ニッホン14
体中から悲鳴が聞こえる。
危なかった・・・先に回復を始めていなければ、死んでいただろう。
続けて回復を行う。何とか体は動くだろうか?体の魔素がなくなっていくのを感じる。
「ふむ、これで終いか? 色々噂されておったから、期待しておったのに外れたの。お主からは殺気を感じぬ。まるで人を殺さぬように手を抜いているようだ。」
「ぐっ、う、一体それが何だってんだよ。」
そういって手足に力をこめる。
「ぬるい!戦いに対する冒涜じゃ。相手の命を奪うのに、覚悟なくして、その力を使うのか!何のためにその道具を作った!」
俺は何も答えることができない。ケガを負っているからではない。
考えたこともなかった。俺は兵士ではない。でも俺は兵士と同じ道具を使っている。
自分の身を守るために作った道具だけど、これは人を殺すことができる。
わかり切っていたことなのに、何故か、心をえぐった。
息を切らしながらゆっくりと構え治す。それと同時に言いようのない気持ちが心を揺るがす。
あふれだす汗をぬぐいながら、意識を切り替えて受けた攻撃と魔素感知の結果を分析する。
「ほう、まだ続けるというのかね?いいだろう。その心意気や良し。」
「あなたの攻撃は超音波。異常なほどまでに、振動した打撃だ。それとその発生源。あなたのその手・・・」
「ほう、本当に面白奴じゃの。まさかここまで見抜くとは。指摘通り、正確にはこの腕ごと魔石が埋め込んでおる。」
「そんなことをして!どんな事態になるかもわからないのに!」
「そんなことはどうでもよい。ワシの大儀を全うする事以上に優先することなぞ、あるのかね?」
「大儀のために、道具になるのか?俺は、体が魔石に侵される人々を見た。体の内部に魔石を入れることは、何が起こるかわからない危険なことなんだぞ!」
「ふふ、青いのぅ 生きるに値する大儀だってあるものよ・・・しかして、よくぞ見破った。行ってよいぞ。」
「は?」
何言ってんの?
「言うたではないか。我の力を見破ったら逃がしてもよいとな。」
本当だろうか?とても信じがたいが、こぶしは握られていない
確かにひしひしと感じていた気持ち悪さを感じない。正直、このまま何もしてこないなら、すぐにでも逃げ出したい。腰がすでに引けていた。
目の前の男に半信半疑になりながら、腰や足に装着した風の魔石に魔素を籠める。
足は地面についているが、体重は感じない。
探査魔術も発動し、周囲に何もいないことはわかっている。罠の可能性は低い。
もっと・・・もっと風をためる。一気に離脱するために・・・
「どうした?逃げないのか?」
その言葉と共に溜め込んだ空気を吹き出した。瞬間、体は強い加速に引っ張られる。
全身がわずかに軋む
お陰で大臣からは一瞬で距離を取れた。
追いかけてくる様子もない。
いける!
そう思った直後、探査魔術に反応がある。
目の前に真紅の甲冑が現れた。
!?、もう止まれない。体に風をまとわせ、回復の魔石を発動する。
日本刀が目の前に迫っていた。もうよけられない!
両者が激しくすれ違う。そうして互いに離れていった。
「どうじゃ、やったか?」
大臣はにやりと笑う。
甲冑の男は、そのセリフを言ってはいけないというような目つきをする。
「いいえ、おそらくは死んでいないでしょう。重症だとは思いますが・・・確かに切ったが、感触は薄かった。理屈は解らないですが、いくえにも重なった布を切っているようでした。」
「ほうおぬしにも切れぬものがあるのだな」
「当然でしょう。というよりあなたがしっかりと、仕留めていただければ何も問題はなかったのですよ。」
「小さいことは気にするでない。おぬしが来ていたのはわかっておったし、手柄じゃ手柄、そうカリカリしなさんな、大将じゃろ」
「まったく、自由な方だ。それとその呼び方を外ではしないでください。」
二人は並んで、いや大臣が一歩下がって歩き出す。
「さて、姫にはどのように説明しましょうか。」
赤く染まった風の塊が猛烈に駆ける車両を追いかける。
がら空きの荷台を目掛け風の塊は落ちていった。
「きゃ!?今度は何?」
荷台広がる赤い塊、どうやらそれは生きてはいるようだ
「ってタロウじゃない! どうなってるのその怪我」
タロウは体力の限界まで魔素を利用していた。
魔素は殆ど残っていなかった。回復が遅く中々治らない。
リルカがすかさず予備の回復魔石で治療を開始する。
彼女の実力では瞬間的かつ大規模な回復は見込めない。
幾ばくと時間が掛かりようやく回復は終わった。
何とか一命はとりとめたが、意識は戻らない。
コイルは魔導三輪を操縦しながら不安に思う。
このまま治らねぇってことはないよな?
タロウが荷台に落ちてきて、一日たったころ。
「ここら辺で休憩しよう。」
コイルの一言で野営の準備をする。
そんな時、ようやくタロウは目を覚ます。
「何とか逃げられたか?」
少しの当たりを見回して、状況を確認する。
「大丈夫?多分逃げきれてはいると、思うよ。」
リルカが覗き込みながら答えてくれる。
体が重い。どうやら回復しきれていないようだ。傷そのものはないが、体力が落ちてしまったのと、魔素の回復も遅い。
「すまん、どうやら体をうまく動かせない。しばらくは戦力になれなさそうだ。」
「問題ないだろう。ここから先は始まりの森と呼ばれる、比較的安定した土地だ。ゆっくり休むといいだろう。それよりそんなに強い相手だったのか?」
「ああ、とてつもなく。特に最後に一瞬だけ相対したアイツ。アイツはやばい。一瞬だったけど、まるで歯が立たなかった。」
「そんなにやべぇやつがいたのか、ぎりぎりだったな。まぁ、なんにせよ。しばらくはゆっくりしろよ。」
コイルは俺が、気が付いたことが安心につながったのか。
いつも通りになった。
リルカはまだ心配そうだが、野営の準備を始める。
数日後、俺はなかなか回復できないでいた。
なぜか、体力が回復しない。
自分の足で立っていることが辛くて、少しも立っていられない。
魔素は遅いながらも順調に回復していた。しかし、これもいつもとは違う。いつもなら一晩も寝ていれば完全回復していたのに・・・
こんなことは初めてだ。俺は困惑していた。
手足にうまく力が入らない。風邪とは違う。気分は悪くない。
最後に切られたあいつが使っていた道具は刀だ。
ちらっと見ただけだが普通の刀ではなかった。青白く光っていた。
おそらく、魔塗と呼ばれる武器の一種だ。
今の状態は、その攻撃のせいかもしれない。
「中々治らないね。」
隣に座っているリルカは、ゆっくりと動く魔道三輪に揺られている。
俺たちは始まりの森と呼ばれる街道を移動していた。
だいぶ王国に近づいている。
なんにせよ。早急に原因を解明しなければ、いくら安全な地域だからと言っても、危険がないわけではない。
そうだ、この世界に来たばかりのころ、あの時もこの場所にいた。