アラスオート-13
イアンにとっては久しぶりの帰郷だ。
失ったものは大きいとは言え、うれしいだろう。
イアンの実家は聞いていたより、だいぶ大きな建物でこの街でも1,2を争うほどではないだろうか?
もちろん外には門番がいて、その門番がイアンの姿を見た時、飛び上がって屋敷の中に入っていった。
そしてイアンが実家の扉を開いた時、生まれたばかりであろう赤子を抱いた婦人が嬉しそうな表情と、失われた片腕を見て、悲しくなった顔が混ざり合った何とも言えない表情になったのは忘れることはできないだろう。
あの表情は少なからず俺の未熟さが招いたものだ。
だが、やはり生きていれば儲けものだ。
イアンが生まれたばかりの子供をまるで失ったものなど、無いかのように抱きいだく。
流れた涙を見た時、そう思えた。
それから、俺達は屋敷の中に招かれ、イアンによって家族の紹介を受けた。
正直な話、片腕をなくさせてしまったせいで、俺は一発は殴られる覚悟だったのだが、たいそう感謝されるだけに留まり、何だかモヤモヤするような、うしろめたさを覚えた。
とりあえず、その日は疲れもあるだろうとのことから、部屋を借りてゆっくりと休むことができたのであった。
次の日、大きい部屋にいる。
朝から商家の領主と会談を行う。
領主はラルクと言うらしい。イアンの実父だ。
商家の者達は領主様と呼んでいるので、こちらも合わせて領主と呼んでいこう。
「タロウ君、改めて、息子の命を救っていただき、大変感謝する。」
「いえいえ、私も彼に助けていただきました。お互い様と言うものです。むしろ彼は片腕を失ってしまいました。」
「強力な魔獣相手に生きて帰った。それだけで大変な偉業だ。そこまで気にすることは無い。」
たくましいなと・・・ただそう思った。
それからしばらく話して約束どおり格安で食料や衣服なんかも提供してもらえることとなった。
次の目的地はニッホンに伺うことを伝えると早く移動したほうがいいという。
「そろそろアラスオートに冬がやってくるからね。寒くならないうちに移動すべきだ。」
特に異論もないし、アドバイスに従って準備ができ次第、移動することになった。
その日の夜、せっかく訪れたということもありパーティーが開かれた。
特別豪華という訳では無いが普段は食べられないような手の込んだ料理。
郷土料理だと教えられたスープ。
商いを得意とするからだろうか、弾む話。なにもかもが久しぶの感覚だ。
イアンの商家は親子3代続く、老舗らしい。
パーティを楽しみ、酒が入って少し熱くなってしまった体を覚ますため夜風に当たりに来る。外からも街の喧騒がわずかに聞こえてくる。
ふと背中に人の気配を感じる。
振り向くとイアンの妻がいた。
「タロウ様、旦那の命を救っていただき本当にありがとうございます。」
「いえいえ、当然の事をしたまでですから。」
「それでも、私は嬉しいですよ。何よりあの人に我が子を抱いてもらえましたから。貴方が居なければ、それもかなわなかった。」
「そうか、それは良かった。」
「もし、わがままを言えるなら、両腕に納めてほしかったですけどね。・・・あっ申し訳ありません。タロウ様に異を唱えるつもりはありませんのよ。」
イアンの奥さんは急いで頭を下げる。
「分かっています。誰だってそう願うはずですよ。」
「そうですよね。ありがとうございます。」
イアンの妻は満足そうに、でも少し寂しそうに会場に戻っていく。
腕を元に戻す方法か・・・
残念ながらそんな方法は存在しない。回復の魔石だってできるのは元ある部分の回復だけだ。
失ってしまった部分は再生されないのだ。
そんなことをするには、新しく細胞でもなんでも用意して腕に成型・・・
ある、いやあったか・・・失った体を取り戻す方法がある。可能性だけは存在する。
俺が元居た世界に体のどんな部位でも作り出せる方法を考えた人がいるのだ。しかも同じ国に・・・
正直、工学を学んでいた俺には、どのようにすればいいか皆目見当もつかないが、可能性はゼロではない。
・・・挑戦してみる価値はありそうだ。いや、俺のせいで失ってしまった腕でもあるのだ。何年かかっても実現させよう。
手に持っていたグラスを傾け、俺は静かに心に誓ったのだった。