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オタク、線をまたぐ  作者: 物理試す


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帝国Ⅸ-3

研究室に籠もって、数時間後、リナがやってくる。

「こちらの飲み物をどうぞ、東洋の飲み物で紅茶というようですよ。」

「紅茶?こっちにもあるんだな・・・」


一口、口に含む。

想像しているような味はなかったが、十分においしい。


「タロウさん。今日はお願いがあってきました。」

「なんだい?」

「こちらをご覧ください。」


リナはお盆から薄い書類を取り出す。

俺しか見ていないはずの人体魔石の生成に関わるノイマンの論文だった。


「どうしてそれを・・・」

「書類を隠すなら、しっかり隠す方がいいですよ。」

「さすがにやり過ぎじゃないか?」

「申し訳ありません。この罪はいかようにでも償います。それでも私は叶えたい…いや欲望があるのです。」

「なんだ?人体魔石を作って復讐しようたってできないぞ。」

「復讐だなんて・・・タロウさんは私の騎士団を見ておられましたよね。」

「ああ・・・」

「不憫だとは思いませんか?元に戻れる手段があるのに・・・それを知っていながら、何もしないだなんて・・・」


なんとなくいやな予感がする。俺は自分が書いていた研究書類を見る。

適当に置きっぱなしにしていた。それこそ簡単に見れるように・・・


子供のころ整理整頓をしなさいと怒られた記憶がフラッシュバックする。

「なんのことだかわからないな・・・」

「”魔石への反応性が高い生物を利用した万能細胞の人体魔石生成”これはあなたが完成させた魔石治療方法です。私には詳細は分かりません。しかしあなたはこの技術で回復の魔石では治療できない領域まで治療可能だと書かれています。」

「・・・その手法は特定の人を材料にしてしまう。まだ未完成なんだ。そんな状態で技術を利用するなんてノイマンとやっていることが同じだ。俺には・・・それはできない。」

「私が望んでもですか」

「ああ、それはやってはいけないことだ。おれにとって罪なんだ。」

「そうですか。失礼しました。」

リナはとてつもなく悲しそうな表情をして部屋を出ていった。


研究を続ける気分じゃないな。

机の上を片付け、研究室を後にした。


リナはひどく落ち込みながら、廊下を歩く。

もう無理やりにでも実行するしかない。彼女たちは私に尽くしてくれた。それこそ、一生安住などできない、今の生活についてきてくれた。

私たちは平穏に暮らしている様に見えて、それはタロウさんのおかげ・・・私たちだけでは亜獣一頭すら、まともに対処できない。帝国での身分も定かではない。


大丈夫・・・手段はある。でもきっと誰もが後悔することになる。

「うおっ」「わ」

廊下の角、リナはノエルとぶつかりそうになる。


「ど、どうしたんだリナ。めちゃくちゃ顔色悪いぞ。」

「いえ、大したことでは・・・」

「嘘だな。お前は嘘をついた。分かりにくいほうだけど、私にはわかる。何かあったなうーん、タロウか?」

「さすがですね。でも大丈夫ですわ。ノエルさんには迷惑をかけませんから。」

「それも嘘だな。何があった?」

「・・・そう、ですね。ノエルさんには迷惑をおかけするかもしれません。ノエルさんはタロウさんを慰めたことはありますか?」

「? まぁ、アイツは意外と脆いところがあるからな。」

一瞬だけノエルが頬を赤らめたように見えた。


「タロウさんはわかりやすいですものね。だとすれば迷惑をかけてしまいますね。」

心にもう一本のヒビが入った気がした。


「リナもタロウを慰めるのか?」

その言葉を聞いて、目を見開く。


「言っている意味をわかっていますか?・・・本当に?」

「あ、そっか。普通はそうだもんな。う~ん、でもいいんじゃないか?」

強がりでも、嘘でもないまっすぐな表情に私は励まされた気がした。


夜、俺は自室で悶々とする。

目をつむり、昼の出来事を思う。


まさかリナがあんな事を言い出すだなんて・・・

それだけ自分についてきてくれた騎士の存在は大きいのだろう。


思い返してみれば当然のことだ。命を懸けて、逃亡生活を送り、挙句の果てには故郷まで捨てた。

そこまでしてくれる人々に報いたいと思う。

その気持ちは大きなものだ。


技術そのものが悪なのではない。

未熟なまま、尚且つ、自分自身も社会にとっても、何がどうなるか分からないまま、人体実験のように扱うかもしれない。それがいけないのだ。


ようやく眠気が来たのか、感覚があいまいになってくる。

思考が弱まってくる。


体が熱いような、まるで誰かに温められるような。

「タロウさん。いくら自宅とはいえ、鍵も閉めず、扉も半開きだなんて、無防備にもほどがありますよ。」


そうだろうか?自宅なんだからいいじゃないか。


・・・


目を覚まし、視界に入った者に目を見開く。

「どうしてここにいるんだ。リナ?」

「もう少しドギマギしてほしいのですが、まぁいいでしょう。私の覚悟をお見せしようかと思いまして」

「なんであろうと、技術を使うことはできない。せっかく戦争は終わったのに何故なんだ」

「私の戦争は終わっていません。あなたは自分が作り出した技術を使いたくない。でも私は使ってほしい。戦いですね。」

「そうなるな。でもいっちゃ悪いが俺は強いぞ。君じゃ、かなわない。」

「あら、武力を行使するだけが戦いじゃありません。むしろこの世の戦いは武力を用いない方法がほとんどですの。」


雲に隠れた月が姿を現し、部屋の中を一気に照らしつける。

彼女の姿は、魔石病を克服したときのように、目には毒の薄い絹をまとっていた。しかし、病気から回復したおかげか、とても女性らしい体つきをしていた。


「うっ体が熱い。」

「良かった遅効性だと聞いておりましたので、効いているか心配でした。とても強い媚薬だそうですよ。」

「昼の紅茶か・・・」

リナは笑顔で、正解だと教えてくれる。


「世離れしているところがタロウさんのいいところだけど、危ないこともあるんですよ。教えてあげます。私の体は十分頑丈だということも、私の覚悟も、武力を持たない人間の戦い方も・・・」


服がはだけていく。

月明りに照らされた彼女はとても美しく、目を離すことができなかった。


「大丈夫。あなたに罪はない。悪いのは私。その罪悪感は私の物です。ただあなたは身をゆだねてください。」


朝日が入り、鳥の鳴き声で目が覚める。

一度ならず、二度までも・・・何をやっているんだ。俺は・・・単純だな。


しかもどうするんだ。

ノエルに全く返事を返していなかったことも思い出す。

自分の失態のせいで、問題がどんどんと重なっていく。


”自分の生み出した技術には責任を持つべきですな”今になってノイマンのことを思い出す。


分かっている。

全ては俺が招いた結果だ。

責任をとらなければならない。

しかし、世界にとって、俺の行動は悪。ひっそりと忍んで行わなければ・・・

本当に魔王にでもなった気分だった・・・


リナが起き上がる。

眠い目をこすりながら自分の姿に気づく。

急いで、そこらへんの布で自分の姿を隠す。


「リナ、やれるだけはやってみる。ただし、無理だと判断した時点で、問答無用で停止する。いいな!」

「はい、ありがとうございます。」


その日から俺は地下室に長くこもるようになった。


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