帝国-Ⅶ 6
リナは屋敷の外に設置したベンチに腰かけていた。
「暖かくなったとはいえ、夜はまだまだ冷えるぞ。」
「そうですね。厚着をして正解でした。それと来ていただきありがとうございます。」
彼女はガウンを羽織り、暖かいのみものを持っていた。
なんだかかしこまった様子だ。
「タロウさん、私たちは迷惑ではありませんか?」
「迷惑?全く問題ないぞ。」
「本当ですか?本当に本当ですか!?」
彼女が身を寄せ、訪ねてくる。
「突然どうしたんだ。」
「あなたが、また戦地へ赴くと思うと心が苦しくなります。でも弟を思っても心が苦しくなります。ここ数日、弟のことを話せませんでした。弟を助けたいのに、唯一の方法があなたを戦場に向かわせることだなんて・・・何もできない私が情けなくて、・・・」
本当に珍しく彼女は落ち込んでいた。
「大丈夫だ。心配すんな。」
「え?」
「これといって証拠とかないけど、安心してくれ!俺は・・・弱くない。」
言い切れないのは、かっこ悪いな。
リナは目を見開き、固まっている。
「そうですね。タロウ様はお強いのでした。取り乱して申し訳ありません。私は何をしているのでしょうか。」
リナは恥ずかしかったのか、顔を赤くして、うつむいている。
「タロウ様、改めて弟のことをよろしくお願いいたします。例え、どんな姿でも受け入れる覚悟はしております。」
「どんな姿って・・・そんなことを言うなよ。」
「いいえ、今は戦争中です。全てを覚悟しなくてはなりません。・・・いいえ、本当のことを言えば、このように心に予防線を張っていないと心が持たないのかもしれません。おまじないのようなものです。」
なんて愛のない、おまじないだろう・・・
ずっと屋敷の中で過ごしてきて、ようやく外に出られるようになったのに戦争になって逃亡生活をすることになるなんて・・・
「リナ、ずっとこんな生活はつらくないか」
「つらくないと言えばウソとなります。でも私はやはり恵まれていると思います。昔は常に明日には死ぬと思っていましたから、今は死ぬ気がしません。」
「そうか、それならいいんだけど・・・」
「どれもこれもタロウさんのおかげですよ。タロウさんが私を救い出してくれたのですから・・・そうだ!タロウさんもう少し近くに寄ってくれませんか?」
「? わかった。」
リナに近づくため、体を傾けた瞬間、リナも体を寄せる。
自然と、唇が重なった。
「これはおまじないです。ちゃんと帰ってきてくださいね。」
リナはそそくさと屋敷の中へ戻っていった。
何が起こったのか理解できず、そのまましばらく固まっていた。
次の日、リナは何事もないようにふるまっている。
対照的に俺はというと、昨日の出来事に戸惑い、どぎまぎしていた。
朝のうちにフジワラ商会に依頼していた護衛が到着した。
予定通り、元副団長たちだ。
彼らは戦争の影響で各地を回ることができなくなっていた。
「あなた方が来てくれるならば心強い。」
副団長が前に出る。
「俺たちもちょうど仕事がなくなっていたからな。都合がいいんだ。」
「良かった。護衛を達成したときには、さらに追加で報酬をお支払いいたします。」
「すまないな、そうだ、貴族になるだろ?取引相手になってくれよ。」
「お安くしてくださいね。」
しばらく雑談を行いつつ、出発の準備を行う。
次第にメンバーも揃い、お昼前には完全に準備が完了した。
「よし、いつまで戦況が安定状態にあるかわからない。今日のうちに進めるだけ進もう。」
みんなの同意を得られたところで、計画を再確認する。
今日は帝国と王国を分ける山まで進む。
移動方法は王国から帰ってきたときと同様に、上空を飛行して進む。
その後は陸地を移動して、戦場に入る。
戦場に入った後は情報収集だ。
魔導四輪に荷台が一台の構成。飛行が行えるように、固定バーを取り付けた特別仕様の一台である。
これに、ノエル、アレク、俺、さらには情報収集が得意なコイルが乗り込む。
出発の直前、リナが近寄ってくる。
「タロウさん、どうか弟のことをよろしくお願いいたします。」
「ああ、必ず連れ帰る。だから安心して待っていてくれ、決して無理はしないでくれ。くれぐれも魔石は使わないように!」
「はい、もう無理は致しませんよ。」
「早くいくぞータロウ」
ノエルに呼ばれて、魔導四輪に乗り込む。
すぐに魔法を起動し、魔導四輪が空中へ浮く。
2度目ともなると、慣れたもので、簡単に車体を浮かす。
予定通り、飛行し、帝国側の麓までたどり着いた。
初めての飛行だったノエルは終始楽しそうにしていた。
コイルは高所が怖いのか、怯え気味だった。




