アラスオート-6
コイルからもらった、魔獣に関する資料に目を通す。
コイルの言う通り、大した情報は乗っていなかったが今まで分かっていることを、まとめるにはちょうどよかった。
牛型の魔獣・・・何処からやってきたのか、何が目的なのかは全くの不明、基本的に旅人や野生の動物をその大角と高速突進で襲い掛かり仕留める。
基本的には食事のために襲うようだが、場合によってはまるで遊んでいるかのように見える行動をとることもある。
一般的な兵士であれば一度襲われた場合、撃退・討伐は難しく、高い確率で死亡する。
現在のところ探知能力は低く、相手との距離が遠くなると、認識できないようだ。しかし何らかの条件により急激に探知能力が上がり、突進を繰り出してくる。
皮膚や角は非常に硬く、刃を通さない。よって熱や毒を用いた討伐が考えられる。また回復力も高いようだ。毒や熱を加えた場合も、回復されてしまう可能性がある。
今までの戦闘の結果、ロールの攻撃により、角が一本折れている。
さらに沼に潜っても呼吸を続け生存可能な事が分かった。よって水中でも高い確率で脅威になることが分かる。
どんな状況でも突進を繰り出せることが最大の特長である。
魔獣が急速に探知能力を上げる要因は何だろうか?
正直これだけの情報では全く分からない。また俺の電撃は効いているように見えたが、最大の攻撃にも耐えられた。つまり俺だけでは討伐は不可能である。
2~3日経過して、体調は完全に回復した。ロール隊長の秘書が討伐隊の集合場所を知らせてくれたので、そこに向かう。
と、その前に向かいたいところがあった。とある病室をノックする。
返事があり、中に入ると少しやつれているが、笑顔で迎えてくれる男がいた。
「調子はどうだい?イアン。」
「良い、とは言えないな。とはいえ、おかげ様で良くはなっているよ。」
「そうか・・・そのすまない。その腕・・・」
「ああ、これか確かに腕が無くなったのは悲しいが、おかげで生き残ることができたし、タロウは全力で治療してくれたじゃないか。なに、戦場ではよくあることさ。」
「だけど、お前実家を継ぐってのに・・・」
「片腕だって、仕事はできるさ。何より利き腕が残ったからな。それより気にしてうっかり死んでくれるなよ。この腕をかけた意味が無くなってしまう。」
「ああ、いい土産を期待しててくれ。」
話もそこそこに病室を出て集合場所に進む。
次は油断なんてしない。確実に打ち取る。自然とそう思い、拳に力が入った。
集合場所として伝えられていた場所は大きな兵舎だった。まるで大学の講義室みたいだ。
中心では重装備のロール隊長と壮年のベテランっぽい人々が立って何かを説明している。
会場には色々な人々がいた。
と言ってもある程度、所属による違いはあるようだ。こぎれいな重装備に身を包んだ一団もいれば、明らかに粗野な風貌をした傭兵軍団と言った感じの集団。
そしてどっちつかずの俺たちのような集団。
会議の邪魔にならないように後ろの空いてる席に座る。
ロール隊長たちはここ数日の調査報告を行っていた。
発見した牛型の魔獣の特長、少なからずダメージを与えたこと等、熱心に聞いている人もいれば話半分に聞いている者もいる。
「魔獣の特長として基本的に感知能力が低い。したがって罠を張って魔獣を足止めし、遠距離から火矢や投石機を用いて攻撃を行う。魔獣の外皮は非常に硬く、通常の刃物では太刀打ちできない。したがって最終的には熱や毒矢による討伐を狙う。」
しかし・・・
「質問があります。よろしいでしょうか。」
かっちりと白色の鎧をまとった青年が手を上げる。
「構わない。なんだ。」
「ありがとうございます。魔獣はかなり筋力が強いと聞いています。罠を破壊して脱出する可能性はありませんか?」
「もちろんその可能性は十分にありうる。よって複数の罠を仕掛け、繰り返し同様の攻撃を行うつもりだ。
また万が一罠を突破しこちらへ向かってくることがあれば、まずは騎士団の大盾部隊にその動きを止めてもらいたい。その間に弓兵部隊は後退し体制を立て直す。」
「私ら傭兵部隊は何をすればいい?」違う男が続けて質問する。
「弓兵や罠の設置、大盾部隊の支援を行ってもらいたい。」
「へっ!裏方かよ。なんだったら俺がその魔獣の首を落としてもいいだぜ?」
明らかに若い傭兵が名乗りを上げる。騎士団の一部の人々は不快な表情を見せる。
がロール隊長は冷静に返す。
「貴殿のような勇猛果敢な若者を死なせるわけにいかんのでな。今回は我々の作戦に従ってもらおう。」
明らかに凄みのある目線を送り、黙らせる。
