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あの空に飛んでほしかったんだ  作者: 飛翠
第四章 恋する
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第四章 2 泣きっ面

 せっかく放課後、空乃さんと一緒にいるのになんでこんなにやきもちした気持ちにならないといけないのだろう。

 風太は修夢のことを睨んだ。なんだか自分が嫌な人間になっていくような気がして、心が晴れない。

「空乃さんは今日、なんでここにいるの?」

 三人の間に流れる沈黙に耐えきれず、風太は空乃に話題を提示することにした。

「なんとなく」

「……なんとなく?」

 空乃はゆっくりと頷いた。

「なんだか家にいると、落ち着かなくて、外にいるほうがいいかなって」

「なるほどね」

 風太は実際のところ理解できていなかった。何か他に目的があるのではないか、と思ってしまうのだ。明確にそれが何なのかはわからない。例えば……。

 風太は修夢に視線を向ける。

 修夢のことも未だに理解できていないままだった。先日、あのような劇的なシーンをこちらは見せられたばかりというのに、当事者である修夢は妙に落ち着いているのだ。

 一難去ってまた一難とは、このことなのか。

 風太は国語の授業に少し感謝した。

 この三人で何か物事を進めるには限界がある。

 風太はそう結論付けた。

 ……行人さんなら、何か知っているかもしれない。

 不確かな思いを胸に、三人は空港内の書店へ向かうことにした。

「……柴田さんが失恋した?」

 風太が聞き返すと、ああ、そうだよ、と行人は頷く。面倒くさそうに、書棚の本を行人はチェックしていた。読み取り機で本のバーコードを読み取っているようだった。

「いったい、どうして?」

 ……というか、あの人彼氏いたのか。

 様々な疑問を頭の中に過らせ、風太に尋ねていく。

「さあ、詳しいことはよくわからないな。本人に聞いてみたら、どうだ?」

「……え、でも」

 行人に言い放たれ、空乃はもぞもぞと困惑する。

 当然の反応だ。面と向かって聞けるわけがない、と風太は心の中でぼそっとつぶやいた。

 そんな空乃を見た行人は、頭を触りながら言う。

「あー、わかったよ。バイト終わった後、一緒に聞きに行ってやるよ」

「ありがとうございます」

 三人は行人に頭を下げた。


 数時間後、バイトの終わった行人と風太たち三人は合流した。

「……あいつ、どこ行ったんだろうな。空港内に見当たらないぞ」

 行人がため息をつく。

「もう帰ったんですかね」

「いや、それはない。まだ、仕事が終わってそんなに時間が経ってない」

「もしかしたら、ガンダッシュで家に帰った可能性もありますし」

「それは、ちょっとシュールだな」

 冗談なのか本気なのかわからない会話を男二人でする中、空乃がある人物を発見したようだった。

「……あ、あれは」

 フライトシュミレーターのスペースの前で、柴田が小さな男の子とその母親と会話をしていた。柴田が小さな男の子と母親が離れるのとほぼ同時に、女性のグランドスタッフが柴田に話しかける。

