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五話目 足りないのは恥じらい感

 そう言えば、前に副部長と手が触れた時、まるで汚いものに触ったみたいな感じで手を引っ込められたことがあったのを思い出した。

 あの時は自意識過剰な人だな、と思ったけど、あの行動の理由は、女子と触れたら鳥肌がたつ、ということが原因だとすれば、納得はいく。私と触れても鳥肌が立たないと理解したからその後はそんな反応も示さなくなったんだろうと理解した。


 ともかく、女子に触れると鳥肌が立つという難儀な呪いがかかった副部長は、きっと一生女子とイチャイチャすることが叶わないだろう。不憫だが、どこかざまーみろ的な気分が沸き上がってくるのは、きっと最近からかわれ続けているせいだ。

 この間はしつこい女子がいるかもしれない部室に戻る時、致し方ないとは言えなぜか恋人繋ぎで部室に入ることになった。だけど部室の中はもぬけの殻で、私は速攻手を振り切った。

 そしてダッシュで帰った!

 文芸部なのに最近瞬発力を鍛えている気がする。

 そして寝不足。私の高校生活、文芸部に支配され始めてるかもしれない。


「ゆい坊。どうしたのさ。寝不足?」


 昼休み、ご飯を食べ終わって机に突っ伏していると、トイレから戻ってきた綾が話しかけてきた。だけど、私は簡単に顔を上げられなかった。眠すぎて。


「勉強ばっかりしてると青春終わっちゃうよ? 夜更かししてまで勉強するんじゃありません」


 綾の言葉に、私はのっそりと顔を上げる。


「勉強違う。部活で小説書かなきゃいけなくて……」


 あふ、とあくびをすると、綾が大きなため息をついた。


「何このクマ。美容に悪いよ」


 綾が私の下まぶたを突っつく。


「だから、小説書いてて眠れなくて」

「……一体どんな壮大な小説書いてるわけ」


 私は首をゆるりと横に振った。


「私のノルマは短編だよ」

「……それで夜更かし」

「なかなかテーマが決まらなくて」


 だって、下手なテーマにすると………副部長の実地があるかもしれないのだ! 下手なことなんて書けるわけない! そんなこんなでこの一週間、テーマが決まらず、結局先週と同じく前日の夜に更かしする羽目になったのだ。だがお陰で妙案が浮かんだ!


「……へぇ。そんなことより、ほら、竹口先輩がサッカーしてる」


 明らかに私の話に興味を失った綾が、グラウンドを指さす。イケメンハンター綾の最近の一押しは竹口先輩なる二年生らしい。既にテニス部部長熱は冷めたらしいけど、テニスが案外楽しいとテニス部は続けている。平和で何よりだ。


「さいですか」


 私だって興味はないので、気のない返事になるのは仕方ないだろう。


「竹口先輩はその存在自体がかっこいいの」


 私の返事は関係なさそうに、うっとり、という感じでグラウンドを見ている綾は、本気だ。


「そっか。良かったね」


 このイケメンハンターの趣味だけは理解できない。なので、とりあえず話を聞くだけに留めている。


「あれ、誰?」

「あれって?」 


 私は綾の指の先をたどる。そこにはどうやら綾一押しの竹口先輩と一緒にサッカーをやっているらしい副部長の姿があった。なぜ分かるかって? 絶賛あのぼさっとした髪型をしてて、どう見ても他の人たちの爽やかそうな髪型の中では浮いているからだ。


「あ、あれは文芸部の副部長だよ。何で?」


 イケメンハンター綾の口から副部長の名前が出たことなど聞いたことがなかったんだけど。もしかして、イケメンハンターのセンサーが動いた?


「サッカー下手。数合わせなんだろうけど、もう少しやる気出してほしいんだけど。竹口先輩のチームだよ」

「いや、私に言われても」


 単に竹口先輩のデメリットになっていると訴えたかっただけらしい。でも、私に言うだけ無駄だからね?


