海の上-1
クララとの会合を終え、数日後。
魔王の国へ移動するため船へ荷積みをしている中、飛んでもない報告が入ってくる。
「タロウ兄さん!大変です。」
「どうしたウィリアム。」
「ニッホンの衛兵が、天守を人質に取り、行方をくらましました!」
ウィリアムの報告に刀幻の顔が浮かぶ。
きっと天守を人質に取った人物は彼だろう。
「あなた・・・。」
リナも気づき、心配そうに話しかけてくる。
リナには、あの夜の事を話していた。
「例の刀幻という方はここまで来る気でしょうか?」
「分からない。ニッホンの兵は優秀だ。全員を振り切ってというのは難しいかもしれない。」
「私は天守様に来ていただきたいわ。」
「どうして、そう思うんだ?」
「魔石病はね。何も感じないの。魔石に覆われている部分そのものは何も感じないの。ただ動かないから痛みを感じることがあるけど・・・魔石そのものは痛みも苦しもない。それが怖いの・・・何も感じないのに死が近づいてくる。」
リナはその恐怖を晴らしてあげたいとそう願っていた。自分が救われた嬉しさを知っているから。
「出発までは待ち続ける。それでいいかな?」
「ええ、お願いいたします。」
「ウィリアム、警戒は続けつつも、刀幻が来たら道を開けよ。」
「承知いたしました。次は勝手に素通りさせませんよ。」
ウィリアムはにやりと勝気な顔を見せる。
しかし時間は無情にも過ぎ去り、出発の時間となった。
刀幻は現れなかった。
「出発しよう。船を出してくれ。」
船はゆっくりと進み始める。
この船は、魔石を有効活用した蒸気船だ。
大型のパドルが回転数を速めていく。
すぐに沖へ出るだろう。
遠ざかる陸に背を向け、海を眺める。
どこまでも続く海は天候に恵まれ、凪ていた。
ノアがずっと陸の方を見ている。
彼女は水の魔術以外、魔石の扱いすら下手だ。しかし、水の扱いは俺に勝るとも劣らない。この海ですら操って見せるだろう。
「どうした?何かあったか?」
「いえ、海がざわついています。海の魔素がみだれている?」
ノアにつられて陸の方を見る。陸から白い何かが飛んでくる。
何かの生き物か?いや、もっと勢いがいい?波打っている?・・・!?あれは衝撃波だ。
「総員、あれから船を放せ!絶対に当たるな!」
空気の密度を変化させ、衝撃波の進路を徐々に減衰させていく。
衝撃波は海を割りながら進行し、船の横を通り過ぎていった。
衝撃波につられた空気が船を揺らす。すごい風だ。息も苦しい。
ノアが船を飛び降り、海へ着地する。
海に沈むことはなく水面に立った。
杖を海につけ、飛んでくる二発目の衝撃波に水の刃をぶつける。
二つのは衝突し、互いに消し飛んだ。
それにしてもこの衝撃波、とてつもない威力だ。水の刃を吹き飛ばすなんて・・・
ノアは、船の周りに特殊な流れを作り、船の機動力を上げ、船が逃げられるようにする。
しかし、三発目の衝撃波が飛んでくることはなかった。
変わりに衝撃波を打った本人が空を飛んで、船に直接侵入してきた。
「しまった!」
ノアはすぐに船に戻り、攻撃の構えをとる。
他にもウィリアムや、他の戦闘員がすでに攻撃の準備を行っていた。
「何じゃ、どこへ連れて来たかと思ったら、魔王の船とはさすがに、運の尽きかのぅ・・・せっかく主が、熱く抱いて連れ出してくれたというのに・・・ああ、そうか。一緒に魔王討伐にしゃれこもうということか?」
落ちてきたのは、予想通り刀幻と彼に抱きかかえられた天守だ。
天守は余裕をもって、刀幻をからかった。
「回りくどい言い方しないで、前にも話した通り、君の魔石病を治療しに来た。」
天守の顔に影が差す。
「またその話か、無理なことを話す出ない。こんなところまで来て・・・
魔王よ。邪魔したな。急に押しかけた事を詫びるぞ。」
「逃がさないよ。天守。君の人生は今から変わるんだ。」
そういって、刀幻は腰に差していた刀を抜いた。天守に向かって・・・
一気に船の緊張感が増す。
「一度までならと思ったが、二度も私に刀を向けるか。相当命がいらないと見える。」
「僕は覚悟を決めたんだ。君の力をすべて失う変わりに、君の魔石病を治し、君を助ける。」
一触即発。
まさに船上で大暴れしそうな雰囲気を感じ取る。
こんなところでそれをやられてたまるか!
俺は全開で魔素を解放する。
その波動は船を離れ、魔王の国や近い帝国領の港まで届いた。
船上の者たちは全員呼吸が苦しくなる。
魔王の波動。
本人の知らないところでそう呼ばれるこの息苦しさは、範囲内にある全ての魔素が魔王の手中に収められる事によることが原因である。
もちろん体の中にある魔素も効果範囲内だ。
肺や心臓といった場所に含まれる魔素すら手中に入るため息苦しさになる。
「全員落ち着け、ここはもう一度、話会おうじゃないか。戦うこともあるまい。」
「ふん、曲りなりにも魔王を名乗るだけはあるか。しかし、人の頭を押さえつけて言うことを聞けと、頭が高いのぉ」
さすがは天守と呼ばれるだけの人。自身の魔素に干渉を受けているにも関わらず、平然としている。
刀幻も同様だ。
落ち着かせて、対話に持ち込もうとしたが、逆効果であったようだ。天守の殺意がこちらを向く。
「天守様。どうかお話を聞いてくださいませんか?」
魔法でもないのに、誰の耳にもその声は届いた。




