船の上5
魔術とぶつかったブレスは直撃コースから軌道がずれ、船の太いマストが折れた。
激しい頭痛がする。魔術を使える回数も残り少ないようだ。
サメの魔獣はまたあのブレスを打ち出すために準備しているのかしばらく辺りを回遊する。
船員は続けてバリスタや大砲を打ち込んでいるが、距離があるせいか小さい傷をつけていくだけで、全然当たらない。
俺は高出力の魔術を打った反動で動けなくない。
アレクが近寄ってくる。
「大丈夫ですか?タロウ」
「ああ、問題ない。だけどまた・・・あんなの打たれたら防ぎきれないぞ。」
「ええ、見ればわかります。その前にどうにかしたいものです。すぐに準備をしましょう。」
しかし無慈悲にも魔獣のブレスは、数分のうちに飛んできた。
「アレク!こいつを投げろ!」
そう言ってアレクに渡したものは油が入った小さい樽に魔力を込めた破裂魔石をくっつけたものだ。
俺が魔素を込め、アレクはこれを全力で投げる。
それは船とブレスの線上で魔石が破裂し、破片同士がぶつかり火花を上げる。火花は樽の油に引火して爆発する。
その爆風でブレスの軌道がずれる。ブレスは船をかすめ、削り、飛んで行った。
爆発の破片は双方に飛び、突き刺さる。魔獣に少しでもダメージが入ると良いのだけど・・・
魔獣がさっきよりも水を溜める時間が短かったからか、ブレスは弱かった。
戦闘は一時膠着状態となる。
こちらはメインのマストを折られ機動力を大きく損失している。
何人かの船員が長いオールを出して進んでいるがその速度は遅い。水の魔石を使った推進力はいざというときのために、魔石を使える者を温存しておかなければならない。
再びブレスは飛んでくるが、何とか爆風で軌道をずらしていく。
「魔獣はどこに行った。」
いつの間にか魔獣の位置を見失ってしまった。
俺はアレクに聞くがアレクも見失っている。他の船員もだ。
だが・・・それは・・・すぐにわかった。
船に強い衝撃を受けたからだ。
サメの魔獣はブレスを打って、それをおとりに潜航し船への体当たりをしたのだ。
俺は海に投げ出されてしまった。
深く潜る時間が無かったからか魔獣が船に与えた衝撃は他に比べれば弱かったが、体力すり減らし体を十分に固定していなかった。だから滑り落ちてしまった。
「タロウ!」
アレクの叫ぶ声が聞こえる。
ぷはっ
何とか海面に出る。勢いよく海面にたたきつけられたせいで息が苦しい。
体をぬるぬるとした物が覆う。
これは油?
さっきまで投げていた小さい樽に混ぜていた油か?それにしてはサラサラしているような・・・なんだこれは、いやそんなこと気にしている場合じゃない、とにかく海から出ないと。
船に近づこうとするが下から巨大な影が迫っているのが見える。このままでは食われる。
絶望が体を走り、心臓が高鳴る。
そんなことなってたまるか。俺はまだ生きる!
死が目前に迫ったからか、走馬灯に似た何かが頭を駆け巡った。
破裂魔石、光の魔石そして回復の魔石を取り出した。
回復の魔石を噛み、両手に残りの魔石を持って、すべてを同時に発動する。できるかどうかじゃない、やるしかない。
発動した破裂魔石が四方に飛び散る。もちろん本来、投げて使うはずのものを手で抑える。抑えている手にもその勢いを受ける。同時に破裂魔石を持つ手の極小の領域に破片と海水を巻き込むように雷の魔術を高出力で発動する。
大量の海水が一気に蒸発しガス化さらに電力を与え、高温にする。いわゆる水蒸気爆発である。
手の中で発生した爆発により、俺は水面から打ち上げられた。
破裂魔石の破片は爆発によって加速し、サメの魔獣に向かって飛んでいく。
もちろん、こんなことをすれば俺はただでは済まない。
そこで酔い止めのために使った回復の魔石の手法をここでも利用する。ダメージを負いながら回復も同時に行った。
ただ一つ賭けだったのは俺の回復は遅いということ、と噛みながら発動したことが無いということだったが賭けには勝ったようだ。
ただし生きた心地がしない。まるで体の内側から固い金属で殴られているみたいだ。
俺は海面から勢いよく浮かび上がる。
前面には沈みかけの太陽の光を複雑に反射する海と、爆発を食らって顔面にダメージを負いながらも、まだ動くサメの魔獣が見える。
運よく船の上に落ちた。体のいたるところから流血しているのが分かる。遅れて回復が進んでいく。
「よく戻りました。タロウ!あなたは負傷兵です。一旦離脱してください。」
アレクが何か言ってくるがそれどころではない、俺は体に着いた油のにおいをかいだ。
魚臭い。これはサメの魔獣から出た油、魚油なんだ。
あの魔獣は体内に大量の油を含んでいるみたいだ。俺達の少ない攻撃でも大量に海に流れ出るぐらいの量だ。
海から打ちあがった時に当たりに広がっているのを確認した。
「アレク、ウィリアムのところに連れて行ってくれ彼の力が必要なんだ。」
「しかし、あなたは一旦下がって治療をすべきです。」
「いい、そんなこと言っている暇はない。今を逃すと魔獣を倒すチャンスが無くなってしまうかもしれない。今しかないんだ。」
俺の必死に訴えに、どうなっても知らないですよとかなんとか言いながら、アレクはウィリアムがいる部屋に連れて行ってくれた。
「ウィリアム!入るぞ。申し訳なのだが手伝ってほしいことがある。」
そう言い中に入るが、中にいたのはガタガタと肩を震わせてメイドに抱かれている少年だった。
よく考えれば当たり前のことだ。
見たこともない、化け物が襲いかかってくる。さらには逃げ場もない、船を大きく揺らすほどの大きな力。目の前で人が食われて死んでしまう。
そんな光景を見れば恐怖を覚えるのが普通なんだ。
メイドは俺達をにらむ。お付きのメイドが一人目の前にやってくる。
「冒険者様。坊ちゃまは船の環境が合わず体調を崩されております。よってお会いできません。それより、外の魔獣は倒されましたか?任務の全うをお願いしたします。」
冷たいように聞こえるだろうか、それでもこれが彼女の仕事なのだ。
「ブレスがまたくるぞー!」
無常にも恐怖は全員に降りかかる。
振り向くとまたもや口を大きく開けた魔獣がいた。そして大量の水がこの部屋めがけて飛んできた。




