帝国Ⅸ-5
地下にあった物はきちんと整理し、空間を作る。
床に液体魔石で、幾何学模様を描いていく。砂漠の神殿で見た勇者の作り出した模様を思い出す。
仕組みとしては全く同じだ。液体魔石で魔素の流れをコントロールする。
さらに様々な魔石を各地に配置していく。
魔素が足りなくなったら、補給に使う魔石。
余分な魔素が発生したら、入れ物に使う魔石。これはノイマンと戦った時にノイマンが使っていた攻撃方法を参考にしたものだ。
地下室につながる扉をノックする音が聞こえる。
「来たか。」
リナだ。
「言いつけ通り、誰にも何も言わずに来ました。」
「ああ、迷惑をかける。これは禁術なんだ。ここで見たものは絶対に口にしてはならない。生涯にわたって。」
「分かりました。」
これから危険が伴う行為をするというのに、リナはなんだか楽しそうだ。
全く・・・
体に流れ込む魔素量をコントロールするため、リナにも液体魔石で模様を描いていく。これはニッホンで学んだ技術だ。
特にこれは重要だ。
リナは魔素に対する反応性が非常に高い。
この性質を利用して、彼女の体の一部を魔石と融合させ特殊な人体魔石を生成する。
こうして生成した人体魔石を失ってしまった体の部位に種として埋め込んでいく。
埋め込んだその人の魔素を利用して成長させていく。
疑似的に魔石病を引き起こすようなものだ。
しかし、人体魔石と人の体には互換性がある。この性質を利用して失った部位も成長していくという仕組みだ。
人体魔石の成長→ケガ部分の成長→最後に魔石を破壊することで、完璧に再生させる。
すべての準備は整った。
「リナ本当にいいのか?」
この期に及んで俺にはまだ迷いがある。
「はい、構いません。よろしくお願いいたします。」
リナの目には確かな光が灯っていた。
リナと俺を取り囲むように光の粒子が舞った。
「皆さん、ちょっとよろしいですか?」
訓練終わりの騎士団をリナが呼びかける。
皆さんに少し試したい治療法があります。
リナの声にみんなの視線が集まる。
リナはバケツに一杯の小さい魔石の玉を持っていた。
ガラス玉のような大きさのそれは虹色に光り輝いている。
「ではタロウさん。お願いします。」
騎士たちは後ろから部屋に入ってきた男に視線を向ける。
この男は最近お嬢様とコソコソ何かやっている。
相変わらず怪しい奴だ。
その顔は少しやつれ、疲れている。後悔ともとれる表情だ。
タロウの話は小難しく、理解しきれなかった。リナお嬢様のお話ではタロウが開発した新治療法との事だ。
何でも失った四肢を回復できるらしい。
ようやく、タロウが、憔悴している理由がわかる。
リナお嬢様の体質を利用したことは明白だった。
顔には出さないが、複雑な気分になる。
タロウは不思議な金具を取り付け始める。
中央にはリナお嬢様が持っていた虹色の魔石を当てはめた。
特に何か起こる事はなかった。
タロウは何か魔術的な事をやっていたが、何をやっていたかわからない。
こんな事で本当に失った腕を取り戻せるのだろうか?
答えのでない苦痛が心を締め付ける。
一日がたち、魔石は腕全体へと広がっていた。
魔石に取り込まれている気分だ。魔石からは何も感じない。
正直言ってとてつもない恐怖だ。
自分ではどうしようもない無力さが、より魔石への恐怖を強める。
まるで昔のお嬢様のようだ。
お嬢様はこんなにも恐ろしいことに、毎日、耐えていたのか。
もしも今以上に悪化するような事があれば、目の前の男を切ってでも止めよう。お嬢様を長くお守りするためにも・・・
また騎士たちが集められ、タロウの治療を受ける。
タロウ曰く、魔石病にかかったような認識は間違いではなく、同じことが起こっているらしい。
そこで、タロウの力によって、魔石が体を飲み込む現象をコントロールし、魔石を腕の傷口部に集めるらしい。
また数日が立つ。タロウの治療は毎日続けられた。確かに腕に広がっていた魔石は傷口だけに留まるようになり、そして腕が伸びているような感覚があった。
いや確実に伸びている。
再生しているのだ。本当に。
いったいこれは何なのだ?人知を凌駕している。
これが魔法使い。これが魔法の力。
腕が治っていく嬉しさと未知への恐怖がせめぎ合った。
治療にはいつもリナお嬢様がいて、彼女が嬉しそうな顔をしているのが私もたまらなく嬉しかった。
恐怖は消えずとも治療をやめる気はなくなっていた。
急速に回復していく手足。
ここまで上手くいくとは・・・
我ながら感嘆に浸っていた。
いや、ノイマンの研究が素晴らしかっただけだ。
あいつの嫌なニヤつき顔が頭の中を反芻する。
何はともあれ、後一ヶ月もすれば、完治するだろう。
良かった。
後はこの技術を完全に封印し、意図的に技術レベルを後退させる。
タロウはこの先にやることで頭の中をいっぱいにし、また研究室へ向かった。
帝国の中枢では一人の少女が頬を膨らます。
「再三の呼びつけに関わらず、いまだに現れませんか?」
「ええ、何やら忙しそうにしているようで、全く取り合おうとはしませんな。」
「本当に魔王になったのですね。態度も王族そのものです。」
それをあなたが言うか・・・と彼女に近しい近衛たちは思っていた。
「仕方ありません。あっちが来ないというならば、こちらから赴くまでです。」
「それはなりませんぞ。それでは帝国の教示が保たれません。なんとしてもお連れしますので、もう少々お待ちください。」
「いいえ!戦後処理も落ち着いてきたことですし、そろそろ一回羽を伸ばしてもいいはずです。爺やだってそういったではありませんか!」
「確かに言いましたが、何故、あのような危険な男のもとへ行くというのですか?」
「危険でしょうか?私には戦に迷いのある男に見えます。近衛もついていくことですし、何ら問題ないと思いますが?」
近衛騎士団団長は自分たちの帝が、その才能を開花しつつあるのを実感していた。
才能の一つ。
人を見る目。
もちろん現女帝は戦場に出たことはない。戦闘訓練も積んでいない。
にも関わらず、魔王を戦いに迷いがある人物だと見抜いた。
凄まじい成長にわくわくが止まらない。
なんとしてもお守りしなくては・・・と同時に多くを経験していただかないといけない。
「私が護衛につきましょう。もちろん近衛騎士団の中から選りすぐりもつけましょう。」
「あなたがそういうならば・・・しかし半日だけですからね。少しでも送れるようなら国軍を動かします。」
「大げさですが、いいでしょう。それでお願いします。・・・やった!」
身内しかいないとはいえ、ガッツポーズは隠してほしい。
重臣はこれからどうしようかと頭を悩ませる。




