帝国Ⅵ-1
久しぶりの馬車移動である。
何だか懐かしい。
帝国まで、のどかな道が続く。
ここらへんはたまに険しい道はあるものの、魔獣の遭遇確率が低く、整備された街道で野盗も少ない。
警備もそこそこに安定した日々が続いていた。
そんな中、俺はめちゃくちゃ修行をしていた。
つい先日の出来事を回想する。
初めての本格的な人との戦闘。
あの経験はずっと頭の中に残っている。言われたこともずっと頭から離れない。
何のために武器を作った・・・か。
初めは、自分の身を守るため。でも最近は、みんなの役に立てるから・・・
でもその結果が、人と戦うことになるとは・・・
今までも野盗と戦闘はあった。しかし、誰も殺したことはなかった。
全員、雷の魔術で麻痺させてきたのだ。
人が死ぬ程の戦闘。
想像しただけで身震いがする。正直言ってすごく怖い。俺にはできない。だけどこれからもこのようなことはあるかもしれない。
であれば、圧倒的な力で殺さずに勝利すればいい。
突然の魔獣との戦闘でたまたま手に入れた技術。
空気中に漂う魔素を吸収し体内の魔素や魔術に利用する。
これはほぼ無限に魔術が発動できる。
例えば広範囲に人が失神する程度の電撃を放つとか・・・
色々思いつくが、実現するためにはいついかなる時にでも出力をコントロールして使えるようにならなければならない。
練習あるのみだ。
ここは安全な地帯だけど、亜獣がいないとも限らない。
探査魔術を使うため、いつもの杖を胡坐の上に置く。
目を閉じ、杖に魔素が入っていくイメージをする。杖をもたずして、探査魔術が発動する。
探査範囲が広がっていく。
やがて、一定の反応が返ってくる。
亜獣かな?これなら距離が遠いな。おそらく何の対処もしなくていいだろう。
もう少し練習したい。次の魔道具を発動しようとしたとき。
「なに、だまりこくってのよ。」
ノエルが目の前から覗き込みながら肩をゆする。
雷の魔術を発動しようとしていたから、杖の先から少しだけ静電気が出る。
コントロールされていない静電気が自分に流れる。
「いっ」
思わず声が漏れてしまう。
「あ、ごめん魔術使ってると思わなくて」
「大丈夫だよ、俺も反応できなかったからね。・・・そ、それよりどうかしたのか」
いつも思うが、ノエルは胸元が緩いと思う。思わず視線が行ってしまう。
ノエルは隣に座る。
何か予定があるのかと思ったが、特に何か話し出すわけではない。
俺は適当な話題を振る。
「もうすぐ帝国に入るな。久しぶりだ。」
「そうね。私も一年ぶりよ。」
「懐かしいな。みんな元気かな?」
本当に懐かしい。色々な人の顔が浮かんでくる。エマさんにダニエル、それにギルドのみんなも元気かな・・・
俺が、懐かしいメンバーを思い出していると、隣から視線を感じる。
「タロウ、何を考えていたの?」
「ああ、帝国にいる顔なじみのことを思い出してた。久しぶりに会えるからな。」
「・・・それって女の人?」
「? 男も女もどっちもいるぞ。どうしたんだ?」
「フン、何でもないわ。それよりタロウと一緒にいた、リルカだっけ?すごくアレクって人に話しかけているわ。いいのあれ。」
「いいんじゃないか。リルカももっといろんな人と話して、いろんなことを学ばないとな。」
「なんだかタロウ。お父さんみたいだね。」
「お、お父さん・・・まだそんな年じゃ・・・確かに老け顔で、年齢も上に間違われることも多いけど・・・」
タロウは自分がちょっと気にしていることを言われて落ち込む。
「あ、見えてきた。帝国よ。」
ノエルの言葉に合わせて視線を向けると大きな街並みや、塀が見えてきた。中心の巨大な城も見える。
次第に、行き交う人々も増えてきた。
俺たちは非常に大きな団体なので、特に目立つ。
ボロボロの魔導三輪に馬車、護衛の兵隊大量の荷物に数名の冒険者。はたから見ると異様だろう。
人々の注目を集めながらその日の内に、帝国の入り口へとたどり着く。
これはすでに、色々な情報が帝国内に伝わっている事だろう。
俺は予定通り荷物に隠れる。
コイルたちも予定通りだ。憲兵たちが荷物や人員たちを確認していく。
俺は商団の力を借りて、様々な荷物の下にしまってもらった。おかげで俺にたどり着くまでには荷物を大量にどかさないと行けない。
予想通り人の出入りが多い帝国だ。全ての荷物をみないで、素通りしていくな。検査員は荷物の上の方を軽く見ていくだけで、全てを見ない。
商団のおかげで難なく帝国内に侵入できた。
帝国内に入ってからは、ひとまず馬車を借りて、俺の家に向かう事にする。今のところ誰の干渉も受けていない。
どこで誰が見ているか分からないからな、リルカとコイルをアレクに任せて、ギルド所有の宿泊施設を借りてもらうことにする。
安全のためにも自意識過剰ぐらいがちょうどいいかも。
帝国はおそらく俺が半ば強引にニッホンを抜けたことを知っているだろう。
何かあるとすれば直ぐに会いにくるはずだ。
そんな事を考えていると、自分が住処としている家にたどり着く。懐かしい。
自分の家は少し、枯れ葉がかかっていて汚れた印象があるが、壊れてはいなさそうだ。
中も問題ない。
荷物や壊れた魔導三輪を片づける。
久しぶりの自宅。
気を張っていたが、時間とともに薄れていく。やがて長旅で疲れていたこともあり、椅子に座っていると、眠気が来る。
ドン、ドン
荒々しく玄関のドアをたたく音がする。
目を覚まし時計に目を向けるとそんなに時間がたっていないことがわかる。
「冒険者タロウ。冒険者タロウはいるか。近衛兵だ。速やかにドアを開けろ。」
やはり来たか。しかし、近衛だと?なぜ女帝直属の近衛がこのような場所まで・・・疑問は深まる。
もし違法入国の犯罪者として捕まるなら、近衛兵はこないはずだ。
いつもの杖を持って警戒してドアを開ける。
外には予想よりも多くの兵隊がいた。中心にはかなり強そうな中年の騎士に、夜会だったかで会った研究所の人。そして、とらえられているコイルとリルカ、そしてアレクがいた。




