ニッホン5
机の上に置かれた勇者の日記を手に取りじっくりと眺める。
「それにしても、 400 年も前の資料なのによく残っていましたね・・・」
「ええ、私どもはこういった物を大事にしていますからな・・・全ての物には命が宿っているから大事にしなさいと・・・この国で育つ子供達はよく言われますからな」
「いい考えですね。物を大切して長く持っているなら、かなり昔からの記録なんかも残っていませんか?」
「お話が見えてきませんな、何を聞きたいのでしょう?」
「いや、かなり昔のことを気にされるのだなと思いまして、400年前の日記なんて、いくらなんでも昔すぎるでしょ?もしかしたら、もうすでに問題は発生しているんじゃないかな?と思ったんですよ。」
「···いやはや鋭いですな、流石閃光の魔術使いですね。」
またそれか・・・流石に慣れてきた。
「ご想像の通り、我が国はここ数年異常な現象に見舞われています。と言うのも勇者の日記に書いてある通り、魔獣が異常なほど活発になっているのです。」
「魔獣がいるという事は近くにダンジョンが生成されたのではありませんか?」
「我々もその可能性を考慮して周辺を調査しました。王国や帝国の領土ギリギリまで調査範囲を広げましたが、目ぼしいダンジョンは見つけられなかったのです。」
「他に考えられる要素がない。・・・つまり、勇者の日記に書かれている現象が起きていると?失礼ですが、あまりにも短絡的では?」
「そんなことは百も承知です。しかし、国家に関わる現象をなんでも取り扱うのがこの部署のある目的です。例え可能性が低くても一考するのです。」
いつの間にか真剣になっていたその顔つきに圧倒される。
「・・・失礼いたしました。ちょっと気になったのでお聞きした具合です。えっと確か依頼内容は勇者の日記の解読でしたね。」
「はい、疑問が晴れたのはいい事です。それとせっかくこの国に来られたのですから、観光もしていかれると良かろうかと思います。そちらのお嬢さんのためにも」
突然話を振られたリルカはどう対応していいかわからず、どぎまぎする。しかし小さく返事をした。
「さっそく取り掛かってほしい気持ちもございますが、一旦食事にされると良かろう。良き場所を知っているのでご案内いたしますぞ。」
「では、お言葉に甘えて・・・いこうリルカ。」
「わかった。」
技術院と呼ばれる施設を出て、外の景色が見える廊下を歩く。
ふちが少し歪んだガラス越しに外を眺める。雪が解け始め、灰色が見え始めた景色が続く。
「こちらですぞ、まだ少し冷えますから、急いで移動したほうがよいでしょうな。」
少し折れ曲がった背中について行くと、外からたくましい声が聞こえてくる。
声につられて窓の外を見ると、どこか見慣れた甲冑を着た集団が刀を持って素振りしていた。
「あれは近衛兵ですな。天守様をお守りするため、ああやって日々鍛えておるのですよ。」
「魔獣に対して備えているのですね・・・あ!あの模様は・・・」
「お気づきになられましたな、さすがお目が高い。あれは我が国特有の魔道具ですよ。あのように使用する刀剣に特殊な模様を印字するとその武器に特定の魔術を付与できるのですよ。」
液体魔石の性質と似ている。違うとすれば、あの特殊な模様を描くだけでいいという点だ。
「へぇーそのような事ができるのですね・・・そう言えば400年前の勇者もそのような武器を使っていたらしいですね・・・」
「ご指摘の通りでございます。我々は勇者の残した物を現在まで伝えているのです。あの刀剣も改良を続けていますが、基本的な部分は勇者が使用していたものと同様の物です。」
兵士の一人が魔術を発動した。刀剣が炎をまとい熱を発する。更に刀剣をふるうと1m程前方に炎が進展した。炎は的に当たった後、小爆発し的を破壊する。
すごい、あれが勇者が使っていた物なのか・・・ぜひその仕組みを知りたいところだ。
見とれていた視線をキサイに戻すと
「貴方なら仕組みを知りたいと思うでしょうが、流石にそれはお伝え出来ません。あれらの製造法は我々の機密事項なのです。」
「確かにそれはそうですね。では、外から眺めさせて頂きます。」
「眺めるだけでは、分からないことも多いかと。一つ試合をしてみてはいかがかな?タロウ殿はかなりお強いとも聞いておりますぞ。」
「滅相もない。私は運がよかっただけですよ。・・・でも確かにもう少し近くで見たい気もあります。いづれ機会があれば相対してみたいものです。」
正直、例え訓練でも、人と戦うなんてできない。盗賊や野盗は全員、隙を狙って麻痺させてきた。魔獣だって、基本的に入念に準備して挑んでいる。
「ふむ・・・お昼までにはほんの少し時間がありますし、物は試しに頼んでみますか。」
「え!・・・」
本当にやるのか!?ちょっと冗談のつもりで話していたのに・・・
そう思っていると、キサイはそそくさと中庭に行き偉そうな人と話している。どうしようかと迷っているとリルカが心配そうにこちらを見ている。
しょうがない、言ってしまった以上やるしかないようだ。リルカを心配させないように一戦だけしてサラっと終わらそう