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六話目 足りないのはテンパり感

 先週の敗戦は忘れたわけではないけど、今日はきっと間違いなく勝つという自信を持って部活に来た。

 今日の作品はキュンはある、そして実地は不可能! 今日のキュン度合がどれくらいのものかは副部長の判定にゆだねるしかないが、実地は絶対にできまい。

 副部長の反応を考えると、頬が緩む。ついでに何で最初からこれを思いつかなかったんだろうと自分の想像力の乏しさに悔しさは覚える。

 でもいい。今日は間違いなく勝てる! それに、またテーマの変更を告げられたら、同じテーマで書き続けるのも必要だと主張することにしている。これでしばらく私は副部長のからかいを逃れられるはずだ!


「読んでください」


 私は意気揚々と作品を副部長の前に置いた。


「北原。先週と同じテンションだけど大丈夫か」


 寧ろそのテンションの高さを副部長に疑われたらしい。


「ええ。副部長が砂糖吐けるようにキュン度数上げて来ましたから」

「何だそのキュン度数って」


 呆れたような副部長に、私は大きく頷く。


「キュンキュンする度数です」

「それは流石に分かるわ。……まあいいや」


 はぁ、となぜかため息をつかれつつ、私の作品は副部長の手に取られた。

 私は今回の作戦勝ちに心躍って、にじみ出るニヤニヤが止められそうにもなかった。




「……まあ、先週よりはマシだな」


 私の作品を持ったまま、副部長が私を見る。


「ですよね」

「ニヤニヤすんな北原。マシだってだけで、いいとは言ってない」


 そうか。まだまだキュンは副部長基準には達さないのか。でもまあいいや。私が手を抜いてないって認められたみたいだし。これで副部長の文芸部慰留はできたし、今日は実地もあり得ないし、私としては大満足だ!


「……北原さ、何でこのテーマにしたんだ」


 おっと。まさかのと言うか安定のテーマ駄目出し!


「えーっと……」


 まさか正直にこれなら実地にならないと思ったとか言えないし……。


「思いついたんで」


 とりあえずそれでいいだろう。思いついたことに間違いはない。


「これさ、好きな奴から電話が突然かかってくるんだろ」


 私の作品は副部長のうちわ代わりになったらしい。まあいいけど。


「はい。その時のキュンとする感じを表現してみたんですけど」

「……北原、実際にこの場面を体験したことは」

「ありませんけど」


 あるわけないし! 副部長だって分かって聞いてるでしょ! ニヤっと笑っちゃってさ。


「……例えばさ、クラスメイトの男子から電話来たりとか……あるだろ」


 ないわけないよね的な感じで聞いてくるけど、ないですけど何か?


「それで今回のは何が足りてないんですか」


 特に返事をする必要も感じず、私は副部長に先を促す。大体副部長が言い出すのは、何かが足りなって話なのだ。今回はいやにまどろっこしいな。


「テンパり感だな」

「テンパり感。……あの副部長、お言葉ですがいちいち○○(まるまる)感って“感”つけるの必要ですか」

「揚げ足取るなよ」

「はぁ」


 どうやら私は黙って聞くしかないらしい。


「急に電話来たら、え?! ってテンパらないか」


 ……なるかな?


「さぁ」


 私は体験したこともないので首をひねるくらいしかできない。


「……北原意外に冷静なのか」

「意外って何ですか。クラスメイトの男子から電話とかないんで体験しようもないんですけど。でもそう言うってこうとはあれですか。副部長はクラスメイトの女子から電話が来たらテンパるわけですか」

 

 私の問いに、副部長は肩をすくめてうちわ代わりに私の作品であおぐと、するっと手から私の作品を落とした。あ、と慌てて床に落ちた紙を拾おうとしているけど、なかなか拾えないらしい。……予想外に副部長は動揺したらしい。マジか。