「唯一の部員なんでしょ。注意してきてよ」

「なんて無茶ぶり」

「ほら、行ってきて」

「寝させて。午後眠くなったら困るし」


 とりあえず放課後までに英気を養って、不測の事態に備えないといけないから! ……一応授業のこともあるし……。


「仕方ないな。じゃあ、部活の時注意しといてね」

「できるか」

「何でできないかな……」


 ブツブツ言ってるこのイケメンハンター綾がこの超進学校で学年一位とか、未だに信じられない。なんでこんなにイケメン探しに躍起になっときながら学年一位を維持してるのか、本当に謎だ。


 *


「北原、何でこれで自信満々で出せるんだ」


 絶賛もっさり前髪の副部長のため息とともに、私の作品はテーブルに載せられた。


「駄目ですか」

「どう考えたって駄目だろう。全然キュンとしないね」

「……そうですか」


 まあ、自信満々だったのは、既にこの作品がキュンとするかどうかじゃなくて、副部長に勝てる、という意味で自信満々だっただけだしね。目的がすり替わっているのは重々承知だけど、何せ副部長に二連敗しているのだ! この一週間悩みに悩んで出た結論は、今回こそ副部長に勝つ! だった。

 だから内容が駄作だと罵られたって……構わない!


「好きな人と手がちょっと触れて、ってところがキュンとする場面なわけでしょ」

「はぁ、まぁ」


 はっきり言って、キュンとしなくても大丈夫!


「何て言うか……恥じらい感が足りないよね」

「……恥じらい感、ですか」


 思いもよらないワードを提示されて、私は首をひねる。


「……北原には難しいか」


 副部長、何でそんな哀れんだような声を出されるんでしょうか。


「そんなことありません。私にだって恥じらいはあります」


 恥じらいはある。今回の話には全く必要性を感じないけど。


「うーん。……そうだ、そこの棚にある一番上の右端の小説取って」


 どうやら参考にできそうな表現があるのか、副部長が私の後ろにある棚を指さした。

 どうやらこれがその小説らしいと副部長に差し出せば、手を伸ばしてきた副部長と指が触れた。少し、ドキっとする。


「……ほらな。全然恥じらうことがない」


 副部長はそう言って、はぁ、と呆れたような声を出す。私がわざわざ取った本は、そのままテーブルに置かれてしまった。どうやら触れた時の反応を見たかったらしい。触れたって動揺しないってわかってたからこのテーマにしたんだしね! ……ちょっとだけドキっとしたのは、きっと気のせいだ。

 思いついた時、今日こそは副部長に勝てる! って思ったんだから。


「お言葉ですが副部長。そもそもそのシチュエーションでドキッとするのは相手に好意を持っている場合だと思うんです。だから、私が副部長の手に触れたって恥ずかしがることもないですよね」


 どうだ! と私は副部長に突きつける。副部長に触れたことは過去に数度あったけど、私は何も感じたことはなかった。だから、今回これなら副部長に勝てる! と自信を持って挑んだのだ!


「まあ、そうだろうけどさ、相手に触れてどんな感じを受けるかって、読んでる人間が共感できる表現がなきゃキュンともしないだろ。それがそもそも抜けてるよな、コレ」


 今日の主なる目的は副部長に勝つことだったからなぁ。酷評されたって、副部長に勝ったという事実の前では、特に痛くもかゆくもないと言うか。


「そうですか」


 でもとりあえず従順なふりをしてみる。今日は勝ったから機嫌はいいぞ!


「先週までの方がまだやる気が感じられたけどな」


 そりゃそうだろう。先週までは辛うじてキュンとする話を書こうと努力していた。今日の努力は、いかに副部長に勝てるか、という部分に注いだから!


「はぁ」

「北原、今日全然やる気ないな」


 副部長が首を横に振る。


「ありますよ? 何でですか?」


 やる気はある。主に違う方向に!


「コレ、キュンとさせる気がそもそもないだろ」


 副部長がそう言いながら私の作品をトントンと叩くことに、ぎくりとする。

 どうしてバレた。


「そんなことは……」

「あるだろ。大体な、北原の考えそうなことは分かるんだよ。どうせ、俺に動揺させられてるから、動揺されないようなテーマを選んだんだろ」


 どうしてバレた?!


「そんなことないですよ」

「北原、人間が嘘つく時の癖って、知ってる?」


 副部長が頬杖をつく。どうも前髪の奥にある目にじーっと睨まれているように感じる。


「知りません」


 慌てて否定してみるけど、これは寧ろ肯定になる? というか、副部長は何でそんなこと知ってるわけ!?


