戦場の採掘地-5
周囲の人達は不思議な場面を見届ける。
中に浮かぶ敵の魔法使いと自国の変な研究者が対峙する場面だ。
いや、自国の研究者が得体の知れない何かに挑んでいるようにも見えた。
「いやはや、地下の部屋に設置した全ての人体魔石を使ってしまいました。後はこれだけですな。」
そう言って左腕を持ち上げる。
ノイマンの左腕に纏わりつく魔石から炎が溢れ始め、大きくなっていく。
もう特殊矢の残弾はない。でも俺は・・・俺はまだまだいける。
空気を圧縮し、圧力を高めていく。
また巨大な炎が来たとしても、打ち抜けるように。さらに圧力を高める。
耳をつんざくような高周波があたりに響く。
周囲の人からは宙に浮く人間の右手の周りに何かが集まっている様に見えた。
実際には圧縮空気により、空気密度が急激に高まり光が屈折しているだけに過ぎない。
ノイマンとタロウは互いの腕を見る。
互いが互いの腕を向ける。
そして同じタイミングで火炎と圧縮空気が放たれた。
二つの自然現象はぶつかり合い、周囲に強い風と火炎が飛び散る。
ノイマンはここからどうするか考えていた。
ここからは有効な手段がない。目の前に浮かんでいる男はまだまだ余裕そうだ。
魔法とはとてつもないですな・・・
大量の国民を利用して人体魔石を制作したというのに、一瞬で使い果たしてしまった。
にも関わらずタロウは、それらすべてを受け止めてしまった。
果たしてどうしたものか・・・
だが、次の手が打たれることはなかった。
自身の左腕にまとわりついていた魔石が砕け、割れた。
なぜだ!?
何度も研究を重ね、やっとの思いで実用レベルまで持ってきたこの魔石が・・・
無数もの動物と人を使って実験を行ったのに・・・
魔石の合成まで完璧に仕立てたというのに・・・
破壊した魔石の破片を目でおう。
やがて一つの金属が目に付く。
タロウが打ち込んだクロスボウの矢
この矢が、ノイマン自身の放つ炎で真っ赤に赤熱していた。
そういえば金属は熱によって大きく膨らむのだったな。
自分の冷静な思考が、事態のいきさつに答えを出すと同時に全身の力が抜ける。
まっすぐ放たれていた炎は四方に拡散し、急激に勢いを失った。
打ち合っていた圧縮空気が、力の入らない全身を覆い、大きく吹き飛ばされた。
意識ははっきりとしていた。体が冷たくなっている。
力が全く入らない。
魔石と結合してからというもの全身を流れる魔素を感じられたというのに、今は全くその流れを感じることができない。
気づく。
ここまでか・・・
目の前に空を飛んでいたはずの男が現れた。
タロウは魔石が破壊され炎が急激に失われる様子を見ていた。
最初は何が起こったか全く理解できなかったが、放った圧縮空気がノイマンを吹き飛ばした様子を見て決着がついたことははっきりと理解した。
地上に降りて近づく。
ノイマンから大量の魔素が空気中に拡散していく様子が見て取れる。
焦点が合っていなかった視点が光を取り戻し、視線が合う。
「君に私の研究を引き継いでもらいたい。」
「お断りいたします。残念ながら貴方の研究は封印させていただく。」
ノイマンはニヤリとする。
「君ならばそう言うと思ったよ。ならば王国にある私の地下研究室にある書物を持っていくといい。あそこが私の部屋でね。いろいろやっていたら、あんなところに追い出されてしまった。全てはあそこにある。それからボナパルト君の命は助けてもらえるかな。彼は王国を思う者だ。」
「なぜ、俺にそんなことを言う。」
「目の前にいる人間が君しかいないからだからだが?」
ノイマンの呼吸が荒々しくなっていく。
「俺は敵だぞ。」
「研究者でもある。君の研究心に語り掛けている。・・・そうだな、最後にちゃんと敵になろう。」
左腕についた魔石は割れたままだが、機能は止まっていない。炎があふれだした。
制御されていない炎はノイマンに移り始める。
自身が燃え始めているというのに全く抵抗しようとしない。
・・・できないのかもしれない。
ノイマンは荒れていた呼吸を整える。
「王国の兵士よ!聞け!この男は王国を乗っ取ろうとする魔法使いだ。王国の兵士よ。立ち上がれ!玉砕せよ!王国の敵はこの男だ。」
ノイマンは満足したように笑顔になり、炎に包まれた。
「アイツが敵?」「そういえば浮いていたな。」「王国を乗っ取る?俺たちの国を奪おってのか?」
いつの間にか、王国兵に囲まれていた。
その目には闘志が宿り、俺を睨んでいる。
炎に包まれたノイマンを見る。
炎の火力が高く、もうすでにかなり燃えていたのにニヤニヤと笑われているようであった。
幸か不幸か、ウィリアムの父から奪ったであろう左腕は魔石に守られ健全であったため、それだけ回収する。
「ノイマン様から腕を奪ったぞ。」「変な力でノイマン様を倒したんだ。」「みんな見ただろ!奴こそが我らの敵だ。奴をなんとしてでも殺せ!」
次第に声は大きくなり、共鳴する。
奴を倒せ!ヤツを殺せ!王国を守るのだ。
周囲から言われなき怒号があふれる。
なんで俺がこんなこと言われなきゃいけないんだ。
兵士の一人が剣をとる。
つられて多くの兵士が武器を持つ。
「かかれ!----」
どこからか聞こえた号令に従って、多くの兵士がこちらへ向かってきた。
宙へ浮かび、近接する兵士を交わす。
炎をまとった矢が降り注ぐ。
風の魔法を使って矢を弾き返す。
俺を狙って外れた矢が俺の近くまで来ていた兵士に突き刺さる。
「やめろ!俺はお前たちの敵じゃない。仲間に攻撃が当たっているじゃないか!」
「問答無用!敵の言葉は聞けぬ。」
傷ついた兵士は腕をまくり、埋め込まれた魔石に魔素を流す。
お前たち、もうすでに・・・
兵士に埋め込まれた魔石は炎を噴き出し、兵士たちを巻きこみながら豪炎を巻き起こす。
他の兵士たちも魔石の力を解放し、火炎を生み出しながら突撃してくる。
どうしてそんなにも戦うんだ。
なぜ自らを燃やせるんだ。
理解できない。
より高みへ、迫りくる炎から逃げながら、宙を舞う。
いやこんなことしている場合じゃない。アレクの加勢に行かなきゃ。さらに急激に上昇し、辛うじて残っている採掘地の入り口を見る。




