アラスオート-3
ようやく日が見え始めたであろうかという時間に武装した集団は、川の近くに来ていた。
アラスオートに来る前、一度通った川だ。
ここが一番目撃例が多い。どうやら霧が濃いほど、出現率が高いらしい。
あの時と同じ、濃霧が発生している。
風を読み、霧が自分たちに掛からない位置に移動した。
日がさらに上ると風下側では濃い霧がゆっくりと移動していた。
この霧の中では視覚を頼って魔獣を探すのは難しいだろう。
ならば探査魔術だ。
俺は探査魔術を発動し、霧がある方向に向かって、電磁波を飛ばす。
見えている部分はあらかた調査するが特に何も返ってこない。
「う~ん。やっぱりこれだけ霧が濃いと何も見えませんね。」
隣で望遠鏡をのぞいている男が唸る。
この男は今回の調査隊に加わっている一員だ。
普段は情報屋と冒険者を兼任していて、未踏破のダンジョンに入り、内部の地形や鉱石の情報を売っているらしい。
今回の調査隊はこういった情報収集に長けた数人のチームで構成されている。
イアンと言うらしい。話してみると明るく気さくな男だ。
誰でも話しかけやすいタイプの典型だな。
彼の言う通り、今のままでは何も見つけられないだろう。
俺の探査魔術も範囲が広すぎるし距離が離れすぎていて精度が悪い。
できるならばもう少し近づきたい所だが、しかし近づくということは・・・
「これ以上は近づく事は許さん。もしも奴が現れた時に逃げ切れない。」
一緒に探索に加わっていたロールさんが命令する。
ではどのようにするのか・・・ロールさんたちが用意した作戦は非常に単純なものだった。
使うのは爆発物だ。
アラスオートの主要な産業は魔石採掘だ。アラスオート内部や付近のいたるところに元ダンジョンや魔石の鉱脈があり、様々な種類の魔石が採掘される。
その採掘で爆薬を使っているそうだ。いわゆるダイナマイトである。
おかげで爆発物のノウハウがたっぷりあり、爆発のタイミングや規模をコントロールし濃い霧だけを吹き飛ばせるらしい。
「よし、投げろー!」
ロールさんの掛け声に合わせて、調整されたダイナマイトが投的機で投げ込まれた。
想定通り霧の真上に到達したダイナマイトは小規模な爆発を起こし辺りの霧だけを吹き飛ばす。こんなことをしていたら魔獣を刺激して逆に襲われるのではないかと思うのだが、それを訪ねた時、”そうなったら走って逃げる”とかなり脳筋なことを言われた。
大丈夫なのだろうか・・・
広く霧が晴れ、川や周辺の地域があらわになる。しかし特に変わったものはなく、再び霧に包まれた。
これを数回繰り返したが、めぼしい物は見つけられなかった。結局その日は何も見つけられず終了した。
しかし、足跡すら見つけられないとは・・・聞いた話だとかなり大きいらしいが、そんな生物の痕跡が一つも残ら無い、なんてことがあるのだろうか?
その日の夜、キャンプ地でイアンと話していた。
彼の実家はそれなりに大きい商家だったらしい。
若気の至りで実家を出て冒険者になったがその難しさに挫折。
露頭に迷っていたが幸いにも情報収集能力があったため、情報屋として歩んでいくことになった。
彼の半生を焚火の火をいじりながら聞いていた。しかし年齢的に限界を感じ引退して家業を継ぐというのだ。
「貴方の話を聞いていると実家とは一悶着あったように聞こえたが?」
「あはは、恥ずかしい話だよ。冒険者をやめた時にどうしても食べる手段が無くてね。その時に和解したんだ。今では情報屋として得た情報を実家にも流して使ってもらっているよ。これからは情報屋と商業で二足の草鞋だね。」
「そうなんですね。でも、それなら今回は絶対に勝たないといけませんね。」
「そうだね。まあと言っても私は情報を集めるだけで戦うわけではないがね。そうだ勝利した暁には私の実家に来てくれ。こんなおじさんの話を聞いてくれたお礼に安くするよ。」
「それは良いですね。それならなるべく早くケリをつけて商品を見てみたい。」
「それにしても魔獣はどこにいるのだろうね。君が来る前から、調査をしているが、まともに姿を確認したのはたったの一回だけ、それも霧に入っていく後ろ姿を確認しただけ。まるで幽霊でも相手にしている気分だよ。」
「相変わらず無茶苦茶な生物ですね。魔獣と言うのは」
見つからない魔獣について談笑する。本当に魔獣なんているのだろうか?
次の日、霧が晴れていたので、川の周辺を探索すると、やはり足跡などは無く新しいものは見つけられなかった。
こんなことを繰り返し、数日が過ぎる。
また霧がかかった日、そいつは突如として現れた。
その日は特に霧が濃かった。俺はいつもと違う雰囲気を感じていた。何となく肌に貼りつくような、引っ張られる感覚があった。
魔術使いだからだろうか?すぐに直感した・・・いる!
