王都Ⅱ-5
「タロウさん、皆さんもご無事で何よりです。」
すっかり元気になったウィリアムが飛び出してくる。
すぐに俺が背負っているものが視界に入る。
「父上!」
「まだ意識は戻っていない。すぐに治療を開始する。」
治療などと、俺は医者ではないんだぞ・・・
内心何もできないことはわかっていながらウィリアムを落ち着かせるため話しかける。
ひとまず、サイモンを荷台に乗せる。
観察すると、完全に魔石に覆われている場所が、何か所もあるが、顔付近や、首は薄く覆われているだけだ。ここを中心に魔石を排除していこう。
幸いにも劣化した魔石は大量に持ち合わせていたし、俺の力があれば空中に魔素を拡散することもできる。
順調に張り付いた魔石を壊していく。
だが、意識は戻らない。
呼吸は浅いものの安定している。
切断された左腕は傷口がふさがり、魔石を破壊しても問題なかった。
やがて、数時間かけてすべての魔石を破壊した。
俺が、魔石を破壊している間、コイルに運転をお願いし、エントシ方向へと走ってもらった。
完全に王国から離れたところで停車する。
サイモンは目を覚まさない。
処置を終えた俺は荷台の隅で休憩していた。アレクとグレッグは外で休憩している。アレクは何を考えているかわからないが、思いふけっている。
ノエルは遅めの夕食を準備している。
コイルは魔導四輪の整備をしてくれている。ずっと舗装されていない道を力づくで走っていたのだ。
各部がガタガタである。
ウィリアムは父の目の前から動こうとはしなかった。
「簡単だけど、飯ができたぞ。」
ぞろぞろとみんなが集まった。
焚火を囲むように固まって食事をとる。
特に会話はない。
「父は目覚めるでしょうか。」
こぼれるようにウィリアムの声が聞こえる。
この言葉に俺しか答えられない。
「分からない。できることはやった。」
答えた後、すぐにノエルに脛を蹴られる。痛いな・・・でもそうか、そうじゃないよな。
「まあ、その、なんだ。呼吸は安定しているし、魔石はすべてとったんだ。これからはよくなるしかないさ。」
果たしてこんな言葉で良かったのだろうか。
地面を見つめていたウィリアムが視線を上げ、目が合う。
焚火の光を反射しキラキラと強く輝く、目は大きく開かれた気がした。
日が開け、ひとまずエントシ方向へ舵を切る。
療養する場所として、これ以上の場所はないだろう。
しかし、その時はすぐに訪れた。なんと、サイモンが目を覚ましたのだ。
「父上、父上!」
すがるようにウィリアムが語りかける。
「ウィリアムか、戦場にいっていたと聞いたが、帰ってこられたようだな。」
「はい、父上。僕と一緒に帰りましょう。姉さんも元気ですよ。」
「そうか、リナも無事か。」
視線だけが、俺を捕える。
「君にまた助けられたわけだな。」
どうやら俺のことを知っているようだ。
当然か、こんだけ姉弟に関わっていれば調べもつく。
「二人を頼む。」
ただそれだけを言われた。
ウィリアムに向き直り、口を開く。
「・・・生きろ。」
ただそれだけを残し、静かに瞳を閉じた。
「父上、父上ェエエー」
ウィリアムの叫び声だけがこだました。
腐敗を回避するため遺体はすぐに焼却された。
遺灰を集め、エントシへ向けて出発する。
車内は会話がない。ただ無言の時間が過ぎる。
「コイル、エントシまではどれくらいかかりそうだ?」
「今日中にはつけねぇな。道中、小さい村がある。こんな時期でも宿泊ぐらいはできるだろう。」
この世界には長距離を移動する商団や、冒険者用にギルドが設置した小さい集落がある。お金を払えば宿泊できるのだ。
予定通り、日が落ちる頃には、名もない小さな村にたどり着いた。
それぞれ、部屋を取り、つかの間の休息をとる。
「生きろ・・・か」
ここ数日のことが否が応でもフラッシュバックする。おびただしい程の人体魔石、サイモンの死、奪われた左腕。
大丈夫だ。俺が悪いんじゃない。
せっかくの技術を悪用する奴が悪いんだ。戦争がなければこんなことにはならなかったはずなんだ。
本来は人を殺すために使う道具じゃないんだ。人を救うためにある技術なんだ。
ベットに腰かけたまま、同じことを何度反芻したことだろうか。
完全に日が落ち、月明りだけが部屋を照らす。




