アラスオート-9
魔獣を倒す手段が何かないかと考える。使える物は全て使わなければ勝利はあり得ない。
と言っても、ある物はこの霧ぐらいか・・・
牛型の魔獣を討伐するには俺の全力以上の電撃が必要だ。
自然と頭の中には雷の強力な電撃が思い浮かんだ。
しかしそれを起こすには大量の水分や微小な氷が必要だ。
少なくとも、俺”個人の力”だけでは不可能だ。そう、個人の力では・・・
幸か不幸か、ここには相手が生み出してくれた大量の水蒸気がある。これを利用しない手はない。
今までのダンジョン攻略や戦闘のおかげか、体は激しく動いているのに、頭は自分でも驚くぐらいさえていた。視界が開け、次々と案が浮かんでくる。
大量の霧を瞬時に冷やす。
方法論だけを考えれば色々あるが、今、この瞬間取りうることのできる方法は限られる。
一々どれがいいかなんて、選んでいる暇もないから、一つずつ確かめていく。
何の根拠もない、直観に頼った判断だが、とてつもない自信が体の奥底から湧き上がっていた。
風の魔術を発動する。自分の周りの水蒸気を上空に回転させながら打ち上げた。
うちあげられた水蒸気は大きく広がりながら上空を漂う。まるで小型の台風のようであった。
上空に上がった水蒸気は辺りに拡散し見えなくなる。これで問題ない。幾ばくか地上の霧も減らすことができたはずだ。
良し、うまくいっている。何度も同じ事を繰り返す。まるでそれは天へと伸びる鍾乳洞のようであった。
そんなことをしていれば相手にとって良い的だ。繰り返し、強力な突進が繰り返される。
ギリギリで躱すが蒸気を打ち上げるのに魔素を使っているせいで回復と回避に回す余裕がない。
少しずつ生傷が増えていく。腕や背中についた切り傷がうずく。だけどここで諦めるわけにはいかない。
俺より後ろにはロール隊長たちしかいない。
もし、ロール隊長たちもダメであれば敗退し後ろに下がるしかなくなる。そうすれば街に魔獣が侵入することになる。
それは我々の敗北であり、大量の死を意味する。絶対に避けなくては!
できることは全てやってやる!
生傷はさらに増えていくが、確実に水蒸気を打ち上げている。
蒸気をうちあげることで上空で広がり、拡散され、蒸気自体の温度が低下する。これが狙いだ。広がる気体は、その移動のために自らの温度を使うのだ。結果として空気全体の温度低下につながる。
静電気がたまるように、数本、特殊矢を打ち込む。
狙い通りいったようだ。
打ち上げられ、拡散して見えなくなったはずの水蒸気が薄暗い雨雲に変わり、誰もが、気づかぬうちに局所的に雨模様となっていた。
雨雲から稲妻が走る。その瞬間、周りの状況が変わっていることに、初めて魔獣は気づいたのだ。
良し!十分だ。
自らの腰に装備している風の魔石を起動し、斜め上空へ高速飛翔する。浮かんでいられるのは一瞬だけだ。
空から見さげた水蒸気の空間は円形に広がり、異様に変形した牛の魔獣は、円の中心にこちらをじっと見つめていた。
瞬時に見抜く。魔獣の体のいたるところに、今まで積み重ねてきた俺の特殊矢と傭兵団が打ち付けてくれた鉄製の矢が大量に刺さったままであることを・・・
! 新しく生えた脚の付け根がゴリゴリ変形している。上空にも響くほどの大きな音を立てながら激しく動いている。
何より、その動きに合わせて脚として使っていた部分が細く、薄く変形している。
きっとアイツはああやって高速で体を変形し、自らの身体能力を変更することで高い戦闘能力を獲得しているのだ。
あの魔獣は危険だ。状況や戦う相手に合わせて自らを変化させる。そんな奴を相手に戦闘が長引けば長くなるほど不利になる。ここで確実にしとめる。
まず初めに雷の魔術を発動し、自らが作り出した雷雲に電撃を与える。数本ので巨大な静電気が真横に走り、やがて収まる。
雷の魔術で自らの体の電圧と雷雲の電圧を同じにしたのだ。電流は同じ電圧には流れない。
その姿を少し離れたところから見ていた傭兵たちには、まるで雷を手中の修めたように映っている事だろう。
そう、まるでおとぎ話に出てくるような・・・あの存在のように・・・
雷雲と自分が同じ電圧にいたり、更に一番得意な雷の魔術を行使して雨雲の中の静電気を操り微小な氷を操作して、より静電気をため込む。
やがてあまりの高電位になった雷雲は、その電力を留めておくことはできず、今にもこぼれだしそうになる。そして魔術使いの意志に従い空間を引き裂き、最も流れやすい地面へと向かっていった。
その途中にある飛び移りやすい金属を背中にはやした牛型の魔獣を仲介して・・・
それは巨大すぎる光の柱だった。
光の柱は雷雲と雷の魔術によってもたらされ、自然界ではありえないほど長い時間光り続ける。
落下地点も同様にまばゆい光に巻き込まれ、どうなっているか全く持って分からない。雷はまだまだ落ち続ける。
やがて俺の雷の魔術でコントロールしていた雷雲はすべてのエネルギーを使い切り、すぐさま晴れ間が広がる。
同時に複雑な制御により魔素切れを起こした俺は頭痛に耐えながら風の魔石を起動し、何とか地上に落ちた。
霧は雷撃の衝撃によって吹き飛んだ。いくばくかの土煙が立っているが、次第に晴れ渡った。
土煙が晴れた場所には見違えるほどのクレーターができあがっており、地面は黒焦げ、まだ赤熱していた。
魔素不足から上手く体に力が入らず、這いつくばるように移動し、クレーターの中心を覗くと、そこには一体の魔獣が立っていた。
これでも倒れないのか!?心の中に絶望が広がっていく。
これ以上の物はない事、そして自分はもう動くこともできない事が、より一層その感情を加速する。
しかし、それ以上絶望は広がらなかった。魔獣は一歩も動かないのだ。
よく見てみると立派に生えていた両角は完全に折れ、体に生えていた魔石はいたるところに吹き飛んでいる。
変形し始めていた翼のような構造は途中で止まり、歪だ。
やがて吹き戻しの風だろうか?少し強い風がクレーターの中に入り込んだ。
その風に揺らされ魔獣だったものは横に倒れると、それ以上動くことは無かった。
それを確認すると、同時に意識が暗くなっていく。
抗う力は残されていなかった。心に広がる安堵は抗う気を無くさせた。
意識を失って数分ののち、いたるところから人々が近づいてくる。
その中には最後の防衛線で指揮をとっていたロール隊長も含まれていた。
最終防衛地点からもはっきりと認識できた光の柱
巨大な爆発音が聞こえたと思ったら戦闘音が聞こえなくなったのだ。
確認の意味も込めて、情報を待っていると魔獣が倒されたときいて飛んできたのだ。
実際の現場を見て、戦慄を覚える。
大きく空いた穴に自らでは理解できない方法で焼かれた地面と魔獣。
何もかもが、規格外であった。そして、そのすぐ横では医療班の治療を受けている若い魔術使いがいる。
気を失っているが、ただ単に魔素切れを起こしているだけで命に別状はないそうだ。
彼についていた傷もどんどんと回復していた。そう言えば彼の二つ名は何だったであろうか・・・閃光の魔術師。
そんなことを思いながら自分の言葉も思い出していた。
「これは本当に至るかもしれな・・・より高位の存在。魔法使いに・・・」
やがて残存部隊の確認と最終処理の命令を下し、指揮所へと戻っていった。




