ニッホン6
重い足取りでゆっくりと歩いてゆく。
魔道具を握る手に力がこもる。クロスボウはあまりにも殺傷能力が高すぎる。使えるとしたら魔導ランプを仕込んだ杖と、空力装置、それから近接用に特殊矢ぐらいか・・・
そうこうしているうちに話し合いが付いたようだ。
「タロウ殿、ぜひ戦ってみたいと申しておる兵士が何人かおります。特に要望が無ければこちらで見繕ってもよろしいかな。」
「ええ、問題ありません。・・・できればそんなに攻撃的ではない方でよろしくお願い致します。」
情けない話だが、せめてもの抵抗を示しておく。相手側で話が付いたようで、一人の好青年が歩み出た。背が高く、腰には一振りの刀が備えてあった。
「閃光の魔術使いタロウ殿、お初にお目にかかるダテ・マサミツと申す。
お噂はかねがね、ぜひ手合わせをお願いしたい。準備はよろしいですか?」
凛と透き通る声と共に、刀が抜かれ真っすぐと構えられる。
青年の気迫に圧倒されながらも、急いで準備を始める。腰には空気の魔石を備えた筒をしっかりと固定し、右手には魔石を仕込んだ杖を持ち、左手には特殊矢を持つ。
「サトウ・タロウです。過分すぎる評価を頂いております。どうぞ、お手柔らかにお願いします。」
青年が俺の不思議な装備に明らかな不満顔を示す。こんなやつ自分じゃなくともいいだろうとか、本当に強いのか?と言った事を考えていそうな顔だ。
完全になめられているが、しかしこれは好都合!この隙をうまく利用させてもらおう。
「両者準備は良いな!では・・・・開始!」
一番階級の高そうな兵士の掛け声とともに、試合が始まった。と同時に張り詰めるような空気感が青年から飛んでくる。これが殺気と言う物なのだろうか?
今まで戦ってきたどの魔獣とも違う、異質な感覚だ。
慣れない感覚に動揺しつつも、まずは魔素探知を発動する。せっかく対峙するのだ。できることはとことんやろう。
直後!青年の足元から大量の魔素を感知した。どうやら、履いている靴にも何らかの特殊加工をしているようだ。
予想外の事態で魔素の流れは感知したものの、急速に近づいてきた青年に対し完全に出遅れてしまった。
「しまっ!」
声に出す暇もなく体がのけぞる。青年は表情を変えることなく、特殊な木刀で切りかかってくる。
しかし俺が鈍痛を感じることは無かった。ここに来て何度も死にかけてきた経験が強く生きることになったのだ。
考えるよりも早く、目の前に雷を走らす。
と同時に腰に備えていた風の魔石にも魔素を流し、自分の身体能力以上に後方へ飛んだ。目の前に発生した電気は木刀に流れたが、咄嗟の事だったので出力が弱く、麻痺らせるには至らなかった。
それに・・・
「その靴、何らかの魔石を埋め込んだ魔道具だな。靴だけじゃない。装備している防具のいたるところに埋め込んでいるな。」
「驚きました!、噂は全くの嘘と言うわけではなかったのですね。正直、構え方が全くなっていなかったので、完全にでまかせだと思っていました。しかも先ほどの光にその跳躍・・・貴方も何かしていますね。」
「それは教えられないですね・・・」
「失礼、では改めて参りましょうか。」
そう言うと目の前の青年は、低く腰を下ろし再び木刀を構える。まずいな・・・今ので完全に警戒されている。
と言っても本気の電撃なんて与えてしまったら、殺してしまう。あくまでスタンガン程度の威力に留めなければならない。
となるとこの特殊矢を押し付け、調整した電撃を当てるほかない。
さて、どうしたものか・・・隙を見て近づいてみるか・・・
にらみ合いが続く。しかし、その間は長くは続かなかった。
トウゲンという青年は高速で接近する。やはりとてつもなく早い!
勢いよく迫る木刀を避けるため、風の魔石に魔素を流し、跳躍しながらギリギリで躱していく。
俺を切り損ねた木刀は地面に向かっていくが、地面でゴムボールのように反射し、再びとてつもない速度で、剣先が向かってくる。
くそっ!やはり木刀にも何か仕込んでいるな。俺は反射的に杖を構え、空気の魔術を発動する。
魔石の周りを不思議な幾何学模様が取り囲み、やがて一塊の空気が発射された。
いわゆる空気砲をイメージして、打ち出したものだ。不可視の塊となった空気は、そのまま木刀に直撃する。
しかし威力が低かったのか、勢いを弱める程度でその攻撃を止めることはできなかった。
切り上げられた木刀が、鼻先をギリギリでかすめていく。だが、ここまでやれば十分だ。
特殊矢を相手の体に押し付け、雷の魔術を発動する。
青年は直観する。この先から放たれるものはまずい!
青年は無理やり体をひねり、木刀を地面に叩きつけて、その反動で後方に強く飛ぶ。青年は昏倒することなく、真正面に立っていた。
強い。
俺が今まで戦ったことのない、対人戦闘を訓練してきた人。魔獣とは違う・・・
もう一戦拳を交えようかと思われる時だった。奥の建物から鐘の音が聞こえてきた。
「両者、そこまで!・・・勝負はお預けだな。昼食にしよう。」
何とも言えない幕引きだが、木刀を構えていた青年は剣を納め、一礼ののち、そそくさとどこかへ行ってしまった。
「いやはや、お噂通りお強いですな。多種多様な魔術を簡単に使い、しかも同時に発動できる・・・それに我々と似たような魔道具をお使いになられる。いったいどのような物なですかな?」
「ギリギリでしたよ。少しでも気を抜けば、今頃地面に転がっていましたね。魔道具に関しては・・・どうでしょう、そちらの技術を教えていただくという事で、交換致しませんか?」
「ムムム・・・重要なことはお教えできませんが、基礎的なことならご教授できます。それとならいかがでしょうか?」
「はい、それで十分です。ではお昼を食べた後でも、・・・」
それから、お昼を食べた。お昼ご飯は、お米に焼き魚と懐かしい和食だった。心の中で確かな感動を覚えながら、しっかりと味わった。
リルカは今までに食べたことがない物ばかりだったので、楽しみながら食べられたようだ。彼女も着実に経験を積み、世間を見て学んでいるようだ。ぜひこの旅から何かをつかみ取ってほしい。