禁忌の森4
目の前の男が話している言葉を理解できない。
「何を言っている?。俺はそんなもの作った覚えはないぞ。」
「何を言いますか・・・この論文を出しているではありませんか。魔石内部の魔素移動。これのおかげで、人の魔石化までこぎつけたのです。」
俺が出した論文のせい・・・?
思考がまとまらない。
「そもそも人と魔石の融合というものは強力な物理現象を引き起こすことが知られていました。ニッホンの貴族たちの戦闘能力を見れば明らかですね。私はこの世の魔石と人が融合をなした事例を隅々まで・・・」
「そこまでだ。我々は急いでいるのです。ここを通してもらいますよ。」
アレクの言葉で現実に戻ってくる。
アレクはバトルアックスを構えていた。
そうだ。気になることが多いけど、今はこの場から抜け出さなくては・・・
「ノイマン様、我々も急がねばなりません。」
「そうですか・・・もう少し話したかったのですが・・・そうだ。タロウ殿、王国へきて一緒に研究をしませんか?」
「断る!」
何を言い出すんだ。この男は・・・周りの兵士も驚いた顔をしている。
が瞬時にこちらに向き直り、鋭い目つきに変わる。
アレクと前衛の兵士が武器を打ち付けあうのを皮切りに乱戦が始まる。
クララやケニーも仮面をつけたまま戦闘を始める。
俺は早速、鉄製の棒をランダムに投げる。
雷の魔術を発動し、敵兵を気絶させるためだ。
しかし、失敗に終わる。投げた棒は、突風に吹き飛ばされたからだ。
ノイマンが風の魔石を使ったのだ。
「こちらも他人に、しかも安易に教えるべきではなかった魔石ですな。おかげで助かっております。」
ノイマンが持っていたのは人を媒体とした風の魔石だった。俺が発動する風の魔術以上の威力をいとも簡単に引き出す。
「さて、こちらはどうですかな。」
ノイマンが魔石を掲げると背後に巨大な竜巻が発生する。その竜巻は雪や氷をまとい、まるでミキサーのようだ。
こんなもの同じものをぶつけるしかない。
俺も風の魔術・・・さらに集中して魔法を発動し、竜巻を作り上げる。
しかし、ノイマンが作り出した風向きとは逆向きの竜巻だ。
「ほう、これが魔法。魔石など関係なしに、自然現象を手足のように操り、現実を改変する力。これこそが魔法使い、我々が追い求めたもの、憎たらしいぞ。タロウ!」
ノイマンの掛け声を皮切りに竜巻同士がぶつかる。
激しく風がぶつかりあい、跳ね返り、相殺されていく。
雪や氷が飛び散り、周囲に降り注ぐ。
そのような中にも関わらず。戦闘は止まらない。俺の仲間はうまく障害物を交わし、敵兵を攻撃していく。
王国兵は人数が多いせいで、うまく身動きが取れない。
鎧と氷が激しく衝突し、耳障りな金属音が鳴り響く。
やがて、風がやみ周囲が晴れる。
結果として、敵兵のみがかなりの数ダメージを負っていた。
「やってくれましたな。タロウ殿。」
ほとんど、お前の攻撃じゃないか
心の中で毒を吐く。
「さて、お次はこれですな。」
そういって取り出されたのは、またいびつで大きな魔石だ。
「これは出力が不安定ですからな、気をつけねば。」
そういって魔石が起動した瞬間、周囲の景色が陽炎のように歪む。
これは火の魔石!
俺も電撃に切り替える。
あれを打たれれば周りを巻き込んでしまう。その前に今度こそ昏倒させなければ!
バチバチと音をまき散らし、周囲に紫電が走る。
「雷鳴の魔法か!本領発揮といったところですね。」
何故かニヤついているノイマンに気持ち悪さを覚えながらも、ねらい打つ準備を始める。
しかし、撃つことはなかった。目の前にある戦闘状況なんてどうでもよくなるような緊張が体を走った。
どうやらアレクも同様のようだ。
覚えている。
この感じ、王都からエントシに感じたものと同じ、あいつが現れる!
「クララ、ケニー引け!防御だ。」
俺の掛け声に戸惑いながらも二人は後ろに引いた。
アレクは自己判断で、後ろに下がり武器を構える。
俺も魔導四輪の前まで、下がり、雷の檻、そして風の膜を張る。
王国兵は俺たちがなぜ引いたのか理解できないようで、好機とばかりに前進を進める。
そんな時だった。
予想通り、その魔獣は現れた。
勇者伝説に現れるユキヒョウのような魔獣。
そいつは依然会った時と何も変わらず、ただ、戦闘の真ん中に表れた。
誰もがユキヒョウの魔獣に釘付けとなる。王国兵ですらユキヒョウを見つめていた。
ただ一人を除いて。
「これは、なんということだ!伝説の魔獣ではないか!ぜひ持ち帰りたい!」
空気の読めないノイマンの叫び声が、静寂な戦闘地域に響き渡る。
ユキヒョウはノイマンを見る。
瞬間、嵐が吹き荒れた。
俺が張った防御フィールドには飛び散った土や雪、そして人の血がぶつかった。
土煙が晴れ、目の間には半壊した王国兵部隊と片腕を失ったノイマンがいる。
誰がやったかは明白だ。
王国兵部隊が展開していた場所の後ろに汚れ一つついていないユキヒョウの魔獣が忽然と鎮座していた。
やがて魔獣は飽きたのか、一瞬にしてどこかへ消えてしまった。
「引け!、撤退だ。」
王国兵のえらそうなやつが撤退を指示し、目の前から消えていった。
その場に残ったのは、魔獣によって殺された王国兵の死体だけだった。
敵兵憎しといえど、このままにもできない。
俺たちは亡くなった敵兵を埋葬していく。
その間誰もしゃべることはなかった。
再び、俺たちは走り始めた。
会話が始まったのは、禁忌の森を過ぎ、一度エントシ側へ舵を切ったころだった。




