山の戦地2
山越えは非常に順調だった。
それが気に入らない者もいた。
アーロンと呼ばれた貴族は、戦闘はもっと命を懸け、苛烈を極めるものだと考えていた。
しかし実際はどうだ。
突如として出現した異常に強い魔術使いによって戦闘は発生せず、剣を抜くことはない。
さらにむかつくことに、魔法使いにも至る器であり、女帝の勅命を受けている。
文句もおちおち言っていられない。
ヤツは気づいていないが、女帝の勅命とは女帝の言葉そのもの。一時的に女帝の存在に等しくなる。全く忌々しい。
馬車に合わせているせいで、遅いのも苛つかせる。
わざわざ危険な戦闘地域に出てきたというのに、このままでは武勲の一つも立てられない。
少し危険だが、この一団から離れるか?
幸いにも、戦力もそろっている。
魔導四輪という高速かつ頑強な乗り物もある。
決まりだな。
自領内から連れてきた精鋭に作戦を伝達し、明日の早朝から先行して、調査に出かけよう。
唯一、父の時代から執事をしてくれている爺やは反対してきた。
曰く、父と同じ過ちを犯そうとしていると、このままでは死ぬ可能性があると、のたまうのだ。
これだけの戦力がありながら、死ぬなどあり得ぬ。
爺やの制止を振り切り、次の日の早朝、先行して進軍を行ったのだ。
* * * * *
ちょうど峠を越え、王国領土に入ったころだった。
タロウが朝起きると、一団の人数が減っている様に感じた。
その直感はすぐに現実へと変わる。
「アレク大変だ。貴族連中がいなくなっている!」
「知っていますよ。早朝ごろ、身勝手に先行していきました。おそらく武勲を立てるためだと考えられます。」
「なんでそんなことしたんだよ。こんな状況で人数を分割したら・・・」
「まず間違いなく、敵の思うつぼでしょうね。敵からすれば今が絶好のチャンスです。」
「俺らも、あいつもやばいじゃないか!」
「そうでしょうか?こちらには実力のある冒険者達が揃っています。あなたがいれば奇襲も問題ありません。あちらも鍛え上げられた兵士たちです。覚悟はできていましょう。」
「だけどな・・・」
「しいて言えば、自分の当主を止めるべきでした。
時に命をかけてでも当主を止める事も、配下の役目です。それでどうします?」
「・・・どうするとは?」
「寝ぼけているのですか?このまま進むか、体勢を立て直すかですよ。」
「確かにそうだな・・・」
このまま帰っても任務が無くなるわけではないし、貴族を置いて逃げ帰ったとして印象は悪いだろう。
かと言って少ない戦力で、進むのはリスクが大きい。
アレクあたりに指揮を取ってもらって俺は、常時探査魔術を使うか?練習のかいあって、疲れないし・・・
案外悪くないかも知れないぞ。
よし、これで行こう!
「アレク、皆の指揮を取ってくれ、俺は探査魔術を常に使うよ。先に行った貴族連中を追いかけよう!」
「承知いたしました。」
アレクが他の冒険者達にも話しかけていく。
幸いにもアレクは、かなり有名な冒険者だ。
反発等はなく、俺たちの提案に素直に従ってくれた。
横暴な貴族に取り残された一団は、いつもと変わらず、安定して進行していった。
ちょうど正午を過ぎたころ、探査魔術に反応が出る。
丘を越えたところだ。
視界が切れて、前が見えない。
「前方、多数の反応がある。数の多さからおそらく交戦中だ。構えろ。」
俺の言葉に、冒険者達は各々の武器を構える。
ゆっくりと移動し、丘の頂点に来る。
目の前に広がった風景に唖然とする。
先行していた貴族連中が、王国兵で構成されたゲリラにかこまれ戦闘していた。
どうやら貴族側が劣勢のようだ。兵士が何人かやられている。
「やばいぞアレク、あのままだと全滅だ。助けないと。」
「全くバカですね。あなただってあんなに貶されていたのに。」
「お前ほどじゃないよ。」
俺が話すよりも先にアレクはバトルアックスを構え、走り始めていた。
俺は風の魔術を発動し、一瞬にして空中に舞い上がる。アレクの存在に気づいた敵兵はアレクに向き直る。
その隙に帝国兵が固まっている中央へと舞い降りる。
「貴様は・・・どうしてここに?」
アーロンと目があった。
「今それどころじゃないだろ。」
俺は回復の魔石を使い、傷ついた兵士の回復を始めていく。
アレクが敵を引き付けてくれているおかげで、集中して回復させることができた。
しかし、アレクとて、敵兵全員を相手にできるわけではない。
回復の魔石を使っている俺に気づき、数人の敵兵がこちらへ向かってくる。
俺はもう一度、宙へ浮き上がり、敵兵に向け電撃を放つ。
電撃に触れた敵兵は何もすることもなく、バタバタと倒れていく。
ほどなくして、全ての敵を無力化した。
俺は安全を確認して、空中からゆっくりと降りてきた。
その姿を見ていた帝国兵は、ただの魔術使いには見えなかった。
どんな原理で飛んでいるかもわからないのに、宙を舞、不可思議な光で敵兵を触れる事もなく昏倒させ、傷一つ追うことなく舞い戻る。
神の使いか、もしくはそれに連なる存在か・・・ただただその姿に恐れをなす。
「貴様、なぜ私を助けた?」
「なんだよ。・・・人として助けたまでだよ。」
「貴様らにとって我らの存在など、目の上のたんこぶではないか。それでも人として助けるというのか?」
「よくわかんないけど。立場とか、そんなんじゃないよ。」
「そうか、ならば私は貴様たちの領地を治める貴族として礼を言う。よくぞ働いた。」
「お前・・・はぁ、もういいよ。」
全く、貴族という連中はどうしてこうも面倒なのだろう。
全員の回復を終え、そそくさと冒険者の一団に戻る。幸いにも亡くなった人はいないようだ。




