アラスオート-4
次の日も朝から探索が、行われる。
と言っても魔獣が、連日現れるわけではない。やはり昨日現れた場所にはいなかった。
しかしいつまでも待っているわけにも行かない。
少数の部隊を組み探索範囲を広げて捜索することになった。
まず牛の魔獣が現れた位置を探ると大きな足跡が見つかった。
足跡をたどると途中で川に差し掛かる。
どうやら川の中を通ってきているようだ。
川は浅いので、あの巨体なら川の中を通ることは可能だろう。
川の中を探索するが流石に足跡までは残っていなかった。
「この川の下流にはアラスオートがある。街の中に魔獣は現れてはいないのだから、必然的に上流側から来ていることになる。よし・・・上流側に広がって探索するか。」
ロールの掛け声により上流側に移動する。
「ここらへんには底なし沼がある。足元に気をつけるのだ。飲まれたら助けれんぞ。」
上流へ来ると確かに広い沼があった。
水は濁りお世辞にもきれいな沼とは言いにくいが、多くの昆虫や水紋が立ち多様な生態を感じさせる。ビオトープとしては立派だ。
沼の周りを探索すると千切れた草木や襲われた動物たちの死骸が至るところに見られた。
「ヤツがいるかもしれん。警戒せよ!」
俺も探査魔術を発動して、警戒を強めるが反応はない。
結局、それっぽい痕跡以外は何も見つけられず夜になり調査を終えた。
テント群に戻った俺達は会議を開く。
しかし重苦しい。それっぽい物を見つけられても決定打には至らないからだ。
「あんなにデカいヤツだったのに欠片も見つからないとは、どういうことだ?」
「草木も倒れていたが妙に少ない気がしたぞ。」
調査した結果をそれぞれに言い合う。
しかし話し合えば話し合うほど相手の異常さが目立つ。あの巨体に似合わず、あまりにも存在感がないのだ。まるで本当に消えてしまったかのように・・・
だがそんなことはあり得ない。ヤツは確かに存在していた。
地面には足跡だって残っていた。
「だれか・・・沼の周りで足跡を見たか?」
俺の言葉に顔を見合わせる。
「合ったぞ。でも確かにとても少なかった。」「そう言えば糞もなかったぞ。」
再び議論は加速する。
今のところの調査だと、魔獣はここら辺から、川を下って下流に現れる。普段の住処は上流側にある沼付近だと思われる。
しかしその沼付近では余りにも痕跡が少なく本当に存在しているのか疑問だった。
ちなみに、さらに上流にも行ってみたが全く何もなく、やはり沼付近に生息しているものと考えられる。
「おーい話は変わるけどよ。こんなもん拾ったぜ。」
そう言って一人の調査隊員が取り出したのは、とある劣化した魔石だった。
「確証はないけどよ。コイツはあの魔獣から落ちた物なんじゃないか?」
その魔石は劣化が激しく、どんな種類なのか言い当てることは難しいが、おそらく水の魔石だと思われる。
水の魔石が効果を発揮するのは水の中だけだ。もしくは俺と同じように変わった使い方をするしかない。
さらに水の魔石はいきなり劣化して出土したりしない。だから一度水の中にできた物が外に出てきたという事だ。
「もしかしてアイツずっと沼の中にいるんじゃないか?」
「それは俺も何となく思ってた。」
何人か同意してくれる人たちがいる。
しかし反論もある。
「おいおい、アイツは牛型の魔獣なんだぜ。いくらなんでも水の中では呼吸できないだろ。」
確かにそのとおりだ。でも今までの経験から、魔獣はなんでもありなんじゃないか、という直感があった。
「まあまあ、魔獣ならなんでもアリだ。明日は沼も調査しよう。」
俺が反論する前にロールが先に話した。
結局、夜も遅くなってきたということで、その日は解散になった。
自分のテントに戻ろうとしたとき、肩を叩かれる。
振り返ってみると、先ほど俺の意見に同調してくれた調査隊たちだ。パッと見だが若い連中が多い気がする。
「なぁ、明日、調査隊とは別行動をしないか?今のままじゃらちが明かない。もっと積極的に色々な場所を探すべきだと思うんだ。」
明らかに飽きが見えたり、焦ったり、過剰な勇気と言うのが見え隠れしている。
恥ずかしながら身に覚えがあるので実感を伴って分かった。
「そう思う気持ちもわかるけど、別れて行動するのは危ない。ロール隊長も明日は範囲を広げて調査すると言ってくれているんだ。無理しなくてもいいんじゃないか?」
「今までだって、そうやって捜索範囲を広げてきたけど、全く成果を上げられていないじゃないか。」
「それは安全を確保しながら捜査しているからだろ。せっかく見つけても死んでしまったら元も子もないしな。」
正直、どれ程分かってくれるかは分からないが、正論をぶつけてみる。
「ちっ!分かったよ。」
予想より、あっさりと引いてくれた。願わくばこのまま落ち着いてくれるとありがたいが・・
明らかに当てが外れたという態度を見せて帰っていった。
しかし、直ぐに俺は後悔することとなる。この時もっと強く静止すべきであったと・・・
次の日の朝、連絡がすぐに来た。
調査隊のうち数人の隊員がいなくなっているというのだ。
朝霧がかかり、少し湿っていたおかげで足跡がはっきりと残っている。
その行先をすぐに追った場所は、例の底なし沼だった。
ロール隊長が選出したチームで追跡することになり、準備をさっさとすまし、出発した。
しかし・・・すでにこと切れた男が一人倒れていた。
胸に大きな穴が開いており、おびただしいほどの血が辺りに散っている。
「遅かったか!」
ロール隊長が悪態をつく。が悠長なことは言ってられない。急いで先へ進む。
進むにつれて血の量が多くなる。もう二人の遺体が近くにあった。
突如、装備していた魔導ランプが強く光る。
間違いない! いる!
