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あの空に飛んでほしかったんだ  作者: 飛翠
第四章 恋する
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第四章 1 曖昧な返事

 翌週、風太は普段通り高校へ向かっていた。

 あんなにも、他人の将来の事についてあれこれ考えたり、発言をすることは初めてだった、と風太は先週の事を思い出しながら、感じる。

 僕も自分の将来についてもう一度見つめ直さないといけない。

 通学路を歩くスーツを着ている大人や子供を幼稚園へと自転車で送っている大人たちを見て、風太は拳を強く握りしめ思った。

 風太が入る教室の中も、普段通りであるはず……だった。

「おはよう」

「あ、おはよう」

 自分の席にスクールバッグを置く風太に、美奈子や友郎が話しかける。

 ……相変わらず二人は仲が良いな。

 スクールバッグの開いた口から筆箱が転げ落ち、風太は慌ててそれを拾う。

 だが、美奈子や友郎はどこか落ち着かない様子であることに、風太は気づく。美奈子はどこか伏し目がちで床を見つめ、友郎の視線は魚のように泳いでいた。

 風太は息を飲んだ。

「どうかしたの?」

「……いや、ちょっとね」

 美奈子と友郎の視線はおぼつかないままだが、視線はある一点へ向かっていた。

 ……空乃さん。

 明らかに空乃と空乃に話しかける修夢を美奈子と友郎は意識していた。

 ……そ、空乃さん。

 何の違和感もなく修夢と話す空乃を見て、風太は驚きを隠せない。

 確かに、空乃は修夢と空港で言葉を交わしていた。それだけでなく、空乃は修夢の将来の夢についてちゃんと向き合っていた。

 だが、それとこれとは話が違う。

 風太はそう感じる。教室でまるで付き合いたてのようなカップルみたいな雰囲気を纏ってはいけないのだ。この二人においては。

 なぜなら僕のほうが……。

 憤りを感じつつも、風太の妄想は止まらない。

「……あの二人、デキているのかな」

「さ、さあ……どうだろう」

 風太が曖昧な返事をするとともに、ホームルームの時間を告げるチャイムが鳴るのだった。


 そして放課後、剣道部の練習が終わった後、美奈子や友郎に聞かれたくない質問を風太はされてしまうのだった。

「ねえ、風太」

「……な、なに?」

 嫌な予感を頭に過らせながら、風太は体育館の前にある自販機に小銭を入れる。いつになく剣道の練習に力が入り、風太の喉は乾ききっていた。

「空乃さんと最近、仲が良くない?」

「へっ?」

 思わず風太の声が裏返る。ペットボトルがまぬけな音を立て落ち、美奈子や友郎は笑みを浮かべていた。

「そ、そんなことないよ」

「いーや、あるな」

 友郎は風太の本音を暴くように、じっと風太の顔を覗きこむ。

「いや、ない」

「いや、ある」

「いや、ない」

「いや、ある」

 オウム返しのようなことをする風太と友郎に、美奈子はため息をつく。

「そんなことはどっちでもいいわ」

 表情をきりっと変え、美奈子は風太に尋ねた。

「風太は、空乃さんのことをどう思っているの?」

「どう思う……って」

 面倒くさそうに、美奈子はため息をつく。

「ああ、もうじれったい。風太は、空乃さんのことが好きなの?」

 数秒沈黙を守り、風太は応えた。

「そんなこと……ないよ」

「あるだろ、絶対」

「ないよ、絶対」

「あ……」

「ああ、もういい。じゃあ、こないだのはなんだったの?」

「……こないだ?」

 美奈子は腕を組み、追求する姿勢を変えない。

「そう。こないだ、一緒に放課後、風太は空乃さんと帰っていたじゃない」

 ……ま、まさかそんなところまで見られていたとは。恐るべし、美奈子情報網。

 美奈子に恐れを感じながら、どう説明しようか風太は考える。

「へえー、二人で一緒に帰っていたのかー。フラグ立ちまくりだな」

「友郎が言うと、なんかキモい」

「うるさい」

 にやつく友郎の背中を、美奈子が軽く小突く。

「あ、あの時は……」

「あの時?」

「相談に乗っていただけだよ」

「……相談? ええ?」

 ますます風太に対する二人の疑惑は深まるばかりだった。

「何というか、将来の夢について、だよ」

「将来の夢? え、空乃さんって、将来何になりたいの?」

「いや、空乃さんじゃないよ」

「え? じゃあ誰?」

 ……言うべきか、否か。

 風太は迷いながら、口を開いた。

「里中の……将来の夢だよ」

 ……あー、なるほどね。

 二人から微妙な反応が見受けられる。だよなあ、と風太は思う。里中の深いところを知らなければ、自分も同じ反応を示していたかも、と。

「でも、これってさ、まるで」

「ん?」

 友郎が歯を見せ、にやつく。両手で正三角形を、友郎は作っていた。

「俗に言う三角関係だよな」

「いや、べ、別にそういうわけじゃ……」

「確かに、それかも」

「いや、違う」

「違わないだろ」

「違うって言っているじゃん」

 しばらく夜道で三人はこのやりとりを繰り返した。



 ……はあ、疲れた。

 風太は教室の窓から見える景色に、自分の思いを託そうとしていた。託そうとしている景色は当然のことながら、大層なものではない。ただの閑静な住宅の屋根とそれを照りつける太陽、ただそれだけである。