「柴田さん」

「佐野、どうしたの」

 佐野と呼ばれるグランドスタッフが柴田のもとに駆け寄る。

 風太たちは建物の影に隠れながら、二人の様子を伺う。

「今日は早めのお帰りなんですか」

「いつも通り帰る予定……だけど」

「へえー、そうなんですね」

 先輩、と佐野は続けて柴田に言った。

「なに?」

 佐野は何かを見定めるかのように、柴田の頭の先から足の先までに視線を注ぐ。

「皺ついていますよ」

「は?」

 佐野は柴田の耳に向かって呟いた。

「服の皺です」

 佐野は何かを思い出したかのように、その場を過ぎ去っていく。

 あわわ、と風太は口を手で押さえながら、柴田の顔を見た。眉間に皺を寄せ、柴田は今にも怒り出しそうな形相をしていた。

「ど、どうしましょう」

「どうするもこうするも、今声をかけたら間違いなく俺たちの生命線はここで絶たれる」

「そういうことを言っているんじゃなくて……」

「じゃあ、どういうことなんだよ」

 風太と行人がやりとりをしていることなど知る由もなく、柴田は声をかけてきた空港内の人間の案内をし始めた。

 それから、柴田の足取りは忙しく、空港内にあるペットホテルなどで客に対し、案内をしていた。

 歩き回っていることもあり、風太たちは体力を削られてしまった。あいつ、すげえな、と行人は柴田の持ち前の体力を絶賛し始めた。

「あれ、どうしたんでしょう」

「ん? どうしたの?」

 柴田の足取りが急におぼついていることに、空乃が気づいたようだった。

 風太は空乃が視線を向ける場所へと顔を向ける。

 嗚咽が申し分程度に空港内に響き渡る。

 空港内の入り口付近で、柴田が泣いているところを風太は目撃した。

「……柴田さん、泣いている?」

 まだ柴田は四人の存在に気づかないまま、涙を流していた。

 誰が柴田に声をかけるのか、四人で密談が始まる。

「……おい。誰が声をかけるんだよ」

「ここは、一番先輩である行人さんが行くべきなんじゃないですか」

「おい、なんでそうなるんだよ。こういう時だけ、先輩先輩言うな」

「じゃあ、井坂」

「里中、僕を売るつもりなのか」

「なんで泣いているのか、理由を聞くべきだと思います」

「確かにそれは正論だな」

「ご飯に誘うのとかはどうだ。泣いている理由とか探れるだろう」

 男三人で言い合いしている中、空乃が挙手する。

「……私が、柴田さんに話しかけます」

 ゆっくりと小刻みにリズムをとるように、空乃が柴田に近づいていく。

「……ご飯、食べましょう」

 ……いきなりだな、空乃さん。

 思わず風太は空乃にツッコミを入れたくなった。だが、片言で話す空乃を見て、風太は可愛いと思った。

 泣いている柴田はようやく空乃の存在に気がついたようだった。

「え?」

 涙を右手で拭いながら、柴田は首を傾げる。

 噛み合わない二人の間を行人が割りこむ。

「よし、食べるぞ。辛い時こそ、たくさん食うぞ」

「食べましょう」

「え、急にどうしたの、みんな」

 四人の勢いに押されるまま、柴田はファミレスへ行くことになる。

 空港近辺にあるファミレスへ五人は向かう。ファミレスの中に入り、五人はテーブル席に座る。

 五人には微妙な空気が流れたままだった。涙は枯れたものの、柴田には活力がない。

「はあー、お腹空いた。何食べようかな」

 場の空気を活気づけようと、行人はメニューを取る。

「柴田さん、何頼みます?」

「……和風パスタで」

 弱弱しい声で、柴田は意志を伝える。

「じゃあ、私ビシソワーズで」

「……ビシソワーズ?」

 空乃の遠慮がちな声に、一同は首を傾げた。

 ……なんで、ビシソワーズなんか頼むのだろう。空乃さん、きっとそんなスープなんか好きじゃないはずなのに。

 ……というか。

 そもそも、ここはイタリアンカフェと謳う店なのに、なぜフランス料理であろうビシソワーズがあるのかが疑問だ。和風パスタも和が入っているから、問題がない、ということなのか。

 風太は取り留めのないことに悩まされながら、メニューを再度見つめる。

「じゃあ、僕はフォカッチャ……で」

「ねえ、ちょっと待って」

 柴田は目を赤くしながら、メニューをさっと閉じる。

「なんで、みんなちっこいメニューばかリ頼もうとするの? お腹空いているんじゃないの?」

「そんなことはないですよ」

 風太のお腹が唖然とした表情で鳴る。胃袋は嘘を付けないようだった。

「別に私に何か気をつける必要なんかないから。育ち盛りなんだから、ちゃんと食べなさい」

 柴田が風太たちに向かって告げる。

「そうだ。年齢問わず、ちゃんと食べたほうが良い」

 行人の発言に、柴田はムッとした表情をする。

「別に俺は怒らせるつもりで言ったわけじゃ……」

 素早く用意されたティッシュを手に取り、柴田は鼻を咬む。

 はー、すっきりした、と柴田はつぶやく。

 店員を呼び、風太たちはオーダーをした。

 再び柴田は気分を急降下させる。

「……柴田さん」

 下を向く柴田の名を風太は呼ぶ。

「何があったんですか?」

 柴田はなかなか口を開こうとしない。

「……彼氏に浮気されたよ」

 テーブルに置いてある水を、柴田は口に含む。まるで、消えた涙の分を取り戻すように。

「……う、浮気」

 風太はただそれだけをつぶやく。

 一方の行人の顔は引き攣っていた。

「私、見習いのパイロットと付き合っていたの。でも……帰り道、彼と違う女が一緒に帰っているところを見てしまったの」

 グラスの水面に映る自分の顔を、柴田は見つめていた。

「違う女って……」

「同じグランドスタッフの女に決まっているでしょ」

 誰もいないであろう窓の先を柴田は睨んだ。

「そのことを、その……彼氏さんに言ったんですか?」

 風太の問いかけに柴田は首を横に振った。

「言えないわ……」

「どうしてですか?」

 次に空乃が柴田に問いかける。

「……怖いの。浮気された事実を自分が受け入れちゃう気がして」

 柴田は事実を飲みこむように、グラスの水を口に運ぶ。

「でも、帰りが一緒だっただけじゃなんとも言えないと思いますよ」

 修夢が柴田に向かって、そう指摘する。

 ……さ、さすがだ。

 恋敵であるはずの里中を、風太は絶賛した。

「そうね。でも、私は彼とその女を追って、キスするところとか、ホテルへ行く姿は見たくない」

 柴田のグラスの水はもう空だった。

 ……柴田さんって、こんな人だったっけ。

 普段の強気な姿とは違う柴田を見て、風太は驚いてしまう。

 それよりもホテルって……。

 無駄に広い部屋に佇む白いダブルベットが風太の頭の中に忽然と現れる。

 風太は可能な限りの想像力を働かせる。電磁波のように罪悪感に苛まれていくことに気づき、風太は考えることを放棄した。

「何はともあれ、話してみないと何もわからないんじゃないのか」

 行人の発言はごもっともだ、と風太は思った。

「そうね。でも彼、フライトがしばらく続くから、なかなかじっくり話せないの」

「……そうか」

 食事の場とは言えないぐらい、風太たちの座るテーブル席は静まっていた。

「なんかごめんね。こんな風に、場所を設けて相談に乗ってもらうのに、じれったくって」

「そんなことないですよ」

「私、自分でもこんなに傷つくなんて思いもしなかった。失恋で。同じ空港のCAに悪口言われたり、同じグランドスタッフの男にバカにされたことがあっても、傷ついたりなんかしなかったのに」

「……いや、本当は」

 行人は続けて言った。

「本当は傷ついていたんじゃないのか? そんな酷いこと言われて」

「そんなことないよ」

「あるだろ。俺だって身に覚えのないこと言われたら、腹が立つし、さすがに落ちこむ」

 寂しそうに、柴田は笑った。

「……そうかも。それが積み重なったから、こんな風に泣いたのかも……」

 柴田の目には再び涙が浮かんでいた。

「……柴田さん」

「はい」

 空乃がこう言った。

「良ければ、柴田さんとお付き合いしている男の人の顔を見せてもらいませんか」

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