ニッホン9
どうして失念していたんだろう。いつの間にか勇者は一人だけと決めつけていた。400年前に勇者が存在していた。そして俺もいる。なら他に移動してきた奴がいても良いはずだ。
日記の内容から10代の少年と思われる。ならばいくら勇者の力を持っていたとしても、建築や街づくりなんてできないと考えられる。
400年前の勇者の他に、このような和風の街づくりを指導した人がいたはずなんだ。
つらつらと考えているうちに、小高い丘にたどり着いた。いつの間にか、魔石の力を使って高速移動をしていたみたいだ。
丘の上から、街を見下ろす。
「はは・・・」
乾いた笑いが自然と漏れる。
眼下に広がる街の形はわかりやすい形をしていた。
これでも、元の世界では受験勉強も熱心にやっていたほうだ。教科書でよく見た写真を覚えている。
「昔、教科書で見た街の作りにそっくりだ。たしか江戸の町はらせん状になっているんだったな。」
こんなにもきれいな一致をするはずがない。
おそらく、歴史好きの誰かが意図して作った町だ。
この国に勇者はたくさんいたんだ。
元の世界に帰る方法とは全く関係ないことで、発見があっただけなのに、なんだか頭がさえわたる。
そういえばこの世界に、異常なほど和名が多いのもこれが理由か?
ふとコイルの言葉を思い出す。「自分で世界をわたるを方法を見つければいい。」
そうか自分でどうにかすればいいんだ。あまりに頓珍漢なことに、冗談だと思っていたけどなんだかできる気がしてくる。
400年前の勇者は元の世界に帰ることができなかった。だけど、他の異世界転移についても調査して傾向をとら得られないか?
共通事項とか見つけられれば、あとは自分でどうにかできないか?
何も根拠は無いのに自信が湧き上がってくる。
急いで戻って勇者回りの情報を調べなおさないと。
一方そのころ、とある城の上では一人の若い豪勢な女性が配下に向かって静かに質問をする。
「キサイよ、件の男はどうしてるかえ?」
「天守様、ここ最近は体調を崩しているようですが、おおむね想定通り、400年前の勇者伝説について調査を行っております。」
「ふむ、利用できそうなやつはうまく使っていかなくてはな。さて本題はどうじゃ?」
「調査隊の情報をまとめますと、昨今の魔獣の増加は一時的なものかと。ただ王国側から特に多いのは王国兵が魔獣たちをあおり、わが国の領土へ移動させていると予想されております。」
「厄介極まりないの。帝国に宣戦布告してからというもの、増えておる。さしずめ我が国に参戦してほしくないのだろう。・・・師団長、軍備はどれほどのものじゃ?」
「一般兵が2万人。魔石兵が5000人。高位魔術使いが10人となっております。いかがなさいますか。」
「魔獣を王国へ追い返せ。かつ戦争には参加しない意志を国内外に表明せよ。」
「なれば、兵が分散してしまいます。もう少々、兵を増員したく思います。」
「それはなりませんぞ!」
白髪の腰が折れ始めた老人が否定に入る。
「もうすでに、増大した軍を食わしていくだけでも、大火がともっているのに、これ以上どこに余裕があると?ここ数年は魔獣の活動が活発なのは理解いたしますが、現状の兵力だけでどうにかしていただこう。」
多くのことが悩みの種なのだろう。ただでさえ深い眉間のしわがどんどん深くなっていく。
「そうはいっても、魔獣に暴れられて、人々が死んでもいいと申すか。町に入ってからでは遅いのだぞ。」
打ち損じた際のことまで想像して強く語りかけてくる。
攻防一体、両者はひかない。しかし突如としてその戦いは終わりを告げる。
「そちら、誰の前で言い争っておる?朕は不毛な言い争いなぞ望まぬぞ。」
決して大きくない。しかしなぜか響き渡る凛とした声が空間に広がる。
同時に静けさが舞い戻った。
「ふむ、どちらにしろ計画は変わらぬ。そこそこ強いと噂の冒険者を友軍に迎え入れられるならばよし。もしも加わらぬというならば、何か問題を起こされても面倒だ。朕の箱庭から出て行ってもらおう。」
そうしてニッホンの方針が決まった。後日町中に政府からの伝令が伝わることとなる。
「おや、今日はいい顔をされていますね。悩みは晴れましたかな?」
「正直まだ何も解決できたわけではありません。でもなんとなく可能性を見つけました。今からそれを検証します。」
「おや、それはそれは。それでは、おひとりにしてもよろしいですかな?」
「ええ、かまいませんよ。何かあったのですか?」
「研究ばかりをやっているわけにもいきませんからな・・・ちょっとほかの仕事が積もっていましてな。詳しくは聞かないでくださいませ。」
キサイはそう伝えるとそそくさと部屋から出て行ってしまった。信頼されているのはありがたいが、さすがに不用心ではないだろうか?
何はともあれ、勇者伝説に関する調査を再開する。
注目ポイントは、どの転移者が、なんの偉業を達成したかだ。
今のところ分かっている転移者は日記を残した勇者、町を作った転移者。
今まで、色々な街を回って集めてきた資料とスケッチ、ここにある勇者に関する資料を網羅的に調べていく。
そんな日々は何日も続いていった。
「タロウ?今度はあまり寝てないみたいだけど大丈夫?」
宿泊地でリルカが心配そうに聞いてくる。
「え?ああ、大丈夫。色々調べててさ。色々分かってきたんだ。」
「もう、コイルもいつの間にかいなくなるし、みんな勝手に行動しすぎ。こうなったら私も好きに動くからね。」
リルかはぷんすかという音が擬音が聞こえそうなほど、わかりやすく怒って部屋を出て行ってしまった。
ここにきて、それぞれの行動に出てしまった。タロウチームであった。
それでも、熱中している俺には気づけなかった。




