帝都Ⅳ-1
腹に響くような低い声で謝礼を伝えられる。
「まずは二人とも任務の達成おめでとう。報酬を贈ろう。」
そう言って金貨や宝石を貰った。
これだけあれば数年ぐらいは遊んで暮らせそうなぐらいだ。最初に提示された達成報酬より多い。なぜだろうか?
俺は疑問に思ったことをそのまま口にした。
「契約時の金額より多いですが、どういうことでしょう?」
「それは魔獣討伐料だ。帝国ギルドは魔獣がいるなんて情報を受けていなかったからな。それに対する謝罪も含まれる。できればここらへんで納めてもらえるとありがたい。」
元より責める気はない。ギルドと敵対する気もない。ちらりとアレクを見るとアレクも同意見のようだ。
俺は素直に金貨を受け取った。
俺達が金貨をしまっていると、グラハムさんは合わせてもう一つ出してきた。
何かが書かれた紙だ。
「それからもう一つまずはタロウ。魔獣討伐や日々の依頼達成を認め、ギルドランクのランクアップを承認する。冒険者ランクは3だ。次にアレク。同様に日々の功績を認めランクを上げる。ランクは4だ。二人ともおめでとう。」
そう言って書類を貰った。
ランクが上がると、かなり報酬が良い依頼や要人からの依頼をよく受けるようになる。さらに踏破困難なダンジョンや強力な魔獣討伐の依頼を受けることもある。それだけの実力があることの証明だ。
ランクアップはしたものの実感がわかない。俺は本当に実力があるのか。能力が便利なだけで、もしこの能力が無かったら今頃死んでいるのではないか?そう思うような記憶がいくつもある。
褒められているのに素直に喜べなかった。
「ところでタロウ。勇者伝説について調査はできたか?貴族のお坊ちゃんとお嬢様にちょっかいかけていたようだけど?」
「さて、何のことでしょう。俺は先生ごっこに付き合ってあげただけですよ。」
ウィリアムの事はともかく、リナさんの事は言いふらすつもりはない。
「そうか・・・貴族がらみで困ったことがあったらギルドを頼ると言い、ギルドはどこでも中立を保つからな。」
グラハムさんの最後の言葉は引っかかるけど今、気にしてもしょうがない。というか、やっぱりバレているんだな・・・
今日はいつも借りている宿舎に帰った。
さて、これからの予定はどうしようか。やはり勇者の日記を探りたい。勇者が訪れたであろう土地は王立図書館でしっかりとメモしてきた。
どこに行けばいいかはわかる。
次に目指すとしたら、ここ帝都にある帝国図書館だ。ここが一番近い。
勇者は帝都にも訪れている。だから帝都図書館にも記録が残っている可能性は高い。
しかし俺はそこに入れない。帝国貴族の紹介もしくは冒険者ランクが5もしくはランク4で特別に認められた者しか入れないのだ。
この世界で本は貴重なものだ。複製が難しく、量産できない。知識の多くは貴族等有力者が支配している。だからこの知識に触れる者を制限するためだろう。
今の俺にはどの条件も満たすことはできない。とりあえずは保留だな。
次に近いとすれば南に下って砂漠地帯にある遺跡群だろうか?そっちから来た冒険者に話を聞いたことがある。遺跡はプエトジ公国の領地内にあるが、特に管理されたりはしていないそうだ。季節的にも砂漠は行動しやすいかもしれない。
よし!次はこの砂漠地帯のプエトジ公国に行こう。そうと決まれば予定を立てようか・・・
*
*
*
予定を立てたところ困ったことが起きた。
砂漠まで行くのにかなりの日数を必要とするのだ。そのため馬車がいる。
これに食料やその他の道具など多くを積載する。
俺が魔術使いということで魔石や周辺道具を持つのだ。
さらには今まで獲得した資料や製作途中の魔石道具なんかも持ち歩いている。こうなるとどうだろう?荷台がパンパンになる。
これは流石に多すぎる。
いつまでもギルドの宿舎は借りられないのだ。期日までに更新できなければ没収だ。
行って帰ってくることを考えると、かなりの日数を必要とする。下手したら一年以上かかるかもしれない。
それに旅の資金も気になる。
先の依頼でそれなりに多く稼いだが、馬車を引く馬のエサ代や俺が生活に使う物にかかる代金。
たった一人で遠くまで行こうとすると、かなり高価だ。
今回は一気に稼ぐことができたが、継続的に稼ぐことはできていない。稼ぎながら旅をするのは難しい。中々頭の痛い話だ。
