帝国Ⅵ-3
いきなり怒鳴られたことで、女帝はひるんでいる様に見える。
それにしても、どうやってこの場を切り抜けようか。
女帝に正面から、怒鳴ってしまった。極刑は免れない。
ならば逃げるしかない。すぐに体中に魔素を集めていく。
「おお、これは!」
横目で声の主を見ると、イワンだ。
イワンが近衛兵の肩越しに俺を見ている。そんなイワンを全力で近衛兵が抑えている。何やってんだ。あの人は・・・
アレクの問いに答えるようにガタイのいい中年の近衛兵が前に出る。
「若いなアレクよ。正義だけで生きていく事はできない。お前が守りたいのはなんだ。」
「弱き者たちだ。正義を貫けば、力なき者たちを助けることができる。そのために私はいる。」
「ただの冒険者がなぜ力なき者ために働く。それではまるで貴族のようではないか。」
アレクの顔がより歪んでいく。というより苦虫をかみつぶしたような顔だ。
そうか、コイツ・・・
「どちらにしろ、若いな。それでは責務を果たせぬ。ただ目の前の理不尽にかみついている間は何も守れぬ。」
「では、あなたは何を守っているというのだ。」
「おい、アレク、それ以上はやめろ。立場が悪くなるだけだ。」
「ほう、そこのパッとしない小僧の方が、状況をよく見えているぞ。」
わかる。これは煽りだ。
わかっているのに、イライラが止まらない。どんどんと怒りが湧いてくる。
怒りは難しいな。
「そこまでです。」
決して大きくはない。しかし、決して遮ることができない声が、部屋に響く。
「アレクさん。無理やり連れてきた例を詫びましょう。しかし、帝国も精一杯なのです。もうすでに調査に割けるような人員がいなくて。どうしてもタロウさんのような実力のある冒険者に調査に出てもらうしかないんです。」
女帝は、先ほどまでとは打って変わり、つきものが落ちたような感じがした。そして年相応の女の子ような雰囲気を醸しだしながら懇願する。
それが・・・それが、どこか不気味だった。
しかし、表面上は素直なお願い。アレクも強くは出れない。
静かに頭を下げ答える。
「今までの非礼を詫びます。この罰はいかようにでも受けます。されど私だけが悪くあります。どうか罰は私だけでお願いいたします。」
「かまいません。ですが、そうですね。アレクさん。あなたもタロウさんについていってあげてください。タロウさんも誰を連れて行ってもらっても構いません。どうかお引き受けいただけませんか?」
少しだけ考える。先ほどとは本当に変わった雰囲気が気になるが・・・
「その依頼、喜んでお引き受けいたします。必ずや、情報を持って帰りましょう。」
女帝は驚くほど人を魅了する笑顔を見せて喜ぶ。
そのまま、俺たちは部屋を去ろうとする。
貴族たちも女帝の近くで展開している近衛兵たちも追ってはこない。問題はないようだな。
しかし物事はうまくはいかない。
一人の若い騎士が俺たちの前に躍り出る。
「このような無礼者を野放しにしてはなりません。帝国の品位にかかわります。ここはひとつ我々の力を見せるべきです。」
いかにも貴族のボンボンといったようないで立ちだ。
物事の主導権が欲しいのだろう。
まったく、いい感じに事を収めることができそうだったのに、身勝手な行動に収まりかけていた怒りが再燃する。
若い兵士は、ギラギラ宝石で光る刀を俺たちに向ける。そして視線がリルカに向いた。その瞬間には俺は魔術を発動していた。
ただの風の魔術。
しかし、息もできないような突風が部屋中に広がる。衝撃で窓ガラスはすべて割れ、目の前にいた若い兵士は壁にたたきつけられていた。
風は止み、貼り付けになっていた兵士は床に崩れ落ちる。よく見ると、紫電が兵士の体を張っていた。
他の兵士たちは注意力を増し、俺を見ている。
だが、特に何かしてくるわけではない。その場では特に何も起こらず、城を出た。
時はかなり戻って、タロウ一行がアラスオートに入ろうかという頃、王国のとある一室にて複数人の会話が聞こえる。全員国家の行く末を決める。高級官僚であると同時に王国に古くからいる貴族たちだ。
「いやはや、情勢は混迷を極めますな。」
「ニッホン国境では謎の魔獣増加。ニッホンの方にもかなりの数が行っている様ですが、こちらにもかなりの数が流れ込んで来ております。討伐で、精一杯と言ったところですな。」
また違う貴族が話を始める。
「帝国との国境には有力な採掘場があります。ここには強力な魔獣もおりません。しかし問題なのは帝国と国境ということです。」
今のセリフに多くの人が下を向く。本当に厄介なのだ、帝国との関係は・・・
「女帝が近くまで視察に来ようとしていたようです。概ね保守派の貴族たちにそそのかされてきたのでしょうが、愚策としか言いようがありません。当然、そこで争っている王国派の住人や兵士たちの感情を逆なでてしまいます。」
語っている兵士はこぶしに力を込めて話していく。
「幸いにも、先行して採掘場に来たのは保守派で有名な貴族でした。いや彼にとっては不幸としか言えないでしょう。ふいに現れた少年に腹を刺されてしまいました。治療はされたようですが、間に合わなかったようです。」
周知の事実といわんばかりに貴族たちは話し手を見る。
「帝国は説明責任と、抗議を行ってきています。さて、これを受けて我々、王国はいかようにするかということです。」
彼が役目を終えたように鼻から息を吐く。
本日の議題は王国がどのように帝国にふるまっていくかを決める会議であった。
会議は踊れど何も決まらず、ただ時間だけが進んでいた。
誰も言い出せないのだ。今とるべき行動を・・・
「えらい大臣が何人も集まって何を決めているかと思えば、選択肢はないだろ。」
そこには高らかに宣言する若き天才軍師がいた。彼の名をジェームズ・ボナパルト
「もう止められない。本来は温厚な市民が刃物を持って、人を襲うんだぞ。我々はもう国民を止められない。ここでおじけづけば国民の信用を失う。」
過激なセリフだが、同調する者が現れる。
それまでに追い詰められている。
「確かに・・・すでに王国はギリギリの状況にあります。近年まれにみる不作、魔獣の増加、それらに対処するために増加するコスト。上げればキリがありません。」
ジェームズは重ねて語りかける。
「戦争など、誰も望まない。だからと、座して死ぬのか?足掻かないのか!選択肢はないだろ。」
「しかし、軍師よ。闇雲に戦ったところで犬死じゃ。見込みはあるのか?」
「苦しい戦いになるが、道はある。まずニッホン側は捨て置く。幸いにも魔獣はニッホン側に行く傾向があるみたいだ。そして戦争の目標を帝国への勝利ではなく、採掘権の奪取とする。帝国との戦力差は近年開いている。まともに戦っては勝利はない。」
「帝国とてバカではない。すぐに気づくぞ。」
「言ったであろう。まともには戦わぬと。囮を使う。あたかも真正面から戦っているかのように。幸いにも新兵器もあることだしな。短期戦且つ局所的な戦闘ならば、その戦力差も埋めて余りある。」
その軍師の顔はひどく歪んでいた。