 電線に止まるのは、カラスではなく、小さなスズメだった。

 今日の僕は何かの行動に出ても不幸に見舞われることはない。

 カラスの不在を確認し、風太は放課後、性懲りもなく、風太は空乃の後を追うことにした。

 なぜ性懲りもなく風太はこのような行動に至ったのか。理由はただ一つだった。

 三角関係を決着させたい。

 勝手な風太の思いこみがもちろん、事の発端である。

「井坂」

「え?」

 空乃の後を追おうとする風太を、修夢が話しかける。

「空港へ行くのか?」

「いや、別に……僕はその……」

「それだったら、僕も一緒に行く」

 強い眼差しで修夢に言われ、風太は仕方なく連れていくことにした。

 空乃はいつも通り一人で教室を出て、昇降口へ向かい、ローファーを履く。そして空港へ向かう道を歩いていく。風太もまた、空乃の後を追っていく。

 ふと、男二人が女子高生の後を追いかけるさまは見るからに、怪しくないだろうか、と風太は思ってしまう。

「……井坂は」

「ん? なんだ?」

「……いつも、こんなことをしているのか」

 風太の頬が少しずつ赤くなる。

「ち、違うっ……僕は決していかがわしいことなんかしていないっ」

 必死に風太は否定するものの、修夢は理解を示さないようだった。

「どうして、里中は空港へ行こうと思うんだ?」

「そ、それは……」

 ……やはりこいつもか。

 風太は修夢が空乃に下心があることを読み取った。

「僕は……空乃さんのことが気になるからだよ」

「えっ?」

 あっさりと認める修夢に、風太は拍子抜けしてしまう。

 ……こ、こいつマジなのか。

 返す言葉が風太はわからなくなる。

「そっちはどう思うんだ?」

 口をぽっかりと開けたまま、風太は首を傾げる。

「空乃さんのこと、気になっているのか?」

「ぼ、僕は別に何というか……き、気になっているとかそういうことじゃなくて……」

 ……ど、どうしたんだ、僕。こんなところで怯んでどうするんだ。敵が目の前にいるんだぞ。

 風太は己を叱咤する。

「じゃあ、一体どういうことなんだ?」

 様々な言葉が風太の頭の中に交差し、風太の心をかき乱していく。

「ぼ、僕は……空乃さんのことを助けたいだけだよ」

「……助けたい?」

 上唇を噛み、風太は首を縦に振る。

「空乃さんをいつか、空に乗せたい。いつかきっと」

 拳を強く風太は握りしめる。

「空に、か」

 青く澄んだ空を、修夢は見上げていた。こうも綺麗な空を見つめていると、風太は誰といても、気持ちが穏やかになり、前向きな気持ちになりそうになる。

「そういえば、空乃さん……昔、辛い体験があったらしいな」

 あっさりと修夢は風太に告げる。

「空乃さんから、聞いたのか?」

「ああ、聞いたよ。僕が将来の夢の相談をしている時に」

 ……そうか。空乃さんは大事なことを僕だけでなく、里中にも言っていたのか。

 結局、風太は青い空を睨むことになる。

 それから二人は大した会話もないまま、群青空港へたどり着いた。

 ……やっぱり空港へ行くのか。

 二人の狙い通り、空乃は群青空港に向かっていた。

 ……逆に、空乃さんはいつ真っすぐに家へ帰るのだろう。

 細やかな疑問を胸に、空乃に続くように、群青空港の中へ二人は入っていく。


 空乃は群青空港の中へ入り、エスカレーターで上の階を上っていく。

「どこへ行くんだ?」

「さあ? たぶん、展望デッキだと思う」

 それから風太の予想は的中することになる。

「ばかやろうーっ」

 展望デッキで、空に向かって叫ぶグランドスタッフの女を見て、風太と修夢は呆然とした。

「……何をしているんですか?」

「な、なんであなたがいるの」

 率直な疑問をぶつける空乃に、柴田は慄いていた。

 空に向かって叫ぶグランドスタッフの女とは、柴田のことだったのだ。

「何が、ばかやろう、なんですか?」

 質問をやめない空乃に、柴田は頭をかき、イライラしていた。強い風に煽られているということもあり、柴田の髪はどこか乱れていた。

「……私、何か悪いこと聞いてしまいました?」

「そうじゃないけど、そうよ」

「何かあったんですか?」

「別に何もないわよ」

「普段からよく空に向かって叫んでいるんですか」

「別に、私はそんな人間じゃないし」

「じゃあ、なんで叫んでいるんですか」

「そんなの別に……ああ、もう別にどっちだっていいでしょ」

 強く言い切ると、柴田はその場を去っていく。

 あんな風に強く生きることができたら、人生はもっと豊かになれるのだろうな、と風太はたくましい柴田の背中を見て、思った。

「……風太くん?」

 風が颯爽と風太の前を過ぎ去っていく。

 空乃は風太や修夢の存在に気がついたようだった。

「どうしてここに?」

「……ちょっと散歩に」

 風太は適当に言い訳をする。

 もっと、良い言い訳なかったのか、と風太は自分の事を責め立てたくなった。

「いや、空乃さんのことが気になったから、ここに」

 ……おい、直球かよ。かえって、話がややこしくなるだろう。

 修夢のことを風太は睨んだものの、修夢は動じない。

「……私が気になるって、どういうこと?」

 ……か、可愛い。

 困惑する空乃に、風太は見惚れてしまう。

「いや、今は気にしなくていいんだ。それより、さっきの人どうかしたのか」

「……それが私にもよくわからなくて」

 ああ、こいつにリードされてしまった。

 風太は悔しさを噛み締め、上空を飛ぶ飛行機を睨んだ。

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