【幕間】少年の旅~船の中3~
船は強い衝撃を受けました。
僕は宙へ浮き、そして壁にたたきつけられました。何が起こったか理解できずしばらくぼうっとしていました。
しばらくして何が起こったのか確かめるために起き上がります。アンネが僕の下敷きになっていることに気づきました。
「アンネ大丈夫!?ごめん、僕気づけなくて。」
「ええ、問題ありません。坊ちゃまこそお怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ。何があったんだろう?とりあえず体をどこかに固定しないと。」
そう言いながら窓の外を見ます。多くの冒険者が床やマスト、そして手すりにつかまっています。タロウさんもマストに引っかかっていました。よかった。
「えっ」
海を見てしまいました。
海は荒々しく不規則な波を立てていました。しかしその海は真っ赤に染まっています。なんで赤くなっているかわからず見ていると誰かの脚が浮いてきました。
「ぼっちゃま!」
アンネもその光景を見ると、アンネは僕の目を覆うように体を入れ部屋の奥へ引き入れます。
僕は見た物を理解できず、何も考えられませんでした。
しかし、また船を強い衝撃が襲います。先ほどよりは弱いですが十分体を揺らされました。
「大丈夫!?アンネ!?」何に対しての大丈夫なのでしょうか。
「問題ありません。それよりベッドに行きましょう。衝撃を弱められます。」
部屋の外で近くにいた船員の叫び声が聞こえます。
「くそっ!なんだってこんなことになってんだ。―わざわざ冬の海に出てきて魔獣に合わなきゃんねぇんだ。」
僕はベッドに座り込み、考えます。僕のせいで人が死んだ。僕がいるせいで危険な海に出なければならなくなった。
「坊ちゃまのせいではありません!誰も悪いなんてことはないんです!」
気づかずに声に出していたようです。
アンネがしっかりと抱きとめてくれます。だけど考えてしまいます。本当に僕のせいではないのでしょうか?そういえば以前アンネが教えてくれた魔獣研究では魔術使いと魔獣はひかれあうという資料を見たことがあります。
あの魔獣は、僕が呼び寄せてしまった?
僕は何もわからず、ただ怖くて怖くてたまりませんでした。アンネに抱きかかえられ震えることしかできませんでした。
外からは大量の海水がぶつかり、人々の怒号が聞こえます。
しばらくすると、辺りが静かになりました。戦闘が終わったのでしょうか?気になってふと外を見ると、太陽を見たかと思うほどの閃光と何かがぶつかりあう激しい音、そして異様に太く、早い何かが船のマストに当たりました。
「ひっ」
あんなに太いマストがいとも簡単にへし折られた。マストに取り付けられた船用の魔石ランプが飛んできて部屋の壁を叩き、窓ガラスと魔石ランプが割れ、破片が壁に突き刺さります。
無理だ。あんなの勝てるわけがない。ここでみんな食べられちゃうんだ。嫌だ。死にたくないよ。
また船を強い衝撃が襲いました。今度は座り込んでいたし、ベッドの上だったので壁にたたきつけられるようなことはありません。
もうやめて、怖い、何もしたくない。僕は震えることしかできない。
何が魔術だ。
あんなもの使えたところで何の役にも立たない。ただ、魔獣を引き付けるだけものじゃないか。
爆発音が轟く、大砲が撃ち込まれる。悲鳴が聞こえる。
壁の向こうの戦場は僕には関係ない場所だ。
突如、僕がいる部屋の扉が開きました。見上げると、煤だらけのアレクさんとずぶ濡れで憔悴しているタロウさんがいました。
「ウィリアム!入るぞ。申し訳なのだが手伝ってほしいことがある。」
タロウさんは疲れが見えていましたが、はっきりと聞こえる声で話しました。でも僕には無理だ。あんなに強い二人ですら、あんなにボロボロなのに。
そこで僕はアンネに抱きかかえられたままであることが分かりました。貴族の男児としてあるまじき状態だ。でも振り払えない。力が入らない。
僕たちの前に別のメイドが立ちます。大変、青い顔をしています。
「冒険者様。坊ちゃまは船の環境が合わず体調を崩されています。よってお会いできません。それより、外の魔獣は倒されましたか?任務の全うをお願いしたします。」
僕はメイドに守られる弱い自分が嫌です。貴族なのに、魔術が使えるのに、なんの力もない。これじゃ何にもなれない!
しかし魔獣は空気を読みません。
「ブレスがまたくるぞー!」
外にいた船員がそう叫びました。
タロウさんは振り向き、目の前に雷が落ちます。それがタロウさんの魔術であることはすぐにわかりました。
彼の腕に幾何学模様がまとわりついていました。だけどそんなもの見なくてもわかりました。魔術の練習をしているとき見ていたから。普段は小さい金属の棒からビリビリと出るだけだったのに今はあの水の塊を打ち消している。
はじけた水と光り輝く光の線が辺りに広がる。この光は水滴に反射して辺りをより一層に光輝かせる。それも相まってタロウさんの、いや師匠の背中はとても大きく見えました。
カッコいい・・・僕も師匠のようになりたい。
今までうじうじと悩んでいたことが嘘のように一発で吹き飛びました。理屈も爵位も関係ない。僕もあんな風に皆を守れるようになりたい。
軌道がそれた水のブレスは僕がいた部屋の屋根を削りとります。メイドの悲鳴が聞こえ現実に戻ってきました。師匠がうずくまり、苦痛の表情を浮かべています。
それもそのはずだ。この部屋に入ってきた時点でかなりダメージを負っていた。
体が濡れているということは海に落ちたのだろう。
冬の海は3分も持たないと言われているのに、やっぱり師匠はすごい。
アレクさんが介抱をしています。師匠は戦闘を継続するのは難しいでしょう。ならば僕が、師匠に一歩でも近づくために僕も戦います。
いつの間にか震えていた体は震えていたままだったが、確かに力がこもり熱っぽくなったのを感じた。
「ちょっと待ってください。アレクさん、タロウさん僕の力が必要なんでよね。」
「お待ちください。坊ちゃまが出なくとも、もうじき陸です。それに戦闘員はまだ健在です。」
やはりメイドたちが止めにかかってきます。
「先ほど言いましたよね。彼らは彼らの責務を全うしています。であるならば僕も僕の責務を全うしなければなりません。貴族として」
僕はそう宣言しました。でもやっぱり怖いです。
護衛隊やメイドたちを引き連れて甲板にやってきました。船上はひどい有様です。様々な物が散らかり、辺りでは複数人が怪我をしていました。船はいたるところが欠けたり、折れていたりとギリギリで浮いているようです。
このまま攻撃を食らい続ければ確実に船は沈む。その前に片を付けます。