草木をかき分け、沼地の開けた場所に出る。
昨日、俺に話しかけてきた男が地面をはいつくばって逃げていた。
どうやら足を怪我しているらしい。
牛型の魔獣は、まるでおもちゃで遊んでいるかの様に、ゆっくりと追いかけ血に濡れた大角で逃げ回っている男を小突いている。
「かかれ!」
ロール隊長の掛け声とともに、一斉に攻撃を仕掛ける。
「目的は討伐ではない。救出だ。無理をせずヤツの気を散らし続けろ。」
特殊矢を放つ。
動いていない相手に矢を当てるのは簡単だ。数本の矢が魔獣の体に突き刺さる。
矢の効果が発動し、牛型の魔獣に紫電が走る。しかし魔獣は動きを止めてこちらをただ見つめている。
「全く効いてないってか。化け物め!」
やはり魔獣は強力だ。複数の電撃を食らっているはずなのにピンピンしている。
しかも、今の攻撃で牛の魔獣は狙いを変えた。俺の方に・・・
「まずい・・・」
次の瞬間には直感に従い、真横に飛んだ。
「あっぶねぇ~」
牛の魔獣が高速で突進を繰り出し、それまで立っていた場所の地面はえぐれ、後ろにあった木は半分に折れていた。
次は風の魔術を発動し、自分を吹き飛ばそう。あんな突進を一発でも食らってしまったら、即死するだろう。
かなり魔素を消費してしまうが、出し惜しみは無しだ。
俺に突進するようになったことで、目的の気をそらすことには成功した。
辺りを見ると怪我をしていた若者は2~3人に引き連れられて戦場を離脱している。
「うおおおおおおおおおおーーーーーー。」
雄々しい叫び声がしたので、牛型の魔獣に向き直るとロール隊長が切りかかっていた。
ロール隊長はいわゆる大剣と呼ばれる両刃が付いた剣で、魔獣の後ろから切りかかる。
魔獣は咄嗟に振り返りその大角で受け止める。
衝突の瞬間、辺りに爆音が鳴り響く。牛型の魔獣は足が、沈み込み押さえつけられる。すごい・・・
しかし身の丈ほどもある大剣をもってしても角は折れていない。どころか押し返すところだ。力は拮抗している。
両者は、はじき返したり、撃ちなおしたりと一進一退の攻防をしている。しかしこのままではじり貧だ。
あの魔獣をもっと封じ込めることはできないだろうか。
そんなことを思っていると、以前潜ったダンジョンで、使った技を思いつく。
・・・あれしかない。
考えたことを実践しようとして顔を上げると魔獣がこちらを向いていた。風の魔術を発動し、高速で風を吹き出すことで反力を得る。
強力な力を受け真横へ移動する。
おかげで安定感を持って回避した。
魔獣は勢いあまって沼の中へ突入した。あそこは底なし沼だ。しめた!あれなら・・・
儚い希望は小規模な爆発と共にかき消された。どうやって浮いているかは分からないがブクブクと泡が浮き上がった後、爆発が起こったのだ。
魔獣は沼の中を速度を変えず、もう一度突進してくる。
それをロール隊長が凄まじい剣捌きでいなす。
「タロウ君、大丈夫かい?」
イアンが駆け寄ってくる。
「頼みがある!これをあの魔獣のまわりにばらまいてくれないか?、その後はできる限り離れてくれ!」
ポーチから大量の光の魔石を取り出した。
「分かった。」
イアンは俺から大量の光魔石を受け取り、投げ飛ばしたり置いたりして、辺りへばらまく。俺も特殊矢を辺りに打ち込み、仕込みを済ませる。
ふたてに別れて準備したので、すぐに魔石を巻き終わり、大声で叫ぶ。
「ロール隊長!離れて!」
俺の声と共にロール隊長は魔獣を、強く弾き飛ばす。と同時に後方へ大きく飛んだ。
それを確認し、俺は光の魔石を掲げ、大出力で雷の魔術を発動する。
持っている魔石から大量の電撃が漏れ出し、辺りにちりばめた光の魔石に伝播した。電撃は地面に流れることなくちりばめられた魔石から魔獣に流れる。
魔石に溜まった魔素が電気に変換されて、魔獣に流れ込む。
目の前が青紫色の幾何学模様の光で染まり、かなりまぶしい。
不思議とダンジョンで使った時よりも威力が高い気がした。
出し惜しみをせず、体の中にある、全ての魔素を消費する勢いで、電撃を発動する。
激しい雷鳴と共に空気の焼けるにおいと衝撃波が伝わってくる。
やがて閃光が収まり魔獣の周りの周りは黒焦げ状態となる。
「す、すごい・・・」「何たる威力だ・・・」
近くにいた人々からそれぞれ、ぽつりと言葉が返ってくる。
中心では黒っぽくなった牛型の魔獣が立っていた。あれを食らってもまだ立っているのか!?いや・・
魔獣はゆっくりと膝を崩しその場に倒れこむ、まだ息をしているから完全には倒せていないが、かなりのダメージを与えられたと思う。
しかし、こちらも大量の魔素を消費してしまい、肩で息をしながら、その場に倒れこんでしまった。