川から離れたほんの少し高い場所から、探査魔術を発動する。ゆっくりとなぞるように視界に入る範囲の端から端まで調べる。
ちょうど目の前。アラスオートに来た時に通った橋が架かっている所。ちょうどその場所から強い反応があった。
俺はロールの方を見る。
ロールもこちらを見ていた。俺は無言でうなずき、その存在を示す。
濃い霧を吹き飛ばすため、投的機にダイナマイトをセットする。
橋から離れているこの場所から、投的機によって放たれたダイナマイトはちょうど橋の上で爆発し辺りの霧を吹き飛ばした。
現れた生物は、やはりこの世の生物とは思えないいで立ちをしており、一目で魔獣であることを示していた。
「あいつが・・・今回の標的・・・」
魔獣は基本的に牛の体を持っていながら、とてつもなく太い足を持っており、魔石で作られている蹄や一対の角は鋭くとがっていた。
胴体は筋肉に包まれているようで、メリハリがはっきりとしている。更に体のいたるところに色鮮やかな魔石が露出しており、まるで鎧のようになっていた。
その魔石は、一瞬だけ晴れ、差し込む太陽光を反射したり透過して、よりその姿を神々しく目立たせる。
橋のちょうど膨らんだ場所に立つ姿は雄々しく、とてつもない存在感を示し畏れを抱かせる。
思わず見とれてしまっていると背後から勢い良く体を引っ張られる。
「何をしている!早く逃げるのだ!」
ロールたちは瞬時に退却を始めていた。
調査は元々、魔獣の姿や住処を調査することが目的で討伐はしない。
姿を確認したら、無駄な損害を追わないために退却することを事前に決めていたのだ。
我に返った俺も、全力で走り皆に続く。
一瞬後ろを振り返ると魔獣と目が合った魔獣はこちらをじっと見ているだけで特に何もしてこないように見えた。
瞬間、橋の上で土煙が上がったと思うと、魔獣の姿を見失った。
爆発音が響く。置いてきた投的機に牛の魔獣が突進を繰り出していた。激しい衝突音を背後に感じながら全力で走った。
投的機は一瞬にして破壊され、粉々になる。その後、魔獣はお腹に響くような重厚感のある唸り声をあげた。
聞こえてくる唸り声に冷や汗を流れる。
しばらく走っていると、調査隊メンバーは誰一人かけることなく、逃げ切ることができた。かなりの距離離れていたおかげだろう。
「良し!けが人はいないな!さっそくで悪いが姿を見た者達で情報を合わせたい。ワシのところに集まってくれ。」
ワラワラと人が集まり自分が見た物を絵や特徴に写していく。
やがて先程見た、立派な牛型の魔獣ができあがった。
体長が5~6メートルほどあり特長的な前面に突き出した二本の角がある。
誰もがその姿に固唾を飲む。
はてさてどのようにコイツを倒すのだろうか?・・・そもそも倒すことは可能なのだろうか?
それからどうやって倒すのか話し合いが始まった。次第に話し声が大きくなり議論が活発になる。
「足元に縄を仕掛ければ、ヤツの動きを止められるのでは?」「おいおいあの太い足だぜ、そんなんじゃ、ちぎられちまうよ。」
「じゃあ、突進される前に倒しちまうとか?」「どうやって魔石だらけの体に攻撃をとおすんだよ。」「そもそも、あの突進はどうすれば・・・」
議論は白熱するが全く何も決まらない。今回分かったのは姿だけだ。何も決まらないのも当然か。
頃合いを見てロールさんがまとめにはいる。
「皆のも落ち着かんか!今回は姿を確認できただけだ。調査は今後も継続して行う。当面はあの突進を止める方法を見つけるのだ。よいな!」
という事で調査は継続され、今日のところは休みになった。
「タロウ君!」
魔獣が現れた場所から離れた場所に作られたテント群で休もうとしていると名前を呼ばれた。
イアンだ。
「せっかくだ。一緒に食事をとらないか?」
特に断る理由もないので誘いに乗ることにした。食事をとってしばらくした後・・・
「それにしても驚いたな。あれが魔獣か・・・」
「魔獣を見たのは初めてですか?」
「ああ、いままでは後方で情報集めを生業としていたからな。魔獣の痕跡を集めたことはあっても魔獣を見たことは無かったんだ。」
「じゃあ、どうして今回はこんなリスクのある調査隊になんて参加したんですか?」
「なんてことはない。この仕事をたたもうと考えてたんだ。そのためにまとまったお金が欲しくてさ。今回の依頼は危険な分、報酬が良い。これだけあれば実家に帰った時、手土産になるだろ。」
そう言いながら立ち上がった。
もう夜も更け寝る時間だ。明日も朝早くから調査だ。
「ちょうど家族も増える賑やかになるね。」
「お子さんがいるのですか?」
「ああ、しばらく前に分かってね。今では結構お腹が目立ってきているよ。それに結婚の祝いをあげられてないからね。帰ったら式を挙げるつもりなんだ。」
・・・そんな分かりやすいフラグを立てなくても・・・
「と、とにかく相手は早いです、いくら情報のためとはいえ安全第一なるべく遠くから観察しましょう!」
振り切るようにまくしたてる。
「あ、ああ、わかった。それじゃ、お休み。」
一抹の不安を抱えながらその日は過ぎていった。




