帝国Ⅵ-4
とある帝国の一室。
その少女はひどく思い悩んでいた。
先日、大型採掘場に行った。
その時のことを思い出す。
「ヴェロニカ様、境界の新採掘地は何としても手中に収めなければいけません。」
「しかし、既に採掘地は十分に稼働しております。火の魔石の採掘地はつい最近手に入れたばかりですし・・・」
「ヴェロニカ様、失礼ながら進言致します。将来を見据えねばなりません。採掘場は無限に魔石が取れるわけではありません。予備を持っておくことに無駄はありません。」
「それはそうですが・・・それ以上に王国と、これ以上関係を悪くしたくありません。」
「帝国の王たる者が、それではいけませんぞ。」
「口が過ぎるぞ。古の貴族とはいえ身に余る。」
近衛に注意され、一種にして委縮する貴族。
「二人とも静まりなさい。」
私の声に、両者は静かになる。最近、声が通るようになった気がする。いや、今はそれどころじゃないか・・・
「少し考えます。回答は追ってお伝えします。」
自室に戻り自問自答する。
なんとしてもこれ以上の大規模な戦闘は避けたい。これ以上争えば、確実に大戦争に発展する。
かといってあの貴族の言い分もよくわかる。彼が何を狙っているかは、理解しているつもりだけど、その建前に使った理由も最もなものだ。
悩んだ挙げ句、採掘地へ行くことにした。
いつも近くにいる近衛兵にでも愚痴でも聞いて貰えば良かった
出発当日、朝からよく使うカップにひびが入り、黒猫を見た。まるで採掘地に行くなと言わんばかりだ。
だけど、もう遅い。私はいつもの装いに着替え外へでる。
2~3日もたったころ、採掘地手前の宿泊地で寝込んでいた。本来であれば、すでに目的の採掘地にたどり着いているはずだ。
しかし、城にこもりっきりの私には冷えた麓は刺激が強かった。
見事に体調を崩し、私のための大集団は立ち止まっていた。
ベッドで寝込んでいると、下の階から怒号が聞こえる。
「ヴェロニカ様は何時になったら、回復なさるのだ。」
「あなたが叫んでいる間は、治りませんよ。」
「何!貴様、誰に向かってそんな口を聞いているのだ。愚民!」
「いえ、同格です。姫を守る私には特権階級が与えられています。」
全く、あの貴族ですね。全部聞こえていますよ。
あの、貴族の狙いは・・・
確かかなり強権的な保守派だったはずです。
最近の帝国の融和政策に不満があるようです。
あとは・・・彼の領地は最近不景気でしたね。概ね新しい産業がほしいのですね。むしろそっちが本命ですね。
私の目の前で、いいところを見せて、採掘権と政治における発言権ですか・・・そんな簡単にいくわけないのに。
結局、保守派の貴族は愚痴るだけ愚痴って一人で、採掘地へ赴くようです。
次の日、体調が回復し、突貫で用意された屋敷の中を歩き回れるようになったころには近衛兵や直近の者達、一般兵の一部は保守派の貴族の護衛に駆り出されて、いなくなっていました。
事件はその日の午後に私に伝わりました。ちょうど夕食を待っているときです。
おなかを真っ赤にした保守派の貴族が運び込まれました。
高度な医療能力はほぼすべて私に割り振られているため、貴族たちの緊急事態には私のところへ来ることがあります。
その貴族は腹部から大量出血をしており、対照的に体は真っ白に色を失っています。私が見てもわかります。かなり危険な状態にある。
すぐに医療技術を持つ者、回復の魔石、あらゆる手段を講じて、回復させていきます。しかしすぐに治療は取りやめとなりました。
傷を負ってから、あまりにも時間が経ち過ぎていました。
回復の魔石は傷を治すことはできても失ったものを元に戻すことはできません。
例えば腕がちぎれようとも、すぐに傷口に腕をくっつけて回復の魔石を使用すると元に戻るといわれています。しかし、その時失った血液は戻りません。回復の魔石は万能ではないのです。
今回も全く同じです。
腹部に追った傷は見事にふさがっています。しかし、ここに運び込まれるまでに失った血液は元には戻らないのです。
誰が見ても先は長くない保守派貴族がわずかに目を開きます。うつろとして、焦点が合っていません。
「そこにいるのは、ルイか?」
私を見ながら、誰かの名前を呼びます。確か彼には一人息子を居たはずです。その方と私を勘違いされている?
