帝国Ⅵ-7
「ダニエル、エマさんのもとへ行こうと思う。」
「僕も行きます。やっぱりこのままではダメだと思うんです。居場所を知っているので送ります。こっちです。」
ダニエルについて外へ出ると、4輪になった乗り物があった。
魔導三輪はしっかりと進化しているようだ。
見た目は完全に自動車だ。
フロント部分から伸びる小さい煙突からは蒸気が出る。
元の世界に合った車と見比べるとだいぶ細身だが、魔導三輪と比べると驚くべき図体だ。
こんな立派な物を作れるんだ。その才能をこんなところであきらめてしまうなんてもったいない。
魔導四輪は魔導三輪に比べ、圧倒的に早く、安定した走りでかけていく。
入国した際には気付かなかったが、街の中の特定の場所だけ魔導四輪専用の道路ができていた。
数台の魔導四輪が走り回っている。服装を見るに、貴族たちが積極的に乗り回しているようだ。
皆、快適そうだ。
全てがうまくいくわけでは無い。しかし上手くいっていることもある。諦めてはいけない。
魔導四輪のスピードのお陰で俺たちは直ぐにエマさんの下にたどり着いた。
彼女はしっかりと親元にいたようだ。
そこはフジワラ商会だった。
ここもいつぶりだ?懐かしいな。
ドアベルを鳴らすと、執事が現れた。
「これはこれは、著名人がこられましたな。本日はどのようなご要件で」
「急にすみません。エマさんに会いに来ました。」
「生憎とお嬢様は誰にもお会いになられません。」
「ならば、マリーさんに合わせてください。」
「奥様にですか・・・失礼ながら、奥様は現在、大変お忙しい身にございます。ご予約をおとりになってからもう一度訪ねていただけますか?」
くそ、中々うまくいかないものだな・・・このままでは、全く話が進まない。
いっそ乗り込むか?
いや、そんなことしたら無法者だ。ニッホンで無法者になって、ここでも無法者になったら本格的に住む場所がなくなってしまう。
ここは素直に従うしか・・・
「いいよ。本来なら追い返しているところだが、気分転換の相手をしておくれ。」
目の前の扉を開けて出てきたのは、少しやつれたように見えるマリーさんだ。
執事は少し困ったように俺たちを応接間へ案内してくれた。
部屋に入るなりマリーさんは、ぷかぷかとたばこを吸い始めた。
「久しぶりだね。話題の天才魔法使いさん。帝国からじきじきに依頼を受けたそうじゃないか。」
「さすがに、話が早いですね。お得意の情報収集ですか?」
あといつの間にか魔法使いと呼ばれるようになったのか?
「今回は、わざわざ調査すまでもないね。女帝の目の前で魔法をぶっ放して、さらには有力貴族をぶっ飛ばしたんだから、そりゃ大騒ぎさ。全く人の忠告も無視して大暴れだね。」
隣で聞いているダニエルの視線が痛い。
改めて聞くと相当やばいことしてしまったな・・・
「こ、今回は、その件でエマさんに相談したくて来たんですよ。」
「あの子は今・・・そうだね。少し話をしよう。それから直接会ってみるといい。」
マリーさんはたばこを置いて、真剣な顔をする。
一体どうしたというのか。
「まず、あの子に魔導機兵の装備を作るように命じたのは、私だ。」
その言葉を聞いた瞬間、思わず立ち上がってしまう。
エマさんがどんな思いで毎日頑張ってきたか・・・何のために、あんなにも素晴らしい乗り物を作ったか。
細部まで作りこまれた魔導四輪を見ればわかる
それを、それをわかっているだろ?
「ここも城のように吹き飛ばすのかい?私はあの貴族を引き飛ばしてくれて、すっきりしたがね。」
マリーさんの言葉に何とか気持ちを落ち着かせる。そうだ。何でも怒っていても話は進まない。
椅子に座りなおして話を聞く。
「エマさんと会話をする前にマリーさんに詳しく話を聞いた方がよさそうですね。」
「許してくれとは言わない。仕方なかったんだ。こうするしかなかった。」
マリーさんは、思い出したくもない記憶を思い出す。
「ちょうど宣戦布告されるかどうかって時だ。帝国の軍部の奴らが来てな。開発中だった魔導四輪を軍事利用できないかと言ってきた。もちろん最初は断ったさ。あの子の物だからね。」
しかし、現実は甘くなかった。
軍部は資金援助や爵位等、あの手この手で交渉を行って来た。
けれどエマさんもマリーさんも折れなかった。
しまいには軍規違反で逮捕ときた。
エマさんはこれにも、やれるもんならやってみろという姿勢だった。
しかし、マリーさんはそこでぽっきりと折れてしまった。
エマさんの命が危ないと知ると、それ以上、反抗することは、できなかった。
親だから・・・
マリーさんはエマさんの説得に回った。
エマさんは突然のマリーさんの行動に裏切られたように感じた。
あまりのショックと味方が少なくなったことに、さすがに折れてしまい、しぶしぶ魔導機兵のベースとなる車体を作り上げる。
作り上げた車体は軍部に引き渡され、即座にさらなる兵器化が進められた。
エマさんはその様子を、何もできず、ただ見ていた。
そして開戦と同時に、とてつもない戦果を挙げ続ける魔導機兵。
空気の読めない貴族たちは開発者であるエマさんを褒めたたえ、あまつさえ、自治領内に引き込もうとした。
婚姻を申し込む者まで現れる。
エマさんは完全に参ってしまい、結果として引きこもってしまった。
全てを話し終えたマリーさんは泣いていた。
自らの娘を守るために、とった行動は逆に娘を傷つけてしまったのだ。
俺は、何も言えなかった。




