。

「風太さ、放課後空いている?」

 不意に美奈子からそのようなことを聞かれ、風太は頷いてしまう。

「ちょっと話があるんだ。だから、今日は空港へ行かずに、部活へ来て」

「あ、当たり前だよ。僕、部活がある日には、空港へ行かないし」

 何も事情を聞かされぬまま、風太は空杉海高校の校門を通った。


 放課後、部活へ向かおうとした時、偶然にも風太は空乃と修夢が一緒に教室を出ていくのを見た。

 ……あの二人一緒に歩いているけど、まさか空港へ行くんじゃないだろうな。

 そう思った瞬間、風太は気が気じゃなくなる。

 ……どうしよう。部活なんかサボって二人を追いかけようか迷う。あの二人をイイ感じにしたくはないし。かといって、部活はサボるわけにはいかないし、美奈子との約束もあるだろうし……。

 あれこれ迷いながらも、風太は二人の事を追いかけていた。そして、二人の向かうルートがいつもと違うことに風太は気づかされる。

 ……なぜ、昇降口ではなく、屋上へ向かっているんだ。

 空乃と修夢は校舎の階段を駆け上がり、屋上へ侵入していた。

 ……まさか良からぬことを考えているのではないだろうか。まさか二人がそんな……。

 良からぬ想像にかき立てられながら、風太もまたひっそりと屋上へ駆けあがる。

「……話ってなんでしょうか」

 物陰に隠れ、風太は二人のやりとりを監視する。

「実を言うと、俺、ずっと言いたかったことがあるんだ」

 しばらく二人の間には沈黙が流れていた。屋上を覆う空は夕焼けに染まっており、まさしく二人の舞台を彩ろうとしている。

「……空が綺麗ですね」

 なかなか言葉を発しない修夢に向かって、空乃はそのようなことをつぶやく。

 ……まったく、じれったいな。里中の野郎、何を考えているんだ。まさか、本気で空乃さんに告白するんじゃないよな。そんなことをしたら、どんな天罰が待っているのかわかっているのか。空から雷が……。

 心の中であれこれ、風太は思いを書き殴った。

「空乃さんは綺麗……だと思う」

 修夢が突拍子もないことを口にし、風太は身を乗り出しそうになる。空乃は口を閉ざしたまま、首を横に傾けた。

「なんていうか、僕は綺麗な空を見上げている空乃さんが好きなんです」

 ……こ、こいつ。

 拳を強く風太握りしめる。

 空乃は困惑し、空をただ見上げているようだった。

「……空乃さん」

 修夢は空乃の名を呼ぶ。

 空乃は空から修夢へ視線を移す。

「俺は空乃さんのことが好きです。今すぐに、とは言わないので、返事をください」

 修夢の告白を聞いた瞬間、風太は虚無感に襲われるように、階段を駆け下りた。



「じゃあな、風太」

 友郎が剣道部の更衣室で、風太に別れを告げる。

「え、ちょっと」

「ん? なんだ」

 普段と違う光景に違和感を覚えた風太は、友郎を引き止める。

「一緒に帰らないのかよ」

「あー、今日ちょっと急がないといけない用事があってさ、ごめん。また違う日、一緒に帰ろうぜ」

「そ、そうか」

 ……やはり友郎の様子がいつもと違う。

 風太は着替えながら、そう感じるのだった。

 ゆっくりと部活の更衣室を出て、風太は体育館の前にある自動販売機で、ジュースを買う。

 ……そういえば、美奈子どこにいったんだろう。

 美奈子の姿が見当たらず、風太はスマートフォンで美奈子と連絡を取ることにした。だが、美奈子はメールにも電話にも応答しない。

 ……何かあったのかな。

 風太は少し不安になる。

「わあっ」

「わっわっ……」

 美奈子に後ろから驚かされ、風太は思わず声を上げてしまう。

「びっくりしたあ」

「びっくりしたでしょ」

「見当たらないし、連絡もこないから心配したよ」

「ごめん、ごめん、ちょっと剣道部の竹刀が一本足りなくて探していて、遅くなった」

「へえー、大丈夫なの」

「もう、大丈夫。心配はいらないよ」

 美奈子はどこまでも無邪気だった。

「話……ってなに?」

 風太は率直に美奈子に尋ねる。

「ちょっと待って。とりあえず歩かない?」

 いいけど、と小さく風太はつぶやく。つぶやくとともに、美奈子の様子がおかしいことに、風太は気づかされる。

 ……今日の二人はやっぱり様子が変だ。何か、あったのかな。もしかして、僕が何かしたのかな。

 風太は二人の様子を疑い、不安を募らせる。

 ……もしかして、空乃さんが里中に告白されたことと何か関係あるのだろうか。もしかして、ある種、失恋してしまった僕のために、気を遣っているのだろうか。

 様々な憶測を風太は立てていく。

「えいっ」

「痛いっ」

 考え事をしている風太のおでこを美奈子はデコピンする。

「いててっ……」

「あれ? そんなに痛かった? ごめん」

 ……どうやら、僕に気遣いをする、という概念が美奈子にはないらしい。

 風太は改めてそう感じさせられるのだった。

「ねえ、風太」

 改まるように、美奈子は風太に聞いた。

「風太には、本当に好きな人がいないの?」

「……いないよ」

「じゃあ、空乃さんのことは好きじゃないの?」

「……僕は」

 ……僕は、空乃さんのことが好きだ。空乃さんが好きだ。好きだ。好きだ。

 心の中で、何度も風太は好きの言葉を繰り返した。

 ……だけど。

 好きだと思えば思うほど、風太の胸の奥から、ネガティブな気持ちがこみ上げていく。

 ……空乃さんは違う男に告白されてしまった。空乃さんは里中に告白されてしまい、僕が空乃さんの隣にいる資格を失ってしまった。だからもう、どうすることもできない。

 今の自分に言えることを、風太は美奈子に言った。

「僕は空乃さんのことは好きじゃないよ」

 そっか、と美奈子は風太以上に小さく寂しそうにつぶやいた。

「じゃあ、言ってもいいのかな」

「ん? なに」

 立ち止まり、美奈子は風太に告げた。

「私ね、風太が好き」

 そう言われた瞬間、風太の中にある時間が止まる。

「ええええっ」

「そんなに驚かなくてもいいじゃない」

 ものすごく驚く風太に、美奈子は小さくつぶやく。

「だ……だって」

「だって、なによ」

 美奈子は唇を尖らせる。

「今まで、そんな風に思われているなんて考えたこともなかったから」

「なによ、それ。風太が鈍すぎるんじゃない」

 腕を組み、美奈子はそっぽを向く。

「……で、答えはどうなの」

「答えって……言われても」

 風太は夜空を見上げ、困惑してしまう。夜空に星はどこにもなく。どことなく薄暗い。

「もう、わかった」

 困惑する風太を見て、美奈子は手を合わせる。

「今すぐに返事をしなくていいよ」

 でも、と続けて美奈子は言う。

「必ず返事はちょうだい。絶対に。遅くてもいいから」

 わかったよ、と小さく風太は呟いた。

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