エントシまでの雪原2
炎とは複雑な物理現象である。
燃料と空気にエネルギーを燃えるまで与えることで炎が起こる。
他の魔術師は黒色火薬などの燃料を必要としていた。そこから炎を作りだしている。
しかしウィリアムはそれらの物を必要としない。おそらく、無意識に燃料となるものを空気中もしくは魔石そのものから作り出しているのだろう。
魔石は未知の物質ながらもちゃんと物理現象に準じていると思う。
魔術を用いて物理現象を操作するなら、必要な要素を操作しなければならないのではないか?
これをウィリアムに伝えるのは困難だ。たとえ話を交えて伝えるしかない。
「ウィリアムどうやって火球を圧縮しようと思っている?」
「そのまま、小さくしようと思ってイメージしています。」
「本当にそうか?ならどうして暴発してしまうんだ?」
「う~ん、よくわからないです。力がつよすぎるのかなぁ~」
「それだと小さい火球だな。大きい物を小さくしたとき,大きい物の中身はどうなるだろうか?」
俺はそう言いながら足元にある雪をとって、軽く握る。手持ちのナイフで雪を割る。
中を見るとスカスカだった雪が、ぎゅっと詰まっていた。これをもう一度強く握り、固い雪玉を作る。
中を見るとさっきより密に雪が詰まっている。
「圧縮するとこんな風にどんどん詰まっていって、固く押し返す力が強くなるんじゃないか?小さくするだけでは無く、より強くつぶすようにやってみたらどうだ?」
「おおっ!やってみます。」
そう言うともう一度、魔石を掲げ魔術を発動する。
最初は大きい火球が、どんどん小さくなっていく。
今まではこの過程ではじけていたが、今度は順調に小さくなり、体以上に大きかった火球は頭の大きさまで小さくなった。
ウィリアムはどんどん険しい顔になっていく。
色々な事が頭の中を渦巻いて、余裕がないのだ。
しかし火球は小さい球体の状態で維持できている。やはり圧力の考え方が足りなかったようだ。
そして「いまだああああああああああ」
ウィリアムは叫び、眼前の火球は一本の軌跡を描いて飛んで行った。かなり高速で飛翔し、100メートル先に着弾する。
花火のように閃光が届き、お腹に響く鈍い音が聞こえる。ほんの少し遅れて爆風がやってくる。
う~ん、次は威力の調整ができるようにならないとだめだな。このままだと周囲への被害が大き過ぎる。
そう思っているとドサッという音がした。ウィリアムが仰向けに倒れていた。
「し、師匠・・・体に力が入らなくなってしまって・・・」
「一時的な疲労だな。しばらくすれば元に戻るよ。今日は終わりにして帰ろうか。」
俺はウィリアムをおんぶして帰る。
キャンプ地までの間が持たないから、気になっていたことを聞いた。
「ウィリアムは何でそんなに強くなりたいんだ?」
「姉が病気になった話を覚えていますか?昔は元気だったんです。でも母が病気になって亡くなってしまったんです。母の病気も同じだったと思います。そのせいで、姉はどんどん落ち込んでしまったんです。だから元気づけてあげたくて、それに治療を継続するには僕が強くならないといけないんです。」
奇病が母と姉で同じ?疑問に思ったがウィリアムは自分の家事情を語りだし気がそれた。
「僕の父である領主には二人の妻がいます。一人は違う街の貴族です。もう一人は街の豪商の娘でした。僕の母はその豪商の娘です。
僕の母は街の人気者で皆さんと仲良くしていたそうです。父とは子供のころよく遊んでいたとか、ですが父は貴族です。結婚の際、第一夫人には同じく貴族の方が選ばれました。
しかし、その後に父と母は紆余曲折あって結ばれました。それが第一夫人には気に入らなかったみたいです。今でも僕たちと第一夫人側の一家はあまり関係がよくありません。意見の対立がよく起こります。そして母は亡くなりました。それから僕たちは立場がどんどん悪くなってしまいました。
父も抜け殻のようになってしまい、仕事により没頭するようになりました。
仕事に打ち込むことで気を紛らわしているみたいです。僕を帝国に留学させてくれたり、病気の姉にしっかりメイドをつけてくれるだけマシでしょうか。今ついてきてくれているメイドも母の時代から面倒を見てくれている方々です。」
聞いた話は俺の想像もつかない世界の話だ。俺は元日本の市民でドラマやアニメでしか知らない貴族の話。実際どうすればいいかなんてわからない。
ウィリアムは続ける。
「だから僕は強くならなければなりません。おそらく領主は第一夫人の長男が継ぐでしょう。そうすればますます僕たちに立場はありません。だから少なくても戦力として価値が無いといけないんです。」
これが、彼が強くなりたい理由だった。
「姉の病気が治る可能性はまだあります!だから僕は絶対強くなります。それからタロウ師匠お願いしますね。病気の解決!」
「はいはい、全力を尽くしますよ、貴族様。」
そんな話をしているとキャンプにたどり着いた。
爆発音と俺におんぶされているウィリアムを見て、怒り狂ったメイドを何とか抑え込むのに数時間ほどかかった。ウィリアムが理由を言ってくれなければもっと時間がかかっていたか、俺は拷問にあっていたかもしれん。
港を出て数日、俺達はようやくウィリアムの故郷である、エントシに着いた。
「ところでウィリアム様よ。どうやって俺は姉のところまでいけばいい。」
今は街の正門前。街に入るための準備をしている。ただの護衛としては何もできないため、ただ待っていた。
ちなみに周りで見ている人が多いためちゃんと様付けだ。ウィリアムは慣れていないようで呼ばれるたび少し、もじもじする。
「それについては作戦を考えています。今はとりあえず街の中に入ってギルドで任務完了の報告を行ってください。」
街に入りウィリアムと別れた後、俺とアレクは護衛団を代表してエントシギルド支部に来た。
「どうも、王都ギルド支部。支部長のアンドリューです。グラハムさんから連絡は受けていました。依頼達成ですね。
またサメの魔獣討伐もおめでとうございます。大変な脅威だったので、ギルドからも冒険者を募って討伐作戦を敢行する予定だったんですよ。」
そう言うのは真面目そうで眼鏡をかけた男だ。昔、有力な冒険者だったそうで、ギルド支部長になってからも大変優秀らしい。
サメの魔獣が討伐されたことにより、兵に損害が出なかったので大変、感謝された。その後少し話してギルドを後にする。
本来ならばこの後帰るだけだが、ウィリアムとの約束があるので、それまでギルドに借りた宿舎で待機することにした。
どちらにしろ、今すぐ帰る手段が無い。帝国まで帰るためには一山超えなければならないが、かなりの標高があるため冬に超えるのは現実的ではないし船は破壊されてしまったため修理にしばらくかかるのは先日聞いた通りだ。
勇者伝説も調べたいし、まだ見ぬ魔道具にも興味がある。しばらくは王国側で活動するつもりだ。
こうして王国での新たな活動が始まった。