若者はチッと舌打ちし、それ以上突っかかってくることは無かった。
結局、作戦会議ではそれ以上質問が出ることは無く、決戦日時と集合場所だけを伝えられてお開きとなった。
決戦日時は一週間後の朝、沼から下流にかけて順々に罠を張っていき魔獣をしとめる。
それまでは罠の設置や練習の期間となる。
俺も今の装備では太刀打ちできないことは明白だ。
以前から開発を推し進めていたが、材料や加工場がないために、できなかった魔道具の開発をこのタイミングで進めることにした。はっきり言ってこの装備を作ったところで倒しきれるかどうか、かなり怪しいが、やらないよりはマシだろう。
帝国でダンジョン攻略をしていたころから長い時間をかけて、少しずつ開発を進めていたものだ。
作戦の内容も聞いたので俺も準備のために帰ろうとするとロール隊長に呼び止められた。ロール隊長の後ろには数人の人々がいる。
「すまないなタロウ君、この後、少しいいかの?」
出ようとしていた部屋の扉には両手を開けた兵士がいつの間にか立っていた。
「どうやら拒否権はなさそうですね。」
「できれば穏便にしてくれると大変助かる。」
ロール隊長に続いて、奥の部屋に入る。
部屋の中にはそれぞれの派閥における長を担っているであろう人物達が座っていた。
空いている席に座るように促される。
まるで面接でもしているかのような気分だ。
「ご用件は何でしょうか?」
「こんな時期だ。単刀直入に言おう。冒険者を止めて我が国、専属の魔術師とならないか?」
何となく、そんなところだろうと思ったが、こんなにも直接的だとは思わなかった。
「大変ありがたいお誘いですが、お断りしたいと思います。私にはまだ調べなければならないことがあるのです。」
「勇者伝説だったか?なぜそのようなものを調べている?」
「皆さんは迷い人という存在をご存じですか?」
「あの異世界から、人がこちらの世界に迷い込むと言う物か?まさかタロウ君、君がその存在だというのかの?」
「信じるか信じないかはお任せいたします。私は元の世界への移動方法を調査しております。そして400年前に存在していたと言われる勇者は同じ世界から移動してきていると考えています。」
「だから君は400年前の資料を調査していると言うわけか・・・そうか、ならば引き留めて悪かったな」
なんだ?このような場を設けておきながら、これ以上追求しないのか?
「やけにあっさりと引くのですね。自分でいうのも変な話ですが、俺はそれなりに魔術を使える方ですよ。それにここまで用意しておいて・・・」
「確かに君の実力はとてつもない。しかし、戦というのは個人の実力では左右されるものではない。多くの人間が組織をなし連携をとり一つの生物として機能することでようやく決するものである。・・・特に人と戦う場合はな・・・」
「つまり、突出した実力者が一人だけ居ても連携がとれなければ意味がない。私の経験上、このような形で入ってきた者は連携が取れないことが多くてね。・・・ああ、君に連携力がないわけではないがね。」
タロウの実力はちょっと魔術を使えるというレベルではない。彼自身は自覚がないようだが、戦局を大きく変えるほどの実力だ。色々、政治的に面倒なのだ。特に今はな・・・
ロールは静かに思案する。
「なるほど、それは確信をついているかと思います。これ以上なければ、私はこれにて失礼いたします。」
「ああ、引き留めて悪かった。」
俺は軽く挨拶をして部屋から出た。
部屋の中では残ったそれぞれの長のうち一人が質問を投げかけた。
「それにしても、彼は本当に君がスカウトするほどの実力を持っているのか?体つきを見ても、装備を見ても、とても戦場を激変させるほどの力を持っているようには見えないぞ。」
「ふふ、見た目からはな・・・しかし私はこの目で見た。全てを轟音と共に破壊する閃光を・・・戦闘経験の低さから、まだまだ未熟であるが、鍛え上げれば単騎で魔獣の撃破も可能かもしれぬ。戦争においても、おそらくたった一人で巨大な戦果を挙げるだろう。彼がそれを望むかどうかは別だがな。」
「まさか、それは魔術使いではなく、より上位の存在の魔法使いではないか!」
「術式や魔石の純度に関わらず、自然現象を操り、更にはそれらを組み合わせて新たな現象を作り出すと言われている魔法使いか・・・歴史上、その存在が確認されたのは勇者伝説の中だけだ。各国にいるといわれているが、実際は偽物。彼ならその境地に至るかもしれんないのぉ・・・」
ロールは伸びた髭を優しくなでる。
その部屋の中には得体のしれない恐怖に包まれた、静かな一瞬が流れた。