「副部長、私をあれだけ散々からかっておきながら、クラスメイトの女子から電話がかかって来るだけでテンパるんですか」

「そんなわけないだろ」


 いや、紙がなかなか拾えないからって、その切羽詰まった返事、そんなわけあるでしょ。

 ひらひらと私の作品に着いたかもしれないごみを落とすと、副部長は私の作品をテーブルに置いて私を見た。さて、副部長はどんな言い訳をするつもりだとワクワクしてしまう。

くー! こんな時副部長の前髪が邪魔でどんな目してるのか分からないのって、表情読みづらくてマイナスポイントだ! いや、いつもはご尊顔はお納めくださっていて結構ですけど。


「北原、スマホ出せ」

「副部長、正直にお答えください」


 何だスマホ出せって。逃げるにもほどがある。


「いいから。北原には実地が必要だ」


 副部長は私に向かって手を出す。完全に逃げてるし。でもいいもーん。こっちには秘策があるんです!


「スマホはありません」

「……北原、いくら学校がスマホ禁止してるからって、馬鹿正直に持って来ないのお前くらいだぞ。……自分の番号くらい覚えてるだろ。言え」


 ふふふふふ。分かってないなぁ。


「本当に持ってないんですって」


 は? と副部長が首をかしげる。


「……今時そんなわけあるか」

「今時そんなことあるんですよ。うちの親、意外にかたくてですね。学校が禁止してるものを持つ必要はないって、スマホどころか携帯電話も持たせてくれないんですよ」


 高校入学前にそんなこと言われた日には、散々文句を言ったわけだけど。今ほどそれを感謝したことはない! これを思いついた時、私って天才! うちの親サイコー! ってちょっとだけ思った。……まあ、スマホを持たないがゆえにクラスに打ち解けられない部分が多少あるからして、本当は今でもスマホ買って欲しいんだけど。


「嘘だろ」

「本当です。私の友達に聞いてもらってもいいですよ。何ならクラスメイト全員に聞いてみてください。私がスマホどころか携帯も持ってないって、みんな答えますから」

「マジかよ」


 わしゃわしゃと自分の髪をまぜる副部長は、まさかの事態に戸惑っているらしい。ハハハ、思い知ったか!

 だから今日の話は実地が困難なのだ! 何せ、私の書いた場面はスマホに好きな男子から電話がかかってくる場面だからね! ひゃっほい!


「道理で、ニヤニヤしてたわけか」


 私がニヤニヤしていた理由にようやく思い至ったらしい副部長は、大きくため息をついた。私はニヤニヤが止まらなくて仕方ない。初めて副部長に勝った! 完全勝利だ!


「でも、これも書き直しな。テーマは変えろよ」


 ふふふ。これも想定済みだ。


「副部長、お言葉ですが、毎回毎回テーマを変えてたら、上達するものも上達しないと思うんですよ。同じテーマで副部長が満足いくくらい書けたら、次のテーマって方が建設的だと思うんです」


 よし、練習してきたセリフばっちり言えた!

 即座に却下されるかと思いきや、副部長はうーん、と唸った。


「北原がスマホを持ってない時点で、このテーマを続けるのはどうかと思うけど………まあ、一理あるな………いいぞ。来週もこれで」


 よし! 今日は本当に完全勝利だ!

 小さくガッツポーズをする私を副部長は呆れたような目で見るけど、気にしない! だって完全勝利!

 さて、来週もスマホでキュン、だな………あれ、副部長のダメ出しポイント何だったっけ? ま、いっか。


 *


「由以子」


 トントン、と部屋のドアが叩かれて、私は勉強していた手を止める。


「何? お母さん」


 かちゃり、とドアを開けたのはお母さんだった。

 お母さんが部屋に来た理由に思い至らなくて、私は首をかしげる。


「同じ部活の畑下さんって先輩から電話よ」


 畑下、という名前がピンと来なくて反対側に首をかしげると、お母さんがため息をついた。


「副部長さんでしょ」


 おう、副部長! そう言えばそういう苗字だったかも! というか何で自宅に電話かけてくるわけ?! うちの番号なんて知るわけないのに!