「ま、これはやり直し。勿論テーマは変えること! 次こんなやる気のないことしたら……俺、文芸部辞めるから」


 それは困る! 文芸部が一人になって部活存続の危機だ! この部室が取り上げられる!


「すいませんでした! 次はきちんと書いてきますから」


 慌てて謝罪する私に、副部長がニヤリと笑う。


「分かったら二度とするなよ」


 ……何だろう。試合に勝って勝負に負けた、みたいなこの感じ。

 副部長に勝ってたはずなのに……ものすごい敗北感が………。


「さて、帰るぞ」


 颯爽と立ち上がった副部長と違って、私はのろのろと立ち上がる。


「ところで北原」

「何ですか」


 立ち上がってカバンに作品を入れると、窓を閉めた副部長を見る。


「またクマひどいことになってるぞ。変なこと考えて夜更かししないで真面目にキュンとする話書けよ。砂糖吐くぐらいのな」


 壁に寄りかかった副部長が、自分の目の下のあたりをトントンと叩く。


「じゃあ、色々実地でやろうとしないでくださいよ」


 だから今日こんな結論に至ったんだから!


「でもな、北原の作品リアリティが足りないんだよ」


 ぐぬぬ。なんて正直な! でもね!


「だからって、そんな手伝いいりませんから」

「俺は北原のためを思ってだな……」

「絶対からかってるだけですよね」


 噛みつく私に、副部長はクククと楽しそうに笑う。ほら、やっぱり!


「帰ります」

「あ、北原」


 その呼びかけに嫌な予感しかしなかったけど、辞めると脅されたら厄介だと一応振り向く。


「何ですか」

「髪に何かついてるぞ。右耳の横」


 へ? と私は右耳の横の髪をすいてみる。肩までしかない髪はすぐに指から抜けるけど、何もついては来なかった。


「取れてないし」


 クスリと笑う副部長が近づいてくると、俄然私は身構えた。


「自分で取れますから」

「分かってるよ。電気消すだけ」


 私の横をすり抜けて行く副部長にほっとして私はまた髪をすく。でも、やっぱり何も取れなかった。


「取れないんですけど」


 スイッチの横に立つ副部長に問えば、副部長が自分の右耳より少し下のあたりを指さす。

 もう一度髪をすいてみても、何も取れない。


「副部長、まさかまた私をからかってるだけとかないですよね」

「ま、そう思うならそれでいいんじゃない」

「……すいませんでした。……まあいいか。帰ろ」


 私はいくらやっても取れそうにもないものを取るのを諦めて、帰ることにした。


「おい、北原。謝るくらいなら取って帰れよ」

「特に支障もないですからね。あ、電気消してもらって大丈夫ですよ」

「……北原、お前に足りないのは恥じらいと女子力だな」

「副部長、お言葉ですが、私には不要かと」   

「それで恋愛小説書こうとしてるとか、おかしくないか」

「副部長、お言葉ですが、恥じらいと女子力は自分に不要だと分かるくらいにはその二つがどんなものかは知ってますから」

「屁理屈だな」


 副部長のため息とともに部屋の電気が消えた。


「じゃ、帰ります」


 私はカバンを持つとドアに向かう。

 ドアのノブに手を掛けると、するりと触れた手が私の右耳に私の髪をかけた。


「取れたぞ」


 目の前に出された紙の破片よりも、急に触れられた感覚にドキリとして私の動きは止まった。


「どうした、北原」

「急に触ってこないでくださいよ! びっくりするじゃないですか」

「おお、いい傾向だな」

「何がですか」 

「触れられてドキッとしたんだろ」


 言い当てられたことにムッとしてしまう。


「誰だってそうなりますよ! 取ってもらったのはありがたいですけど、取るなら取るって声掛けてください」


 私が言い返すと、副部長はクスクスと笑い出した。

 笑い事じゃないんだけど!


「お先に失礼します」


 私は恥ずかしさを紛らわすためにドアを勢いよく閉める。

 今日は勝ったと思ったのに!

 三戦全敗って!

 ……次こそは勝つ!

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