「良いか、今の帝国は優柔不断だ。戦争は避けたいと理想を掲げながら、あれもこれもと・・・このままではいづれ王国のように先細りとなる。覚悟を持つのだ。・・・誰からも畏怖される帝国。時に力で矯正し、そして得た富で民を・・・すく・・・え。」
貴族は完全に息絶えました。ここにはいない息子に言葉を残して。
私は呆然として、動けずにいました。もちろん夕食など一口も喉を通らず、また部屋で一人考えます。
「ヴェロニカ様、お夜食をお持ちいたしましたよ。少しでも食べないと、また体調崩しちゃいますよ」
「いりません。今は食欲が無いので。」
いつからかとても良く話してくれるようになった年の近い近衛兵だ。
年齢的な事や、同性ということもあり、身の回りの世話もしてくれる。
天才剣士とのことだ。
でもラフに話してくれてありがたい。
彼女は持ってきてくれた食事をテーブルに置く
そして、なぜか抱きしめてくれた。
「ヴェロニカ様、ヴェロニカ様はいつも熱心に考えてくれて偉いですね。でもたまには休まないとシワだらけになっちゃいますよ。」
言っていることは適当なのに心地良い。
「今日は見慣れないものも見ちゃって混乱しているだけなんですよ。何でも良いから話してみて。」
「何で、なんで戦争なんて起こっちゃうの」
「う、いきなり重い。」
「どうして、勝手に死ぬの、何で死に際にあんなこと言われなきゃいけないの?」
私はいつの間にか流れ出した涙を止めることができない。
でも何だか心が軽くなった気がした。
その間、私を抱きしめ頭を撫でてくれた近衛兵は、ずっと話を聞いてくれていた。
「落ち着きましたか?ヴェロニカ様は偉いですね。色々な事を考えてくださって」
「それが私のやるべき事だもの」
「そうですか?私ならもっと、ぐうたらしたいなとか思いますけど」
「貴方だって私の騎士をしているじゃない」
「そうですね〜私がどうして騎士をしているかお教えいたしますね。それは貴方様が私達の事を考えてくれるからなんですよ。」
「?」
「ヴェロニカ様が私達の幸せを考えてくけるから、戦争しなくてもいいように考えてくれるから、だから私はあなたをお守りするのです。」
「私が皆を想うから・・・」
「そうです。みんなが助け合ってくれるのです。私は馬鹿だから難しいことはわからないけど、わかるものがいます。助けてくれる者達がいます。
頼ればいいのです。あなたはこの国のたった一人の女帝ですが、独りぼっちではありません。」
そうだ。思えば私の周りにはいつも誰かいてくれた。それが普通だったから気にしていなかったけど、たくさんの人がいた。
「以前に比べればたくさん話してくれるようになったけど、まだ分かってなかったんだな。でもしょうがないよね。人は変わりにくいだもん。」
「なんだか癪だわ。決めました。今後はどんなこともあなたに話しましょう。」
「ええ、それは困ります。私は馬鹿なんですから。」
「知りません。まずはそうですね。確かに私は人死にを見て大変傷つきました。そこで人肌が恋しくなりましたので、今日は一緒に寝てもらいます。」
「え、ちょ、私には護衛の任務が、あ、ちょ、意外と力が強い。」
その後、大人な体つきの近衛騎士を抱き枕のごとく羽交い絞めにして心地よい眠りにつきました。
後日、兵団長に烈火のごとく怒られているのを見て、少しやってやった感がありました。




