エントシまでの雪原
ここから数日、歩いたところに次の目的地がある。
名前はエントシというらしい。
回復するまでの数日、アレクたちは雪原を歩くために装備を整えていた。
「これで行くのか。初めて乗るなぁ。」
「心配ですか?」
「いや、問題ない。いけるさ。」
目の前にあるものは犬ぞりだった。港町で飼われていたのだろう。非常に大きい犬が元気に走り回っていた。
犬なのか?・・・体が大きく、立ち上がると人より大きいかもしれない。
乗った感想としては意外と速いという感じだった。ただ風防が簡素なものだし揺れで飛んでくる雪が当たり、病み上がりの体には中々、厳しかった。
夜は強く冷え込む。素早くテントを立てて、ひきこもる。テントの隙間をしっかりと埋め、火の魔石を使う。火を起こさなくても空気を温められるので大変便利だ。大きな戦いを終え、目的地まで移動するだけとなり、平穏だ。最近できていなかった魔石の研究でも・・・
唯一、最近の悩みの種は・・・
「タロウさん!今日も修行お願いします。」
そう、ウィリアムだ。
サメの魔獣を倒した時、初めて魔術を使うことができた。しかもそれで倒したことが影響しているのだろう。より熱心に魔術の教えを乞うようになった。
「あのなウィリアム、俺は平民で、おまえは貴族。そう簡単に頭を下げるんじゃない。それから大切なのはイメージだって言っただろ。あとは一人でできるって。」
俺はテントから首だけだして、答えた。
「それなら貴族として命じます。僕の魔術の師匠になってください。それに魔術使いなんてそんなにいません。場合によっては貴族と同等の位を持っている方もいます。」
「それはそれだけの功績を収めた人だろ。俺は全然足りないって。」
「ダメですか・・・」
うっこいつ自分が幼い子供であることを利用して目を潤ましてきよったわ、使えるものは何でも使う。
政治家タイプか。貴族の子供だから当たり前か?
そんな事を考えていると、首に鋭くて冷たいものが当たる。
「坊ちゃまが、こんなにも頼んでいるのです。答えるのが責務というものでしょう。いや、義務と言えますね。そうですよね!」
今、俺の首に刃物を当てているのは第一筆頭メイドのアンネ。年齢的には俺や、アレクに近そうだが、ウィリアム坊ちゃまに妄信的でそれ以外の人間をゴミかなんかと勘違いしている。
ここ最近は俺がなつかれているもんだから、完全に目の敵にされている。
「わかった、わかったよ。1時間だけな。それ以上は体が冷えすぎるし、明日も移動しなければならないから、仮にうまくできなくてもそれで終わりな。」
「はい!」「なんです。その言葉使いは!」
鬼のメイドを躱し、テント群から離れた雪原に来る。
「よし。昨日も言った通り、まずは以前やったことの再現から始める。集中して自分の感覚を思い出すんだ。」
ウィリアムは目を閉じ、目の前に魔石を突き出す。魔石は赤く輝き、不思議な文様が浮かび上がる。やがてウィリアムの腕に巻き付くようになり片腕を覆う。
対称的に突き出した魔石の目の前には人の背丈はあろうかという、巨大な火球ができあがった。
ウィリアムはかなり筋が良い、俺だって魔術を安定して発動するのに数か月はかかり、出力を調整できるようになるまで、ある程度の期間を要した。
それをたった数日でものにするとは、これが天才というやつか。
以前会ったクローネという男も最初の炎を生み出すのに燃料として火薬を必要としていたが、そういった物を必要としない辺り、うまく魔術をものにすればそこらの魔術使いとは一線を画す存在になるだろう。
「よし。次は目を開けて!それからその火球をゆっくりと小さくするんだ。威力はそのままに均等に押しつぶすように!」
目を開けたまま明確なイメージをするのは難しい。何度もやって練習するしかない。
はっきり言ってどうやったら魔術を使いこなせるかなんてよくわからない。
だけど様々な魔術に関する本や自分の体験から魔術に対する明確なイメージが大切であるということを知っていた。
今、ウィリアムも同じことを試している。
ウィリアムを見ていると日に日に魔術の制御能力が上がっているように見える。
やはり、魔術に明確なイメージが大切ということが言えるかもしれない。
だとすると何故イメージが大切なんだろう?魔石を組み入れただけの魔道具は明確なイメージが無くても、使うことができる。
アレクに明確なイメージを持って魔石を使わせてみたが、魔術には至らなかった。
他の人々にも同様に試してもらった。が魔術を発動できたものはいなかった。
俺もウィリアムも得意とする魔石以外では魔術を使うことができない。
やはり、明確なイメージ以外にも、何か必要であることは確かだ。中々難しい。
ボンっ!
思考にふけっていると、ウィリアムがやらかした音がする。
火球の威力を抑えて、大きさだけを変える練習をさせていた。どうやら一定のサイズまで小さくしていくと魔術を維持するのが難しいらしい。
小さくしていた炎の塊が消えて空気だけが勢いよく吹く。
「はぁ~まだまだです。」
そう言うとまた同じように魔石を掲げ、集中し始める。
一体何が彼をあそこまで頑張らせるのか、あの年代の子はもっと遊びたいだろうに貴族だからとは片付けられない。不思議な子だ。
ボンっ!また失敗したようだ。
「ウィリアム、火球を作り出すときはどんなイメージをしているんだ?」
「火球を作るイメージですか?僕は魔石から小さい種火が発生して、それを集めてどんどん大きくしていくイメージですね。」
ウィリアムは地面に絵をかきながら教えてくれる。その絵は炎が燃える原理に似ている。
ウィリアムは直観的に炎を捉えているのかもしれない。それなら、もう少し知識があれば魔術を上手に使えるかもしれない。
俺は仮説を確かめる意味でも、ウィリアムの魔術を使えるようにする意味でも、すっかり冷えた体を動かすのだった。




