アラスオート-7
ロール隊長と会談を行ってから数日経つ。
あれからというもの、工房を借りて魔獣討伐の準備に明け暮れていた。
今の装備をグレードアップする案は以前から持ち合わせており、それを一個ずつ実現していったのだ。大学での知識や実習、更にこちらの世界に来てから身に着けた経験を総動員して魔道具制作していった。
魔獣との戦闘は油断ならない。どんなものでも使って確実に勝てるように準備する。
他の討伐隊の面々も近くで訓練をしており日に日にその練度を上げていた。
誰もが強敵である魔獣討伐の準備を仕上げていった。いつしか、傭兵も国の軍も境目はなくなっていく。すべてはロール隊長の手腕によるものだ。
作戦の日、朝早くから多くの人が動き回り罠を仕掛けていく。前日の調査で魔獣が沼の中に入っていく場面を確認している。
魔獣と最初の戦闘をしてから、かなり慎重に調査を続けていたみたいだ。そのおかげで何度か目撃できていたのだ。
その調査によると基本的には水中に身を潜めていて、時折姿を見せる。その目的は食事であったり、特に理由もなく徘徊したりとまちまちである。
もう一つ分かっていることは、沼の限界ギリギリまで近づく生物がいると飛び出してくるということだ。
どうやら近づく生物には機敏に反応し攻撃を仕掛けるという事が分かった。これを利用しておびき寄せることになった。
沼から少しずつ罠を作っていき足止めを狙う。
攻撃要員はその周りに隠れ、罠にかかり次第、熱や毒を用いて攻撃を行う。
川を渡るための橋がある。俺はちょうどその前。
最終ライン手前で待ち構え迎え撃つ。
俺の力を評価されてここで一人という事だ。
正直そこまで嬉しくない。
もしもこれまでに設置している罠を全て突破してきたら俺が全力で止めるしかない。
そんなことができるのだろうか?
俺の全力の電撃に耐えたヤツだぞ・・・いや、それでもやらなければ、託されている物があるのだから、大丈夫、策は考えてある。徹底的に準備したのだ。
目を見開き、正面に向き直った瞬間、沼の方向から爆発音が鳴り響く。
始まった。
最初の爆発から数分と経たず次の爆発が鳴り響く。最初のうちは爆薬を用いた衝撃の攻撃だ。
はっきり言ってあまり効かないだろう。
それでも積み重ねることに価値がある。
爆発音が近づいて来る。そろそろ姿が見えるはずだ。
望遠鏡を使って森の切れ目をよく観察する。そろそろ、毒や火炎瓶による攻撃も始まっているはずだが・・・
少し泥汚れをつけた甲冑の男たちが森の中から飛び出してきた。すぐ後ろから彼らを追うように巨大な牛が木々をなぎ倒し突進してくる。
少し煤汚れているもののまだまだ元気そうだ。数か所に矢が刺さっている。あれは毒が付着しているはずだが、効いているか、怪しいな・・・
しかし、注目はそこに留まらない。背中からは羽のような物が生えていた。体の大きさに対して小さいし、走り回っているところを見るにまだ飛翔することはなさそうだ。しかしもう一つの手足のように器用に使って方向転換を行っている。こんな短期間で変化できるのか・・・
やることは変わらない。
森を出てすぐ、地面の中に隠していた金属製の柵を魔石を使って飛び上がらせる。
魔獣は脚をひっかけ勢いよく転ぶ。しかし大したダメージにはなっておらず、すぐに起き上がる。
衝突した金属製の柵はぐにゃりと大きく曲がっていた。
これは以前、クララが使っていた魔弓と同じものだ。
物質の柔らかさを変え、まるで別の物のように扱う事の出来る貴重な魔石を使用した物だ。
金属の網は変形し、傭兵によって魔獣に投げかけられ硬化する。
動きが止まっている時点でひとまずは成功。すぐに次のステップに進む。
近くに隠れていた傭兵団体は太い縄で作った網を何本も投げつける。
魔獣の片角や首、足に引っかけ何十人がかりで完全に足を止める。
すぐに次の傭兵が油がたっぷりと入った壺を投げいれる。
壺は割れ、中の油が魔獣に降りかかる。そして最後に火が灯してある矢が撃ち込まれた。
魔獣を中心に豪炎が上がる。同時に魔獣を拘束していた縄が焼き切れる。激しい爆発音を上げながら火柱の中心で黒い影が動き回る。
やはりまだ生きている。やがて火柱を割るように中心から、その皮膚を焼きながら魔獣が現れる。
何という耐久力なんだ。
それから似たようなことが数回、繰り返された。
すでにかなりの数の罠を行使しているがまだまだ動き続けている。
体力もとてつもない。
これだけの人数、これだけの攻撃を行っているというのに・・・まるでつかれる様子を見せない。
騎士団も傭兵も誰も死んではいないが相当体力をすり減らしている。このままではじり貧だ。
自分を落ち着かせるように冷静に戦況を分析していたが、そうもいっていられなくなった。
魔獣は肉眼ではっきりと見える位置まで迫っていた。とうとう出番である。
もう一歩も引けない。
効き足を後ろに下げ、腰を下げる。
左手には今回用に改造した魔石ランプ。
探査魔術は電磁波と魔素両方を同時に使えるようになっており、更に液体魔石を利用して埋め込んだ風の魔石も使えるようにしてある。
使い分けが難しいが、そこは練習でカバーした。
デザインは先端に複数個の魔石を集積した物になっており、それを金属の棒で固定している。
その姿も相まって物語りに出てくる魔法の杖のようだ。
更に右手にはいつものクロスボウ。連続で3発打ち込めるようにマガジン付きだ。
そして今回は、相手のスピードに合わせて高速回避ができなければいけない。
腰や体の各所に風の魔石で作った魔道具を装備している。
自分で作った風の魔石を筒で覆い、風の出口を絞ったものだ。
この魔石に液体魔石を通じて魔素を送る。
風を噴出して腰付近に強力な推力を発生させ、数秒間だけ空中を移動できる。
元の世界で読んだ漫画を参考にしたものだ。
これが今の俺にできる最大の装備。
これでどれくらい通じるかは分からないがやれることはやった.
