帝国Ⅶ-1
高速で飛翔する魔導四輪。
吹き抜ける風が冷たいかと思うが、そんなことはない。
しっかりと車列全体を覆うように空気の膜が張られている。
中の温度や気圧は一定に保たれており、非常に快適だ。
高速で移動しているが、十分に高度が高いため、景色はゆっくりと移り変わっていく。
「きれいですね。世界はこんなにも広いなんて。」
「めずらしいか?」
「はい、こんな綺麗な景色は初めて見ました。すごいです。」
リナは移り行く景色に見とれている。
この高度にたどり着いたことで、皆それぞれの反応を見せる。
高所に恐怖する者。広大な景色に感嘆するもの。
俺はというと、魔素のコントロールに余裕が出てきた。
魔導四輪の車列を浮かしたときは、大量の魔素を動かしていたため、全くしゃべる余裕すらなかった。
高度が上がり、十分に加速できると、取り付けた上板に揚力が発生し、少量の空気を動かすだけでよくなった。
おかげで簡単な会話や周囲の観察ならできるようになった。
「タロウ、この速度で飛行すれば、どれくらいで帝国まで行けそうですか?」
「ん~具体的にはわからないけど3時間もあればつけるんじゃないか。」
「さ、3時間ですか。とてつもないスピードですね。それまで体力は持ちそうですか?」
「問題ないよ。周囲の魔素を使っているからね。意外と長持ちなんだ。」
「そうですか。それなら問題ないですね。」
アレクはそれだけ言い残すと、景色を眺める。
あいつも王国での経験を踏まえて思うことがあったのか、考え込んでいることが多い。
全く戦争というものは困ったものだな。
無言の時間が流れる。
最近は、少しでも自問自答の時間があると考えてしまうことがある。
俺は魔石の論文を出すべきではなかったのではないか・・・
もちろん、いくら考えたところで答えが出ないことはわかっている。
それでも考えずにはいられない。
俺の提出した論文がなければ、あの狂った魔石は開発されなかったのではないか・・・
魔石化の犠牲になる人はいなかったのではないか。
もっと早く戦争は終わったのではないか。
もちろん、どれだけ注意して技術の利用を制限しても、全ての人の行動を制限できるわけではない。
いづれは、誰かが、同じ物を開発していたかもしれない。だとすればしょうがないことだったのか・・・
同じことを、ぐるぐると考えている。
モヤモヤしているうちに、結構時間が経っていたらしい。
昼前にホッカの街に出たが、すでに太陽は一番高い位置を過ぎている。あと数時間もすれば、西日に切り替わるだろう。
みんなは一通りリアクションを取り終わったのか、寝たり、景色をじっと眺めたりと思い思いに過ごしている。
帝国と王国を遮る高い山脈を越え、帝国領に入っている。
今、眼下には帝国城と帝国の街が広がっている。
上空からもわかるほどに、大きい城だ。
「アレク、リナ、もうすぐ到着する。混乱を防ぐために森側から降りる。
少し揺れるから、みんなを起こして揺れに備えるように伝えてくれ。」
二人はそれぞれ返事すると、行動を開始する。
全員が起きたところで、ゆっくりと下降を開始した。
すぐに地上が見えてくる。
俺の家は幸いにも街のはずれにある。しかも周りは森に囲まれている。
誰にも見られることなく着地できるだろう。
森の中にある。
一人で暮らすには大きすぎる建物が見えてきた。
元は貴族の別荘だ。
大きすぎて、完全に持て余していたが、今は都合がいい。
ほどなくして、自宅の前に着地した。
着地の衝撃で発生した強い風が周囲の木々を揺らし、大きな音が響き渡る。
その音を聞いて、一人の人間が家の中から出てくる。
「おいおい、なんだこれは、タロウなのか。」
「あら、どなた?」
ようやく、魔法を解除でき、肩の力が抜ける。さすがに何時間も魔法を使っていては、疲れがたまるというものだ。周囲を確認すると、リナとノエルが見つめあっていた。
どうしたんだ?
「あなたがタロウさんと一時的に旅をされいた方ですね?私はリナ・ローリングと申します。」
リナは誰よりも先に魔導四輪を降り、ノエルに挨拶をする。
「ノエルだ。確かタロウが助けたってやつだな。よろしく頼む。」
なんだ?初めて会ったはずなのに、何故かバチバチしているような気がしている。
これからしばらく一緒に過ごすというのに大丈夫か?
「それよりだ。タロウ。なんだあいつは?」
「なになに?この音は?」
俺の家から出てきたのは、かなり着崩したリルカだった。
「タロウさん?」
何故かリナの視線が痛かった。
はあ、せっかく帰ってこれたのに、勘弁してくれ・・・
「ひとまず、みんなを屋敷の中へ、使ってない部屋は掃除とかしないといけないから、暗くなる前に行動しよう!」
「それなら大丈夫だよ~。タロウを待っている間暇だったから、部屋を全体的に掃除しちゃった。」
「おお!そうか。すまいないな。」
「すでに、屋敷に入り浸っているうえに掃除まで・・・」
なんだかリナの様子がおかしい。早く屋敷に入れて、休憩させるか。
俺は中に入るように促した。
離れていた期間は少しだったのに、無性に懐かしい。
荷物の搬入や部屋割りなど次々と決めている間に夜になった。
夕食を軽く済ませ、久しぶりの自宅で気が抜けていると、いつのまにか色々な仲間に囲まれていた。
「ど、どうした?」




