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あの空に飛んでほしかったんだ  作者: 飛翠
最終章 あの空に飛んでほしかったんだ
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最終章 1 キーホルダー

 芽衣があっさりと気持ちを切り替えた日の放課後、風太は空乃に呼び出しをされた。今日という日は、いちいち胸の中を締め付けられる、と風太は頭を抱えたくなった。

 だが、呼び出した相手はあの空乃だ。そうだと思えば、まだ良いのだ。

 呼び出された場所は高校の近くにある公園だった。青く澄んだ空に飛行機雲が浮かんでおり、僕はベンチに座りながら、情景を見つめていた。

「話ってなに……かな?」

 僕はゆっくりと尋ねる。

 空乃はあるものを風太に手渡してきた。

「……コレ。風太くんのかな、って思って」

 空乃が風太に手渡したものは、風太が小さい頃に親に貰った、サイン入りのキーホルダーだった。

「あ、ありがとう。……それ探していたんだ」

 風太は空乃から、飛行機のキーホルダーを受け取った。

 飛行機のキーホルダーは、空港の創業記念に作られたもので、いわゆる限定ものだ。もう二度と他の誰かの手に渡ることはない、と風太は思っているし、そう信じている。

「どこで、見つけたの?」

「空港の入口」

 それを聞いて、風太はデジャヴを感じる。

「こないだ修夢くんについた嘘が本当になったね」

 空乃は笑みを浮かべた。

 たぶん、深い意味はない、と風太は感じる。他の人に対しては、言葉にいろんな意味を求めてしまうのに、空乃に対しては違った。

 ……空乃さんはどこまでも真っすぐだ。

 風太は改めてそう感じるのだった。

「それって、昔期間限定で販売していたやつだよね?」

「そうだよ」

 空乃は自分のバッグから、違う飛行機のキーホルダーを取り出した。

「風太くんと初めて空港へ行った時、私が買ったやつ。お父さんにあげようと思ったんだけど、私にあげる、って言ってくれたんだ」

 空乃が手にする飛行機のキーホルダーは、風太のものとよく似ていた。

「凄く似ているね。同じやつかな?」

「違うと思うよ。キーホルダーの裏をよく見て」

 空乃の飛行機のキーホルダーには、サインがなかった。

「偽物ってこと?」

「微妙などころだね。復刻版のキーホルダーだけど、たぶん会社のミスで、サインをつけ忘れたんだと思う」

「そうなのか」

「空港の創業者の人も亡くなっているし、仕方がないとは思うけど」

「だね」

 風太は自分のスマートフォンに、飛行機のキーホルダーを付け直した。

「空乃さんは最近何かあった?」

「……何か、って?」

「別に深刻なことを聞いているわけじゃなくて、何か良い事とか悪い事とかあったかな、って思って。ないなら、別に良いだけどさ」

「風太くんは何かあったの?」

 僕は息を飲む。

「そりゃ、何というか短期間でいろいろあったから、いろいろと思うところはあったというか、気持ちの変化もあったかな、って思う。もちろん、誰かに対する想いは変わらないけど」

 空乃は口を閉ざす。

 ……まずい。余計なことを言ってしまったか。

 風太は自分の発言を公開した。あの青空が時を経て雲をかき消すように、僕の言葉もかき消せればいいのに、と風太は思う。

「そっか。確かに振り返ってみれば、いろんなことがあったもんね。あの空港で」

「もうあの空港へ行ったら、想い出しかないよ」

「想い出しか、ない?」

「ああ、ごめん。変なこと言って。気にしないで」

 空乃は笑みを浮かべた。

「思えば、風太くんのおかげで救われた人がいっぱいいるもんね」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。私もお父さんやお姉ちゃんにちゃんと会えたし、他の人だっていろいろあったけど、良い方向に持っていけたし。風太くんのおかげだよ」

「僕のおかげじゃない。空乃さん、のおかげだよ」

 ああもう、なんなんだ、このやりとりは……。

 自分から話を振っておいて、僕はこの状況に困惑している。

 風太は頭を抱える。

 これまでもこんな場面に遭遇したことはあるはずなのに、小っ恥ずかしくなってきたのだ。

 余裕のない風太とは裏腹に、空乃は平穏な笑みを浮かべる。

「風太くんみたいな人がたくさんいたら、この世界ももう少し良いなって思えると思う」

「それは言い過ぎだよ。僕みたいな人がこの世界にたくさんいたら、それはそれで……」

 空乃が首を傾げた。

 ……ああ、今日は本当に、口を滑らせてばかりいる。

「私もあんな風に空を飛べる日が来るのかなあ」

 空乃はじっと飛行機雲を見つめていた。

 乗れるよ、と風太は言いたかったが、それはあまりにも軽率であるように思えた。

「僕は雲の上でのんびりしたいな」

「のんびり、できるの?」

「小さい頃、そんなことばかり考えていた。泥団子作るよりも、空に飛びたい、って思っていた」

「そうなんだ。私、小さい頃は空のことはあまり考えなかったなー」

「まあ、普通は考えないよね」

「そう? 周りの子たちはよくそんなこと言っていただけど」

「え? 言っていたの?」

「うん、言っていたよ」

 あっさりとセリフを吐き捨てる空乃に対し、風太は拍子抜けした。

 たぶんあの雲が夏の風物詩である綿菓子のようだとか、子どもらしいことをみんな呟いていただけのように、風太は思える。

「でも、空のことを考えることって悪いことじゃないと思うよ」

 ……これって、空乃さんなりに僕のことをフォローしようとしてくれているのだろうか。

 風太の頭上に架空のはてなマークが浮かび上がる。

「だって、人生の中で一番顔を合わせるのって、空かもしれないし」

 なるほど、そういうことか。

 風太は空乃の後付けされた言葉によって、腑に落ちた。

「出会った数が増えていけば増えていく分だけその人のことを考えるのって、地球がこうして回っていることと同じくらい、違和感のないことだと思う」

「空乃さん」

 咄嗟に風太は空乃の名を口にした。

 もしかしたら、ここでーーこのタイミングで言わなければ、いけないような気がしたのだ。

 風太は呼吸を整えるように、息を呑んだ。

「僕……」

 僕は……僕は……。

 風太はたった二文字の言葉を言いかけてやめた。自分の愚かな気持ちよりも、臆病な気持ちを優先にしてしまった。

「どうしたの?」

「ただ、呼んでみただけだよ」

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