後は信じるのみ。
ついに目の前に牛型の魔獣が現れた。心臓が高鳴るのを感じる。
握る手は力強く、薄っすらと汗がにじむ。
「また会ったな。すまないが、こっちも生きなければならないんだ。今度こそ打ち取らせてもらう。」
俺は杖を掲げ、最初から全力の風魔術を発動し、魔獣にぶつけた。
発生した風は縦渦となっており、まるで風で作ったトンネルの中に魔獣を取り込むようになっている。
魔獣は真正面から、それにぶつかり六つの足で耐えている。良し!動きは止められている。相手は体が大きいから風から受ける力も大きいだろう。羽のような進化も都合がいい。
魔獣が動けなくなっているすきにもう一つの魔石を発動する。魔素感知だ。
相手が激しく動いているとざっくりとした魔素の流れしかわからないが、動きを止めているなら話は別だ。
体のどこから魔素が漏れているかはっきりとわかる。
魔素感知のおかげで魔獣の魔素の流れが分かる。
すごい!魔獣の全身に魔素が行き届いていて、体中に満たされている。
だがいまは感嘆を漏らしている暇はない。
必死に魔素の流れが収束しているところを探す。
魔素が収束している部位はその生物にとって弱点になっていることが多い上に、魔素の供給源になっていることが多い。
首の付け根、足の付け根それに頭、何処もかしこも固い魔石に覆われていてとてもじゃないがダメージを与えられそうにない。
魔獣の体が一瞬沈み込んだように見えた。直観で突進が来ると思った。
腰の風魔石を発動して自分を勢いよく弾き飛ばす、空中に飛びつづけられるわけではないが、それでも数メートルは浮き上がる。
魔獣の突進をすんでのところで躱す。やはりとてつもないスピードだ。これを躱し続けるなんて不可能だ。なるべく短期戦でけりをつけたい。
運がいいことにすれ違う瞬間に魔獣と体が接近したおかげで動きながらも魔素の流れを捉えることができた。
牛の魔獣の体の中心、背中から少し下のところ。そこに魔石に覆われていない部位で魔素が収束している部位を見つけることができた。
よし!
次の作戦だ。
魔素の収束している部分を破壊すれば、そこから先に魔素は流れなくなる。そうすれば魔獣の身体能力は大きく低下するはずだ。
後はその部位をクロスボウで狙って攻撃するわけだが・・・
さて、どうやって当てようか。
風を操作して誘導する?いや、そこまで複雑な操作はできない。何とか足止めをしないと当てられない。
牛型の魔獣はすでに向き直り、頑丈な頭部をこちらへ向けている。
現状、この場で使える物は限られている。事前に仕掛けた罠はあるが、そこまで誘導しなくては・・・リスクは大きいがそれでもやるしかない。
魔獣と正面から向き合う。
両者は同時に動き出した。俺は後方にある罠に向かって移動し、それを追って牛型の魔獣がものすごい勢いで突進してくる。
風の魔石で加速しているが、微妙に魔獣の方が速そうだ。
もう目の前には罠がある。これまでに仕掛けられてきた金属の柵だ。ただし一人でも起動できるように魔石も用意してある。
後はギリギリまで引き付けるだけだ。
硬い土の地面を叩きつける音が迫ってくる。まるで一歩一歩が地震を起こしているようだ。
背中に荒い鼻息がかかる。
牛の魔獣が、その角を突き上げようとしたその時、俺は大きく溝にジャンプした。
着ていた砂よけのマントが破かれたが俺は無事に溝の中へ入る。それと同時に隠れていた他の魔導士や冒険者たちが罠を起動してくれた。
見事に鉄格子のトリばさみが起動し、魔獣の足に絡みつく。
魔獣は動きにくそうにしている。
「今だ、背中を中心に攻撃しろ!」
俺の掛け声とともに全員が各々が持つ遠距離攻撃を放つ。
やがて作戦通り、牛型の魔獣は太い火柱に包まれた。
「やったか!?」
誰かが言ってはいけないセリフを言う。案の定、衝撃と共に火柱は打ち消された。体に刺さる矢を増やした牛型の魔獣は、さらなる力を見せつける。
体中からとてつもない勢いで大量の蒸気が発生していた。
弱点には・・・なにも刺さっていない・・・




