船の上6
「ブレスがまたくるぞー!」
振り向くとまたもや口を大きく開けた魔獣がいた。そして大量の水が飛んでくる。
水はウィリアムの部屋まで続く廊下の壁面を吹き飛ばしながら、狙いすましたように迫ってくる。
体感時間がゆっくりと流れる。
「あああああああああああああああああ」
皆の前に出て雄たけびを上げながら、雷の魔術を気合で発動する。
明らかに威力は下がり持続時間も短い、搾りかすのような魔術だった。雷とブレスはぶつかり合い、ブレスはギリギリのところで軌道をそらした。
ブレスは船の外壁を削りとる。ウィリアムの部屋が丸裸になってしまった。
激しい頭痛に襲われ、目の前がくらみ、聴力もおかしくなる。俺はその場にうずくまる。頭が真っ白だ。どうやら、大量の鼻血も流れ出ているようだ。
「タロウ、あなたはこれ以上、魔術を使ってはいけません。このままではあなたが死んでしまう。」アレクに介護され、ウィリアムの部屋を出ようとすると、
「ちょっと待ってください。アレクさん、タロウさん僕の力が必要なんでよね。」
そこには全身を震わせながら、青い顔をしたウィリアムが立っていた。
「お待ちください。坊ちゃまが出なくとも、もうじき陸です。それに戦闘員はまだ健在です。」
「先ほど言いましたよね。彼らは彼らの責務を全うしています。であるならば僕も僕の責務を全うしなければなりません。貴族として」
「それは確かにそう言いましたが・・・」
「どちらにしろ、このままでは魔獣のブレスに船は粉々にされてしまいます。そうなれば陸にたどり着く前にみんなあのサメの魔獣のエサです。タロウさん教えてください。どうすればいいですか。」
少年の目には小さいながらも確かな炎が宿っていた。
俺達は甲板に出る。
「やることは簡単だ。魔獣がブレスを打とうとした瞬間にウィリアムの炎の魔術を魔獣の口に打ち込んでくれ。」
「えぇ!、僕はまだ、魔術をコントロールできてないんですよ。」
「大丈夫だ。俺を信じろ!大切なのは、イメージだ。『俺はできる』と心を決めること、そして成功している自分の姿を思い描け。」
ウィリアムは少し考えたものの、目を閉じ持っていた火の魔石をサメの魔獣に突き出した。
「いいかイメージしろ、あのサメの魔獣まで届く炎だ。魔石に集中して、より強く自分の炎を思い描くんだ。」
いつの間にかウィリアムの目の前には人の頭よりも大きい火球が出来上がる。どんどんと密度を増し、拡大と圧縮を繰り返す。そして拳大の大きさまで小さく圧縮された。ウィリアムはいつもここで失敗する。
意味があるかどうかわからないけれどウィリアムが掲げている魔石に触れ、イメージのサポートをする。心なしか、目の前の火球は色が白く変化し、より火力が上がっている様に感じる。
船の前にはサメの魔獣がいる。
その口は俺を飲み込もうとしたときに起きた爆発で傷ついていることが分かる。そしてブレスを放とうと大きく口を開けた。
「今だ!その炎を解き放て!」
そう言うとウィリアムは叫びながら、火球を解放した。
衝撃は生みながら火球は飛んでいく。きれいな球体が一瞬にしてサメの魔獣の口の中へと高速で飛来しぶつかった。
大爆発が起こり、辺り一面に爆風が広がる。
サメの魔獣は燃えた。魔獣を炎が包む。
水面をはねた後、海中に潜っていく。驚くべきことにサメの魔獣は水の中にいるのに燃え続け海の中で激しい光を放ちながら泳ぎ続ける。さらに周辺の海も燃えていた。
「どういうことですか?」
アレクは俺に聞いてきた。
「魚脂だよ。あいつの体はかなり大きいからな、寒冷期だし、体脂肪をため込んでいると思ったんだ。その油とウィリアムの火力があったから、魔獣の体を内側から攻撃できたんだ。」
サメの魔獣は海の中にいるのにまだまだ燃えている。
しかしだんだん動きが弱くなり水面に腹を上にして浮かんだ。
やがて海に青白い炎が広がる。パチパチと炎がはじける音が響く。
ついに完全撃破できたようだ。
全力で体力を削り続け、ようやく倒すことができた。海に漂っている油が船に近づいてくる。俺は船長にここから離れるように言う。
「少し待て、散っていった仲間の鎮魂火とする。」
そう言うと、船に乗っている船員は思い思いに仲間を弔う。祈り終わって船は岸に向かう。
もう陸の近くまで来ていた。
船が揺れる。岸に近いのに、船が揺れているのか?あたりが暗くてよくわからない。
そう思っていたら完全に暗くなった。
*
*
*
目を覚ます。いつの間に寝ていたようだ。ここはどこだろうか。
体を起こし辺りを見渡す。
暖炉があり部屋は暖かい。窓を眺めると外には雪が積もっていた。奥にはボロボロになった大きい船が見えた。
「あっもう起きられるようになったのですね。流石、冒険者様。」
「君は?」
ウィリアムの面倒を見ていたメイドと同じ服を着ている。ということは・・・
「私はウィリアム様からタロウ様の面倒を見るように仰せつかったものです。丸一日寝ていらしたのですよ。」
やはり、ウィリアムの計らいのようだ。
メイドが言うにはここは俺たちが目指していた港町で、ローリング家の別荘らしい。
そんなことを話しているとアレクが部屋に入ってきた。
「怪我はもういいのですか?」
「ああ、怪我自体はそんなに大きくなかったからな。魔素の消費の方が大きい。寝たら大分回復したよ。それより、俺が気を失った後の事を教えてくれ。」
アレクが言うには、船はゆっくりと港に着いたらしい。そんなボロボロの船を見て、漁村の人々とはひと悶着あったらしい。
なんでも幽霊船だと思ったそうだ。
港にはあのサメの魔獣がいて、漁にしばらく出られなかったそうだ。
都市部の方に派兵の依頼を出して、それまで待っているところだったそうだ。
サメの魔獣がいるとは知らずやってくる船はことごとく、魔獣の餌食となり港には遺体や壊れた船だけが流れつくので、漁村の人々はかなり憔悴していたらしい。
誰も倒せない。そんな奴を倒すとしたら同じ魔獣か、それとも未知の存在だけだ。
いつしか村人たちはそう思うようになり、勘違いをしたとか。
ウィリアムが出ていって説明してくれなければ、街に入れなかっただろう。
船は被害が甚大で、次の航海は難しいみたいだ。少なくとも修理にどれぐらいかかるかわからないとか、ちゃんと帰れるんだろうか?
そんな心配をしつつも、2~3日ほど回復に努めた。
次はようやくウィリアムの街だ。




