帝都Ⅳ-2
エマさんの研究室にはエマさんが最近面倒を見ているという子が来ていた。
どこかで見たことがある。そう思って考えていると
「お久しぶりですね。タロウさん覚えていますか?僕です。サカモト・ダニエルです。以前危ない人たちに絡まれているところを助けていただきました。それはさておき今日こそタロウさんが使っている魔術について教えていただきませんか?」
この勢い・・・思い出した。
アカウ村での任務を受ける前に魔石採掘場で助けたヤツだ。ここにいたのか。
やたらと俺の魔術に興味を持っていたな。
あの時、彼はフードを深く被っていて様子が分からなかったが、黒の短髪で眼鏡をかけている。服は少し大きいのか足元が余っている。
手は鉛筆で汚れていて熱心に作業をしていたことがわかる。
「こら!魔術や秘匿技術をタダで教えてもらおうとするなんてマナーに反しますよ。」
ダニエルはそう言われながらエマさんにチョップを食らっていた。二人の背丈はエマさんのほうが少しだけ高い。あと数年もすればダニエルのほうが、高くなるだろう。
彼は帝都に来た後、父の紹介を受けて、とある研究室で魔術・魔石の研究を行っていたらしい。今もその研究室に通っている。
余った時間で魔石を使った道具を分解して構造を調べていると次第に魔石を利用することにも興味を持ったらしい。
しかし帝国は魔術研究が多く、魔石利用の研究は少ない。
そこで数少ない研究室の中で人員が足りてなさそうなエマさんのところを紹介されたらしい。エマさん的には押し付けられたと感じたそうだが。
彼は探求心が強いが基本的に素直な子なので、俺の魔術について直接聞いてくることは無くなった。
会話の中で上手い事、聞き出そうと会話を誘導してくる。
そんな感じでダニエルと一緒にエマさんに指導を受けながら論文を完成させた。
結局、1か月ぐらいかかってしまった。王国よりも南に位置する帝都にも雪が積もり町は白一色になった。
論文の内容は魔石のリサイクルについてだ。
劣化した魔石は活性化した魔石と接着させ、特殊な技法を使うことで活性化できるということを検証し論文にした。また魔石化する病気にも有効で、体表の魔石を破壊できることを記載した。
案外もう見つかっていそうな方法かと思ったが、劣化した魔石というのは捨てられるものと認識されていて誰も手を付けていなかったのだ。
そのおかげで俺が出した論文はすんなりと認められ、意外と反響がいい。
「やってみれば意外とあっさりとしたものだな。」
「何がですか?」
エマさんは俺が発表した内容を使って早速、部品作りに取り組んでいた。何か思いついたことがあるらしい。
「論文だよ。いざ、認められると不思議な気分だ。」
「そうですか?私は認められると思っていましたよ。結構あっと言わせるような内容だったと思うので。」
「そういってもらえると嬉しいよ。そっちはうまくいきそう?」
「はい、見ていてください。すぐにすごい物を見せてあげますよ。」
彼女はそう言い、力こぶを作る。前にもこんなことがあったような気がする。こういう時彼女はしっかりと作りきるのだ。
「んっ?エマさんこの手紙は」
帝国の封蝋がされた手紙があった。
「それは戦争研究に参加しないか?という趣旨のお手紙です。私の意志とは異なるで不参加のお返事を返させていただきました。」
「本当に戦争の準備をしているのか・・・」
「全く、くだらない話です。」
エマさんはそのまま制作に集中しだした。俺は、なんとなく居心地が悪くなったので、外にでる。
論文を完成させてから、しばらく手持無沙汰になった。とりあえず次の目標である砂漠の遺跡に向けてもう少し潤沢な資金を集めておきたい。それと荷物を置いておく、拠点も探そう。落ち着いて、魔石や魔道具の調査・製作もしたいところだからな。
というかそれを目標にしていたのに、いつの間にか論文を書くことになっていた。エマさんの行動力はすさまじいな・・・
久しぶりに雪に染まった帝都の中を散策する。といっても大きくは変わらない。強いて言うならあの店がつぶれて、新しく店が入ったなどそんなものだ。
新女帝は頑張っているという噂だ。エントシで聞いた貴族の噂とは別で新女帝は印象がいい。何より近々、大きな戦争が起こるのではないかと、噂されている。実際のところはどうなるか分からないが、そりゃ必死にもなるだろう。
ギルドの隣にある装備屋に来た。ダンジョンには多くの敵がいる。
魔石使いや魔術使いように魔石も売っている。
装備屋にある魔石は初級や中級者用に手ごろな値段で多くの種類を扱っている。
傷薬や包帯、ロングソードに短剣、防具なんかもそろい踏みだ。
数は少ないが、高純度の火魔石も売っていた。
