名もなき砂漠-2
むき出しの金属の周りを、景色をゆがませながら空気が流れる。ただでさえ暑いのにそれをもしのぐほどの熱を持っているようだ。
「蒸気機関が熱くなりすぎたんだ。しばらく冷やさないと。」
「そいつはよくないな。ここはサンドワームの出現地として有名だ。できる限り早く切り抜けたい。」
俺は焦る。こんな環境で戦闘なんてこなしたくない。立っているだけでとても疲れるのに。
しかし魔導三輪は止まってしまう。
仕方ない、あまり人に見せたくないがもう一つの魔術を使うしかない。俺は風の魔石を取り出した。
「タロウ、それは何ですか?」
グラムがのぞき込んでくる。
「とっておきの物だ。」
急いでいたため、短く切り上げる。
この魔術は発動が難しく、いまだに苦労して発動する。
魔石を見つめ、強く集中する。次第に魔石が輝き始め、周りを風が取り巻き強くなっていく。十分な量の風量を確保できた。
この風をむき出しの蒸気機関に当てる。目に見えて蒸気機関が冷えてくるのが分かる。だけどこれでは運転に集中できない。
「エリン、すまないが運転手を変わってくれ。」
「ええっ私!?私一度も触ったことないんですよ。」
「エリン、変わってみなさい。」
意外なことに兄である、グランからも強く言われる。
不思議に思いながらも操縦桿を握る。
俺はエリンの後ろから蒸気機関に風を当て続ける。
エリンは恐る恐る操縦桿を握り、魔導三輪を動かし始めた。最初はゆっくりと動き、だんだんと速度が乗ってくる。
風を送って冷やし続けているのが効いているみたいだ。いつも見ている蒸気機関の動きをしている。
魔導三輪は順調に砂漠を進む。砂の山を登り、そして下る。エリンはスピード感が分からず下りで車体を滑らせたりしたが、持ち前の反射神経と冷静な判断力で何とか立て直し道なき道を進む。
ひと悶着あったものの、日が沈む頃には予定していた距離を進むことができた。炎天下の中精密な風の魔術コントロールを続けたせいか?流石に疲労がたまって野営地で起き上がることができなかった。
まるで魔素コントロールの修行でもしているような気分だ。俺はくたくたで夕食を食べていたがもう一人やつれた人がいる。
エリンも初めての運転は気を張りっぱなしだったようで、明らかに肩が下がっていた。
その日は幸いにも、一体もサンドワームに会うことなく移動できた。
グラムの話では後1~2日でプエトジにたどり着けるらしい。
順調なのはいいことだ。流石にこんな状態が何日も続くと思うと気がめいってしまうからな・・・
ゆっくりと夕食を食べていると、真逆の元気な奴が隣にやってきた。
「タロウ!二つも魔術が使えたんだな。すげぇぜ、お前!それに見たこともない魔石じゃあないか。なんだい?そりゃ。」
興奮気味のコイルが質問攻めをしてくる。疲れてはいたが、見られた以上は説明するしかないし下手に言い回られると厄介だ。
「他言無用で頼むよ。これは俺が開発した魔石だ。扱いが難しいが、魔石周りの空気を操ることができる。俺は、加えてこの魔石の魔術を使うことができるんだ。その魔術は単純に効果の増大だが出力が桁違いなんだ。」
「おいおい、そりゃホントか!?そんだけの実力があれば、国の魔術部隊だって夢じゃねぇ。なんで冒険者なんかやってんだ?」
コイルはグイッと持っている飲み物を飲むと、いつもよりも砕けた様子でさらに聞いてくる。
俺は今、目標としていること、旅の目的を話した。
「はぁ~面倒な事やってんなぁ、俺は物心ついたころにはずっと親について回ってこの稼業やってるから元の居場所に何て興味はねぇ。そんなに大事か?」
旅の途中、張り詰めた緊張をほぐすのに少しだけお酒飲むことはよくある。
「そうだな、大事だ。コイルにも目的があるように、俺にもやりたいことがある。」
「そうか、まっ頑張れよ。砂漠にいる間はお前の力に期待してるから。」
そういって、満足したのか。テントに入っていった。
しかし今後も風の魔術を使って、そのたびに秘密を守るように言って歩くのは無理がある。もう覚悟を決めて逆に名前を売っていくか?でもマリーさんに注意されたばかりだからな・・・今はもう少し隠す方向で行くか。
グラムがチラチラとこちらを見ている。どうやら彼も魔術について聞きたいことがあるようだ。
それからというのもしばらくグラムに質問攻めにされた。
日差しが痛い。
次の日も朝から暑かった。
風の魔術と探査魔術を交互に使って移動を進める。昨日ほどは暑くはなかったが、サンドワームの出現が多く、回避するため迂回したり、いなくなるまで待っていたりと時間がかかった。
おかげで全く進行していない。
いまだ、サンドワームとは一回も戦ってはいない。結局、特に何も起こらず夜になった。
食事が終わり今日もメチャクチャに疲れたので、そろそろ寝ようかという時だった。
「タロウ、どうして私に運転手を指示したのですか?」
今日もエリンに運転を頼んでいたのだ。
それを疑問に思ったようだ。
「どうしてかと聞かれるとすごく困るけど・・・強いていえば直観・・・かな、あまり考えてなかったんだ。」
「そう・・ですか。では今後は私でなくともよくないですか?」
俺はわざとらしく辺りを見回して、だれもいない事を確認して少し声のトーンを落とした。
「実はもう一つだけ理由があってな、あの3人の中で一番魔導三輪の運転がうまそうだったからというのもあるよ。非常な時でも冷静な判断ができそうだなと思ったんだよ。」
エリンはポカンとしてこちらを見ていた。そしてクスリと笑って
「買い被りですよ。でもありがとうございます。そう言っていただけて私は嬉しいですよ。」
その日からエリンは時折、笑顔を見せるようになった気がする。
今日も暑い砂漠を移動する。目の前には風と砂でできた山があった。
「ここら辺は風が複雑に吹く場所でこの一帯を超えると街に着きます。」
「ようやく着くのか。中々しんどい道のりだった。」
俺は相変わらず、蒸気機関を冷やしては探査魔術を使うということを繰り返していた。ここ数日ずっとこれを繰り返していた事で結構慣れてきた。
探査魔術は砂の中で使うと反応が鈍く、どれくらい近くにいるか正確にとらえることができない。
今度は慢心しているわけでもなかった。それでも大量の砂のせいで気づくのに遅れた。
探査魔術を発動中に突然、受信用の魔石ランプが光った。そして目の前の砂の山が吹きだしたのだ。