エントシⅡ-2
アンドリューとの会談を終えギルドを去る。
今日はギルドが特別に用意してくれた、宿泊施設を使う。
アレクは残って聞きたい事があるとの事で、一人残った。
俺は夜の潜入準備をする。
リナさんはいつも城の一番上にいた。
今回もそこを狙ってみるか。
城には見張りがいる。
普通に行っても見つかるだけだ。
ならば普通では、あり得ないところから侵入する。
高高度からの侵入。
普通は真上から人が降りてくるなんて考えない。見えている見張り達も、下ばかりを見ていて上は見ていない。
準備を手早く終え、深夜宿舎を出る。
「それじゃ言ってくる。」
「ええ、うまくと行くといいのですが。ギルド長の話だと行方が分からないとのことなので可能性は低そうです。」
「まぁそれでも、やってみないとわからないからな。」
一度、街の外へ出て街から離れる。
ここで特殊に加工した魔道具を用意する。といっても手に持てるサイズの筒だ。
よく見るとロケットノズルの形をしている。
手で持つ場所には風の魔石がついている。
集中を開始する。ここ最近ずっと体外から魔素を集めている気がするな・・・この方法を使うと魔術特融の幾何学模様が出ないけど、高出力で魔術を使えるようになる。
これが魔法なのだろうか・・・
余計な思考が頭の中に流れながらも十分な量の魔素を集める。
まずは普通に風の魔石を使って空中に浮かび、さらに新しい魔道具を使って急加速する。
急激に高度が上昇し、街や城が小さくなっていく。
少し息が苦しい。風の魔術を、さらにコントロールし、自分の口周りに空気を集める。呼吸が落ち着く。
ちょうどいい高さになったところで魔術を停める。
しばらくの慣性上昇ののち、やがて重力に従い落下を始める。風の魔術を使用し、減速をかけ、音もなく屋根の頂上へと着地した。
大丈夫だ。見張り達は相変わらず、下や地平線を眺めている。
窓の一部を火の魔石の熱で溶かし、鍵を開ける。
中へ入ると、何もなかった。
というより生活感がない。しばらく前から住んでいないようだ。
物資も全くない。部屋を移したのか?
少し怖いけど、もっと城の内部に入るか。
迷ったのち、それしか無いと決断する。
部屋を出ようと、扉の方向を向いたとき、人が立っていた。
「!? ヒッ」
全く気配がなかった。いたのか・・・というかヤバい。
暗いからすぐにはわからなかったが、リナさんやウィリアムのメイドをやっていた方だ。
名前は確か、アンネ・ベル。
「お久しぶりですね。タロウ様。」
!? この人はもっと過激だったはずだ。
どうしたかと疑っていると、突如アンネは土下座を始めた。
「え!?何をしているのですか?」
メイドは響かないように小さな震える声で、しかし確かに聞こえる音でしゃべり始める。
「お願いします。どうか、どうかリナ様とウィリアム様をお救いください。」
「急にどうしたんですか?頭を上げてください。」
「リナ様は王国兵の追手から逃げるため、禁忌の森へ向かわれています。ウィリアム様は、戦地におられますが生きています。2人を助け出し、そして・・・どこか何にも襲われない場所に連れ去ってください。」
「何をおっしゃられているのです。気を確かに持ってください。」
近づいて肩をつかみ、頭を上げさせる。よく見ると目の下に大きな隈を作っている。
眠れていないのだろう。
「あなたなら知っているのではありませんか。王国が作っている新型の兵器を。」
その言葉を聞いたとき顔が引きつる。
「やはり、あれを知っているのか。」
「知っているも何も、最初から王国はリナ様の体質を狙ってこの町に来ていました。おそらく、あの兵器はリナ様と似たような性質を利用して作られているのです。そうなれば、戦争がどうなろうと、リナ様はこの世界で生きていけなくなる。だったら・・・あなたがリナ様を奪い去って・・・きっとリナ様は嫌とは言いません。」
「何を根拠にそんなこと。」
「何があれば・・・あなたはリナ様を助けてくださいますか?お金なら、この城の金品をお渡しします。女が欲しいというならば、私を含め好きになさってください。」
あまりの言動に俺は言葉をなくす。一体何が彼女をここまで動かすのか?
気力の凄まじさに、圧倒させられていた。
しかし、冷静になって考えてみると、元からリナさんに王国の新兵器について忠告し、場合によっては助けになるためにここまで来たのだ。場所がわかったなら好都合。
早速向かうことにしよう。
「何も求めません。もとより彼女に会うためにここまで来たのです。・・・そうですね。しいて言えば、近いうちに、またここに来ます。そしたら街の外まで来てください。」
「え?どいうこと?」
アンネの質問に答えるよりも先に、入ってきた窓から外へ飛び出す。同時に風の魔石を発動し、上空へ飛び上がった。
アレク達の元へ帰り、事の経緯を話す。
「なるほど、禁忌の森ですか・・・中々厄介な場所へ逃げ込みましたね。」
「まずいか?」
「まずいなんてもんじゃないわよ。禁忌の森は、伝説の魔獣が住んでいるといわれているのよ。見たことないけど。」
この地域にいる伝説の魔獣。
その言葉に圧倒的な存在感を放つユキヒョウを思い出す。アレクも同様のようだ
あの魔獣がいるかもしれない。
そう思うと身震いがするが、立ち止まってもいられない。
「みんな、過酷な旅になるかもしれない。十分に注意して進もう。」
「ちょっと待ちなさい。タロウ。出発の前に聞いておきたいことがあるわ。今から助けに行くっていう女の子はアンタにとって何なの?好意でもあるの?」
「それが今、関係あるのか?」
「あるわ。命を懸けるかもしれない。なんて並大抵じゃないわ。それでも助けたいなんて愛じゃない。」
「・・・プっすまん。そこまでじゃないよ。どちらかというと罪滅ぼしの方が強いかな。彼女の体質を口外するようなことはしてないけど、もしかしたら、どこからか情報が洩れてるかもしれないだろ?それに見知った相手が困っているんだ。できることなら助けたいよ。」
「ふーん。詰まんないの。でも愛ぐらい強い気持ちの方がいいかもよ。」
「なんでだ?」
「覚悟が決まるから。」
俺は返す言葉が思いつかず、黙ってしまった。
そして、こういうところはまだまだ未熟なんだろうと素直に感じた。




