ニッホン8
日記の中をじっくりと読んでいく。
内容はしっかりと日本語で書かれており、ちょうど今まで見てきた内容の続きとなっている。
ずっと追い求めていた物を逃がさないように、隅々まで目を通す。
このニッホンに来るのは、どのような生活を送っていたのか、こちらに来てからはどうなのか
・・・結局のところどうなったのか・・・俺はその結果に絶望することになる。
彼は・・・400年前の勇者は、俺がこちらの世界に来た、数年前にこちらの世界にわたってきていた。そして元の世界に帰ることなく、生涯を終えている。
どうして、400年もの差を生んでいるというのだ!
数字のずれに頭が混乱する。本当にこちらにわたってきたときに400年のずれが発生しているとでもいうのか?
だとすれば、仮に俺が元の世界に戻れたとしても、そこに俺の知っている世界はないじゃないか!
少量の文章を読んだだけなのに、終わらない思考が巡り回る。
その後もどんどんと読み続ける。しかし頭に残らない。
ドラゴンとの戦闘について詳細に書かれていた気がするが、覚えていない。
「タロウ殿? お加減がよろしくないようですが」
「ああ、申し訳ないです。体調が悪くなってしまったので、ここら辺でお暇してもよろしいでしょうか?」
「ええ、かまいませんぞ、時間は十分にあります。ゆっくりとしていかれるとよかろう。」
何かを感じ取ったキサイは優しく語りかけてくれた。
それから、宿舎に戻り体を休める。といっても激しい運動をしたわけではないし、睡眠不足でもない。
全く眠ることができず、勇者が残した日記が頭の中を反芻し続ける。リルカやコイルが話しかけてくれたが答えになっていない返事を返しただけだった。
考えもまとまらないのに次の日も書庫へ行き、何かないかと勇者が残した日記を詳しく読む。それでも目に付くのは時間のずれが発生している部分だ。
時間のずれが発生している理由は、現状では全くわからない。原因も、解決の糸口もない。
このままではいけないと思い、気を取り直して何とかほかの部分を読み進める。集中もできず、何度も同じところを読んでしまう。
日記の大部分を占めるのはドラゴンの魔獣との戦闘記録だ。彼はかの魔獣を追って世界中を旅していたようだ。
最初は、戦闘を安定してこなし、実力を確実につけ成長していく。充実した日々を送っていたようだ。だが、ある時から、高難易度の魔獣を相手に戦うようになり、心も体も疲弊していく様子が見て取れる。
次第に戦闘は激しさを増し、けがが増え、少しずつ仲間を失い、そして最後には最愛の一人を失ったようだ。
多くの犠牲を払い、ドラゴンの魔獣の封印に成功した。
封印とはどうやったのか、そのようなことができるのだろうか。
勇者はどんな力を使っていたんだ?彼は一体何者なんだ?
やはり答えの出ない思考が頭の中を駆け巡り、連日同じような状態になってしまう。
でもどうしてだろう?悩みの内容が変わっただけなのに、なんだか心は軽い。
本人的には少しは気分が良くなっていたみたいだけど、他人から見るとそんなに変わらない。
見かねたキサイはある提案を行った。
「タロウどの、しばらく、勇者の日記を読むのはやめるといいでしょう。明らかに病まれておる。しばらくはこの町の周辺を観光でもしながら、気分転換するとよろしい。」
俺は、指摘を受けてようやく、相当ひどい状態であることに気が付いた。
確かに過去は変わらない。気分転換に言葉の通り、街を見て回ることにする。
意識して街を見て回る。
町並みは瓦の家が多く、木造の家々が並んでいる。未整備の道路を土埃を挙げながら歩いていく。よく見てみると家のつくりや町のつくりに統一感がなくちぐはぐだ。
決して見慣れた光景ではないが、何か、なつかしさを感じる光景が、よけいに時代のずれを実感させる。服装も和服で統一されているし・・・
「これじゃ、江戸時代というよりも時代劇の世界に迷い込んだようだな。本当に数年前の勇者が作った町なのか?歴史が好きだったとか?」
頭の中が思考で埋まっているせいか、周りの目も気にせず、自然と独り言がもれでる。
気づかないうちに見られていたかもしれない。
その後も、変わらない風景を眺めながらゆっくりと歩いていく。やがて一つの建物が見えてきた。
そこは明らかに周りの建物とは違った作りをした建物だった。
冒険者ギルド。
この町に入ったとき一番最初に訪れようとしていた場所だ。
特に目的などないが、入ってみることにした。
中は、他の町の冒険者ギルドとは異なり、甲冑のような簡素な防具に刀や槍さらには弓と、この町出身を思わせる風貌の冒険者ばかりだ。
人数も少ない。
中の雰囲気を眺めていると、中央のカウンターから、こちらを呼んでいる活発そうな女性を見つけた。
ここの受付嬢だろうか?
近づくと彼女が来ている服を見て、少しあきれてしまった。明らかにコスプレ風の巫女服なのだ。
そこで400年前の勇者が女好きだったことを思い出した。
「あんた、ここらへんじゃ見ない顔だね。なのにこの町の人間のように見える。どういうこと?」
「さあね。もしかしたら伝説の勇者の子孫だったりして」
「そりゃあないね。だってその人だったら、今はお城にいるはずの女性なんだから。冗談でもその人を語っちゃあいけないよ。あたしでよかったね。」
「なに!?」
「なんだい、あんた知らないで話していたの?この国の長は、勇者の血族なんだよ。有名だと思ったんだけどねぇ。よその国ではあまり広がっていないのかい?」
「初めて聞きました。そんなにも勇者の血族が続いていたなんて・・・」
「そりゃ当然さ。なんてたって勇者は子だくさんだったからねぇ~英雄色を好むってやつかい?
まぁといっても1000年も続いている国だからねぇ。どうだい?博識だろ。こう見えても私はね。国でも有数の学校を出ててさ・・・この髪色や目も勇者の子孫にそっくりな感じで・・・」
目の前で若い元気な受付嬢が淡々と話し続けている。しかしとあるところから何を話しているか記憶にない。
1000年続いている国だって?勇者が作った国なんだから、この国ができたのは400年前のはずだろ?どうして1000年も続いているんだ?
「おーい、ちゃんと聞いてんのかい?全く、人が話してるってのに?」
「この国は伝説の勇者が作った国なんだろ。だったら400年前にできたんじゃないのか?」
「何言ってんだい。確かに勇者が作った国だけど、もう2000年ぐらいは続いてるはずだよ。この世界で一番古い国なんだから。」
「なんだって!?・・・!、すみません。ここら辺で街を一望できるような場所はないですか?」
「なんだい?改まって・・・そうだねぇ~領主の城以外だと、このまま南に下ったところにある。丘ぐらいかね。春には人気の場所でね。もう少ししたら、見ごろになる・・・!いなくなっちまった。」
俺はいつの間にか走り出していた。聞いた丘に向けて。