「えーっと………いないって言って」


 てへ、っと首をかしげて見れば、お母さんが明らかに怒った顔になった。


「由以子、お世話になってる先輩の電話取らないって一体どういう了見なの」

「ちょっと言ってみただけ! えーっと、子機じゃないの」


 お母さんの手には何もなくて、それで言われないと用件が分からなかったのだ。


「何の話をしてるか分からないとお母さんも不安でしょうから、部屋に持って行かなくていいですよって。ほら、さっさと電話に出て」


 ……副部長。実地するんじゃなかったのか。何でわざわざ親機なんだ。……親が聞いてると思ったら悪態もつけないじゃないか!


「分かった。出る出る」


 私はお母さんの視線に追い立てられるように部屋を出た。


「もしもし、北原ですけど」

『北原んちに電話してるんだからそうだろうな』


 く! 絶賛副部長だ!


「何の用ですか」

『電話が来たって聞いて、ドキッとしたか?』

「しませんし、寧ろぎょっとはしましたけど」


 お母さんの耳に届かないように声を潜める。


『ぎょっとって……。先輩に対してそれはないと思うけど』


 だって事実だし。


「用事ってそれだけですか」

『ああ、テーマな。確かにそのままでいいって言ったけど、変えてもいいぞって言おうと思って』

「……そのためだけに、どこからか個人情報を得たわけですか」


 文芸部では部員の連絡先など集めていない。だから、私の連絡先が漏れるとすれば、顧問経由で副部長が何らかの理由をつけて、私の家の電話番号を聞き出したくらいしか思いつかない。


『来週だからな』

「……テーマは変えませんよ。精々副部長からこうやって家に電話があるくらいですよね」 


 確かに電話があったことにはぎょっとしたけど、これくらいなら痛くもかゆくもない。


『そうか? まあ、気が変わっても別にいいからな』

「はぁ」


 私の気のない返事に、副部長はクスクス笑う。

 ……別に笑うところでもないと思うんだけど。


『じゃ、またな』

「はい。わざわざありがとうございました」


 腑に落ちない気分で電話を切ると、お母さんが近づいてきた。


「いい先輩じゃない」


 どうやら短時間の電話で、副部長はお母さんの信頼を獲得したらしい。……なぜだ。


「ま、そうかな……」


 否定もしないが肯定もしたくない。


「由以子、携帯電話が欲しいって言ってたわね」


 なぜいきなりその話?


「携帯電話って言うか……スマホが欲しけど」

「ガラケーでいいと思うんだけど……まあいいわ。由以子なら大丈夫でしょ。スマホ買ってあげるわ」

「え? スマホ……買ってくれるの」


 私は驚きでお母さんの顔を凝視する。


「畑下さんが、学校で禁止されてるけど、先生も取り上げたりはしないし、寧ろ最近は物騒だから連絡手段あった方がいいですよって言ってたのよ。確かにそうかもしれないって思って」


 おう、副部長! 何用かと思ったけど、ナイスパス!

 何だ、めっちゃいい先輩だね! 今までのことを水に流してもいいかな、って思うくらいには!


「じゃ、明日買ってきておくから」


 わーい! 連絡手段ができた!


 *


 翌日、渡された真新しいスマホをいじっていて、驚愕の事実を知る。

 電話帳に既に入っていた連絡先が四つ。

 家電、お父さん、お母さん、そして副部長! 

 電話帳に既に入っていると言うことは、逆も然り。私の連絡先も副部長にばれてるってこと?!

 私はそら恐ろしくて、小説のテーマを変えることにした。

 そして、次の週まで、副部長からの電話が来ないか、戦々恐々と過ごすことになった。

 着拒? そんなことできるわけないし! だってお母さんがかんでるんだよ!


 完全勝利と思えたのは一瞬だった!

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