結局、予定を立てたものの、すぐ実行に移すには壁が高かった。
せめて拠点ぐらいあったら荷物を置いたり準備を入念にできるのだがな・・・これも中々いい値段になりそうだ。
悩んでいても答えは出ないので、その日は寝た。
次の日、いい案も思いつかないので相談に乗ってもらおうとエマさんの研究所を訪れた。
「エマさん、研究の調子はどうだい。・・・って何やっているんだ?」
研究室に入ると何やら眉間にしわを寄せ折れ曲がった人がいた。
いやまあ、この研究室にはエマさんしかいないので、この人はエマさんなのだが・・・
何やらものすごく悩んでいるようだ。
エマさんは俺に気づき、こちらを向いた
「あっタロウさんお久しぶりです。すみません、ちょっと考え事して・・・そうだとりあえずこれを見てくださいよ。」
前が1輪後ろに2輪の木製タイヤ、むき出しの座席とハンドルがあり、座席の後ろには小さいが籠がついており、前方にはやかんのような入れ物を装備して複数の魔石が組み込まれている。
それは3輪だったが完全に車だった。
元の世界で近い物を見たことがある。本当に車の歴史とかにあったようなフォルムだ。
たった一人でこれを作り上げるなんて・・・すごい。
前面に搭載された、やかんのような入れ物は蒸気機関となっており、車体はほとんどが木製でやかん型の蒸気機関だけが金属と魔石だ。
俺は素直に作り上げることができた事に感動した。
「すごいですね!これを作りきるなんて、これはすごい物ですよ!」
「あはは、ありがとうございます。でもまだちゃんと走れないの。安定して出力を出せないのよね。」
「何が原因かわかっているのですか?」
「火の魔石を使った加熱も安定しています。蒸気もうまく発生しています。問題は適量の水をタンクから供給できないことです。
当たり前ですけど、これは動いていれば揺れます。その揺れやどうしても減ってしまう水分が加熱室への安定した供給につながらなくて・・・」
エマさんは説明しながら、思考に入ってしまう。
適量か・・・ポンプがあれば簡単なんだろうけど、そんなものはないし作ったところでそれもコントロールできないと意味がない。
「あとはもう一つ問題があって魔素の供給が人しかないという点がありますね。どこかに魔素を貯めることができればいいのですが・・・今は中純度から高純度の火魔石を使って少ない量でも十分な火力を出すぐらいしか手を打てませんね。」
「魔素の貯蔵ねぇ・・・もしかしたら、劣化した魔石を使えるかもしれないけど・・・それも不安要素は多し・・・」
「そのお話、ぜひ聞きたいです。」
エマさんは身を乗り出して近づいてきた。目が血走っていて、なかなか怖かった。
俺は今回の依頼で培った技について掻い摘んで話した。
人から生えた魔石は何の効果も持たず、ただ魔素をもっていること、
その魔石は外部から別の魔石の影響を受けて体表に結晶として現れること、
体表に現れた魔石は、別の劣化した魔石を押し付け、特殊な方法で魔素の移動が起こること。
魔石のリサイクルが可能となるが、いろいろな問題を孕んでいて、とてもじゃないが今は使えない。
するとエマさんは、
「確かに人から発生した魔石を使うとなると、魔素の貯蔵はできる可能性がありますけど、仮にできたとして、それは人が部品になるというのと変わりません。それは選択すべきではない方法ですね。」
「俺もそう思う。だけど、魔素は貯められる可能性がある。もしくは人が力を加えなくても魔石に魔素を渡せるかもしれない。それが出来るような別の植物とか鉱物とか、方法論を見つけられれば魔素の貯蔵が出来る。」
「はい!それにしても劣化した魔石を使って魔素を伝達するというのは新しい発想です。ぜひ、論文にして世に出すべきです。そして私に使わせてください。」
「論文かぁ・・・ちょっと面倒だな。」
「私も手伝いますよ。それにもう一人、お手伝いで来ている子がいるんです。一人を見るのも二人を見るのも大差はありません。やってみませんか?」
「そこまで言うなら・・・」
それからというのも俺はエマさんの研究室に通いながら論文を作り出した。ただ卒業論文しか作ったことが無い俺は形にするのに中々苦労するのであった。
その日もエマさんの研究室に行く。しかしいつもと違うことがあった。お手伝いで来ているという子がいたのだ。




