帝国Ⅵ-9
「どうして開けられるんですか!?」
閉じられた扉のすぐ近くから、声がする。おそらく扉を背にして話しているのだ。
「いや、なんとなく。こんな感じで開けられるかなと思ったら、開けられちゃって・・・」
「そんなんで、開けられてたまりますか!天才ですか!」
「悪かったよ。・・・ものづくりは嫌いになっていないですね。」
「・・・何のことです。私はもう開発も研究もやめたんです。」
俺の言葉に、少しの間をもって答える。やっぱり内心ではまだまだ研究したいんだ。
「そんなことを言わないでください。エマさんはまだまだ研究を続けたいはずです。」
ダニエルも気づいているようだ。何とか思いをぶつける。
「気持ちだけではいけないのです。あんなもの作るべきではなかった。」
エマさんは震える声で話す。あんなもの、は魔導四輪のことだ。
「魔導四輪があるせいで、戦争は激化して人が死ぬんです。」
「そんな、魔導四輪があるおかげで、帝国の兵士は生きて帰ってこれるんですよ!」
「私は、わたしはそんなもの、作りたくなかった!」
エマさんの悲痛な叫びが響く。
平和利用を想定し、人々のためになるように研究開発を続けてきた彼女にとって現状は苦しい結果だ。
だけど、それだけじゃない。この世界は苦しいばかりじゃない。
「エマさん、街で走っている魔導四輪を見ましたか?」
「はい、何度も見ましたけど・・・それがどうかしたんですか?」
「では、魔導四輪に乗っている方々の表情は見ましたか?」
「それは・・・あまり見ていませんでした。兵器化する魔導四輪を作るのに、気乗りしなくて・・・見れていませんでした。」
「みんな快適そうな涼しい顔や、運転することが楽しいといった顔をしていました。あなたの望んだ世界は確実に来ています。悪い面ばかり見ないでください。」
「それは・・・でも・・・」
少しの間ののち昔話をする。
「エマさん。私が昔、住んでいた国でも似たようなことがありました。その国だけではない。多くの国が長い歴史の中で、多くの失敗と成功を繰り返し、そして倫理を獲得しました。
「りんり?」
「はい、私が住んでいた国では技術と倫理は並び立つと習います。それは・・・そうですね。魔導四輪でいえば、アクセルが技術とするならば、倫理はブレーキです。」
「ブレーキ」
「そうです。人類はどうしても欲を抑えることはできません。技術も欲の影響を避けることはできません。そんな欲を抑える手法が倫理です。」
「では、この国は倫理が育っていないと・・・」
「確かにエマさんの技術には追い付いていないでしょうね。」
「じゃあ、やっぱり私は何もしない方がいいんじゃ・・・」
「エマさんが帝国の倫理を醸成するという方法もありますけど。」
「無理ですよ。私だって倫理なんて知らないんですから。」
「誰も答えなんて知りません。だけど、エマさんは非人道的に魔導四輪が使われることが許せないんですよね?ならそれを理屈を籠めて広めていけばいいんですよ。」
「私が広める・・・そんな方法が・・・開発進めて、平和利用をさらに進めていけば、そして、それをみんなに教えていけば平和に使ってくれるはず。・・・そんなにうまくいくでしょうか?」
俺は扉を開けて、エマさんに直接伝える。
「そう簡単にはいかないでしょうね。教育、勉強というのは総じて時間がかかるものですから。」
・・・・
エマさんは虚空を見つめ、何かを考える。
彼女は優秀で継続力がある。きっと頭の中で、どんなことをすればいいか組み立てているんだろう。
部屋中に転がった書物の山を見れば、彼女の能力を示していた。
「エマさん、僕も手伝います。一緒に頑張りましょう。」
ダニエルがエマさんの手を取って励ましている。
すぐさまエマさんの目に光が戻る。
そして、俺とダニエルは部屋の外に弾き飛ばされた。
「なんで、入ってきてるんですか!?こんな状態を見ないでください!。」
扉はバタンと閉められ鍵がかかる。
「・・・そうですね。もう少しだけ続けてみようと思います。ダニエル!数日中に研究室に戻ります。タロウさんも今日はお帰りください。ご連絡いたします。」
俺とダニエルは互いに顔を見合わせ、笑顔になる。
フジワラ家を出るとき、マリーさんに呼び止められる。
「タロウ、もう一つ。商団の・・・」
「マリーさん!その話、直接副団長に聞きました。この度はご愁傷様でした。」
「お前は強い。これから戦場に行こうとも、油断さえしなければ確実に帰還できるだろう。ならばもう一つ。仲間を守れ、失ってからでは、ののしることもできないからな。」
「承知いたしました。全力を尽くします。」
マリーは部屋に戻る。数分ののち部屋をノックする音が聞こえる。
扉を開け入ってきたのはぼさぼさの髪を、簡単にまとめたエマだ。
エマは人生で何度目かのお願いをした。しかし、人生で最大のお願いだ。
マリーはあまりの事実に驚いた。
しかし、その覚悟を決めた目を見た。その目にかけて承諾した。いやそれだけではない。ともに協力することにした。今度はよりうまく立ち回るために、死の危険にさらされないように、自分の処世術を叩き込むことにした。それが娘の新しいやりたいことのためにもなるから。