中純度に比べて二倍以上の値段がついているが・・・このような店は見ていて飽きないのでしばらく眺めていると、店主の前に異様な値段がついている魔石があった。
それは変声の魔石だった。
「店主!これをどこで手に入れたのですか?」
「あぁ? そいつは帝国から払い下げられたやつだよ。たまにこういう事がある。貴族用に多く仕入れたけどうまく売りさばけなくて、巡り巡ってうちに来たんだ。だけどここらへんでこんな値段が付いた魔石を変える奴なんていないからずっと余っているんだよ。処分しようにももったいなくて、どうしようかね・・・あんた買うか?」
正直悩む。俺としては猛烈に欲しい。値段的には購入可能だ。
リナさんのところでやっていた研究の続きをやりたい。だけど今これを買ってしまったら、せっかく立てた旅の予定がパーだ。拠点の確保もできない。どころか日々生きるために稼ぎを始めないといけないところまで消費してしまう。
「おい!どうすんだ?あんたが買わねぇならもう処分しようと思ってたんだ。早く決めてくれ!」
ここで買ってはいけない。・・・買ってはいけないのだ・・・
・・・最初からわかっていた。俺はこういう時、我慢ができないのだ。
そう、俺は買ってしまったのだ。
変声の魔石を・・・おかげで財布はすっからかん。
俺はギルドの机に突っ伏していた。
変声の魔石を買ってしまったのでせっかく立てた予定はパーになった。
旅の資金ために多く稼がねばならなくなった。しかしそれは途方もない金額だ。さすがに魔術があろうとも、冒険者ランクが3になろうとも一人では稼げる金額に限界がある。
またもや、後先考えないで行動してしまった付けが回ってきた。どうしよう
何をするでもなく、あたりを見渡していると。同じように机に突っ伏しているクララとその隣で、静かに座っているケニーがいた。
手持無沙汰の俺は暇つぶしを兼ねてクララ達に話しかけた。
「ダンジョン攻略の方はどうだ?」
クララはこっちをチラッと見た後、また机に寝そべった。どうやらうまくいってなさそうだ。
「タロウはどうして机に突っ伏していたの?」
俺が勝手に納得しているとクララに突然聞かれた。
「うぐっ・・・ちょっと失敗してな。お金に困ったわけ。それでどうすればいいか考えてた。」
「じゃあダンジョンにでも挑めば?最もタロウが一人で挑んだところで何にもならないと思うけど。」
ダンジョン・・・ダンジョンかぁ・・・
「ダンジョンの話を聞かせてもらっても?」
「中の攻略情報は高くつくし、面倒だからさわりの部分だけでいい?」
「ああ、それで構わない。」
それから語ってくれた話はダンジョンのあらましだ。
ダンジョンは太い一本道になっていて、その一本道から根を伸ばすように狭い道から亜獣が出現するらしい。
奥に行けば行くほど地下深くに潜って、気温が高くなることから最奥には火の高純度魔石が産出される鉱脈が期待されている。
道が整備されていないため歩くのが困難どころか、ダンジョンにたどり着くまでの道も険しい。
そしてこのダンジョンの攻略を厄介にしている最大の要因は、敵が強く多いこと。そして未整備の通路で起こる偶発戦が攻略を妨げているとのことだ。
本来、このような一本道のダンジョンは道に迷うことが無いため大人数で一気に攻めて、敵を殲滅することで攻略できるという簡単な部類に入るのだが、見つかって数か月が経つというのにいまだ全貌すら確かめられていないという事態が敵の強さを引き立てていた。
当然、クララとケニーも攻略を全くできていない状況だった。
「もうすぐしたら、帝国から正式に討伐団が派遣される・・・このままじゃ何もできないで王国に変えることになるよー。」
「討伐団が来たらいいんじゃないのか?」
「鉱山の採掘場を欲しいのは冒険者だけじゃないっす。この帝国の貴族たちはそれなりに豊みたいっすけど王都じゃ貴族たちが率先して採掘権を争っているっす。」
久しぶりにケニーが答える。しかし金を生む木はどこの世界でも争いの元のようだ。
「しかし、そうはいっても敵が強いんだろ?」
「強いだけなら私たちだけでもどうにかなる。厄介なのはただの壁だと思ていたら壁が崩れて飛び出してくる亜獣たちだよ。」
クララは思い出したように手をばたつかせている。よっぽどな目にあったのだろうか?
「なるほどねぇ・・・壁の中から飛び出してくる亜獣たちか・・・100メートル以内だったら壁の中だろうと壁を貫通して察知できるけど・・・」
クララは俺の話を聞いて大げさに動いて答える。
「はぁ?そんなことできるわけないじゃん!噂の奇術使いじゃあるまいに・・・ん?タロウ?奇術使いのタロウ!あんたって巷で話題のタロウ。」
またその噂だ。今はどんな風に広まっているのだろうか・・・ちょっと心配だ。
彼女は身を乗り出して聞いてきた。