エントシ10
「アレク!済まない少し止まってくれ。」
「ええいいですよ。どちらにしろ遅れてくる人を待つことになっていましたから、そんなに時間はありませんよ。手早くお願いします。」
アレクは港に帰る一団の先頭を担っていた。アレクが止まるとみんな止まるのだ。
見たことがあるメイドはアンネさんだった。
「アンネさん!どうしてここに?」
「お嬢様より伝言です。『夜に外壁の周りをうろつくのは危ないですよ。』とのことです。」
見えていたのか!そう思うと途端に恥ずかしくなってきた。
「リナさんの状態をお伺いしてもいいですか?」
俺は恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じながら絞り出すような声で聞いた。
「お嬢様は現在も元気でいらっしゃいます。言われたとおり制限のある生活を送っておられますが体に新しい魔石はできておりません。」
「そうか、それは良かった。」
「報酬を貰われてないようですがよろしいのですか?」
「構わないよ。はっきり言って今回は自分で行ったことを守れなかった。それにウィリアムと契約を結んだときにもちゃんと決めなかったしな。」
「そうですか。」
「やけにしおらしいな?」
「あなたが今回の事をどう思っていようとあなたは当家にとって命の恩人です。そのような方を無下に扱うことなどできようはずがありません。」
「そうか、そう言ってもらえると嬉しいな。挑戦した価値があったというものだ。」
アンネが少しうつむいた後、勢いよく顔を上げる。
「ウィリアム坊ちゃまの師匠にはなっていただけないのですか?」
「・・・貴族の魔術の師匠が身元不明の冒険者じゃあ、示しが付かないんじゃないか?」
「そんなことありません。魔獣を倒し、王都の医者すら何もできなかった病気の原因を特定するばかりか解決の可能性を示した。あなたほどの実力があれば皆、納得するでしょう。それに、お坊ちゃまの師匠を務められる人物はこの街にいません。それにお嬢様の状態に何かあった時、すぐに対応していただきたいのです。」
すごく悩むお願いだ。
アンネの指摘は実に的を射ていると思う。しかしそれだと勇者伝説を探すことができない。
俺の存在は、あの家族のパワーバランスを崩してしまうかもしれない。俺ができるのはあくまで魔石・魔術的な支援だけだ。
政治や家族関係まで踏み込むことはできない。デールとかいうやつを殴っちまいそうだしな。
俺の実力は世界レベルから比べると中途半端。俺より広く深く知識がある人もいる。魔術に関しても、もっと使えるやつはいるはずだ。
「大変魅力的なお願いですが、お断りいたします。今の僕の実力では現状維持しかできない。それはあの姉弟が進む道を妨げてしまうかもしれない。だけど俺はウィリアムとリナさんの味方ですよ。何かあればギルドを通じて、サトウ・タロウに連絡してください。飛んで向かいますよ。それに・・・また来ます。」
「そう・・・ですか。わかりました。お嬢様たちにはそのように伝えます。この度はありがとうございました。貴族として示しをつけるためにも、少ないですがこちらをお受け取りください。当面の生活費ぐらいは賄えると思います。」
それは賃金だった。ここで断るのも悪いので受け取っておく。
「それでは、この辺でソリを待たせているので。」
俺はアンネに別れを告げ、ソリに戻る。
「もうよろしいのですか?」
「ああ、問題ない。さあ、帰るか。」




