第一章 1 まもなく、着陸
まもなく着陸します。
機内のアナウンスを聞き、風太はふと我に返る。
……予定の到着時間よりも、かなり遅れているじゃないか。
右手につけた腕時計を見て、風太は叱咤したくなる。
どうして僕は、いつも約束する相手に遅刻されてしまうのだろう、と風太はいつも思う。高校の同級生にしてもそうだし、家族だってそう。そして、コンビニの店員とか今ここに乗っている飛行機だってそう。いつも、僕は遅刻される。
時々、僕は所詮その程度の人間なんじゃないか、と風太は思ってしまう時もある。
そう。後回しにされる程度の人間なのだ、と。
「わー見て。朝陽がめっちゃ綺麗よ」
隣の窓側の席に座る母親に、風太は肩を叩かれる。
そんなことはわかっている。夜が来れば、必ず朝は来る。
ふてくされるように、風太は思う。
それでも、風太は小さい頃から一貫して、空を見上げるのが好きだった。
小さい頃は本当に雲を掴めると思っていたし、空を飛べる、と風太は思っていた。
だが、現実は違った。
「このままだと、学校遅刻しちゃうよ」
「まだ、朝の五時だし、間に合うんじゃない?」
相変わらず能天気なことを言う母親に、風太はため息をついた。
まだ高校に入学してから風太は遅刻も欠席もしたことがない。
ということもあり、風太はそれを維持したかったし、ポリシーを守りたかった。
「間に合わないかも」
スマートフォンの画面に映る時刻を見つめながら、風太は焦燥に駆られる。
「一日くらい、休んでもいいじゃない」
「その一日が内申に響くんだよ」
風太の母親は、焦る風太を気に止めていなかった。後ろの席に座る父親も、到着時刻など眼中になく、眠ったままだった。
「風太」
「何?」
風太は母親を睨む。
「パイロットってさ、一つの機内に二人いるじゃない?」
「そうだけど、それがどうしたの?」
唐突に話題を変えているということもあり、風太は苛立ちから不安へと変わっていく。
……これって映画でいうハイジャックの前触れみたいな会話じゃないか。
「母さん、もしかしてこの飛行機をハイジャックするつもりなの?」
「ん? 何言っているの?」
風太の母親は首を傾げる。
どうやら、僕の推察は間違いであるようだった。
風太はほっと息をつく。
「二人のパイロットは同じ料理を食べないわけじゃない? 万が一のことがあったりすると、大変だから」
そういえば、操縦士と副操縦士は食中毒等のリスクを避けるために、同じ料理を同じ時間に食べない、と風太は聞いたことがある。片方は、肉料理。もう片方は魚などを食べることで、片方の操縦士が料理によって倒れ、操縦できなくなってしまった時の対策を取るのだ。
なんとなくその話は聞いたことがあるため理解はできる。だけどなぜこのタイミングで母親がこの話を切り出すのか、風太には理解できなかった。
「なんで、そんな話をするの?」
「もしも、学校を行く行かないの問題を考えたとして、何かが変わるの?」
「だから内申に響く、って言っているじゃん」
「それで、生死が問われるの?」
「それは……どうだろう」
「自分が遅刻するからと言って、操縦士の人を急かしたらどうなると思う? 墜落するリスクがあるかもしれないでしょう?」
そ、それは……。
風太は機内を見渡す。皆、静かに席に座っている。
……あー、僕の無遅刻無欠席記録が崩される。
その後、空港から高校まで走る気にもなれず、二限目から風太は授業を受けることにした。