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四話目 足りないのはドキドキ感

 文芸部の部室の前で、 はぁ、とため息をついて部室のドアを開けようとしたら、部室の中から声が聞こえてきた。

 ……それがちょっとあんまり穏やかな様子じゃなかったので、私はドアを開けるのを躊躇した。


「出て……行って……ください」


 ぼそぼそとしゃべるその声は、何週間か前まで私が聞いていた副部長の声だった。でも、拒絶の声。


「別にいつも一人なんでしょ。居たっていいじゃない」


 もう一人の声は、何と女子の声だった。……副部長、あんな感じで案外モテてるのか。

 ……いや、ご尊顔はイケメンだと思うけど、普段の様子を見る限り、ぼそぼそしゃべって(猫かぶりだけど!)、前髪がもさっとして目も見えなくて、運動神経も悪そうな感じ(勝手に想像!)からして、モテる要素は薄いと思うんだけど。


「って言うか、その前髪どうにかしたら? 小さい頃はかわいい顔してたんだしさ」


 ……なるほど。この女子は小さい頃の副部長を知ってるから、きっとイケメンだろうことを知っているらしい。……そうなると、恋愛対象になるのかな……?


「触るな」


 副部長の鋭い声がして、外で聞いてる私もビクリとなる。何せ、副部長のそんな鋭い声は聞いたことがない。どうやら前髪がどうとか言ってたから、女子は副部長の前髪を上げようとしたのかもしれない。


「別にいいじゃない。減るわけでもないんだし。って言うか、手叩かれて痛いんだけど」


 何だかめげる様子のない女子の様子に、コツコツとテーブルを叩く苛立つ様子の副部長の様子が見て取れて、何だかどうにかしてあげないといけないかなー、と思って私はドアを開けることにした。 


「誰?」


 部室の中に居た女子が、ドアを開けた私を訝しそうに見る。


「北原……図書室……行こ」


 少しホッとした様子の副部長が立ち上がると、その女子に視線をくれることもなく、私が立つドアの前に来る。


畑下はたした、その子誰?」

「彼女」


 副部長は爆弾を投下して、私の腕をつかむと部室を出て行く。

 部室のドアが閉まる前に見えたその女子の顔は衝撃を受けていて、私と目が合うとギロリと睨みつけられた。


「副部長、副部長」


 あの爆弾が、あの女子を退けるためにつかれた嘘だとは重々理解しているけど、私の不利益が半端なくなりそうな気がするのは気のせいだろうか。睨まれてたよ。

 私が声を掛けているにも関わらず、副部長はずんずんと図書室方向へ向かって行く。

 その足取りが私には早すぎてもう少しゆっくり歩いてほしいんだけど、どうも副部長は聞いてくれそうな気がしない。


「副部長ってば!」


 私はつかまれた腕をつかんでいる副部長の腕を反対側の手でつかむ。


「何?」


 振り向いた副部長の顔は、少し青ざめていて、ついでに私の手をつかむ腕は、鳥肌が立っていた。


「歩くの早すぎます。それと、副部長が大丈夫じゃなさそうなので、一旦止まったらどうでしょ」

「……悪い」


 既に部室は見えなくなっているからか、副部長は立ち止まって廊下の壁に体を預けると、私の腕を握ったまま、大きくため息をついた。


「……あの、手を離してもらっていいですか」

「北原逃げるからな」


 逃亡防止か!


「部活終わるまで逃げませんよ」

「……北原、部室に戻るまでは逃げるなよ。俺の荷物まだあそこにあるから」


 どうやら荷物を取りに戻る時、あの女子対策に私を盾に使いたいらしい。


「私が逆恨みされたらどうするんですか。副部長と付き合ってもないのに」

「……付き合ったらいいだろ」


 私はちょっとだけ動揺したけど、それが副部長の狙いだと思って、毅然とした態度を見せることにする。


「副部長。付き合う予定はありませんが、状況を説明してもらう義務はあると思うんですよね。今巻き込まれちゃったみたいですし」

「北原、付き合おうって言われたんだからもっと違う反応しろよ」

「……そうですね。副部長が私をからかっているという過去がなければもっと素直な反応ができたかもしれないんですけど、何せ副部長には前科がありすぎますから」

「いや、それにしても動揺しなさすぎだろ」


 どうやら私の動揺は気取られなかったらしい。クスリと笑った副部長は、さっきより幾分顔色は戻ってきていた。


「あの爆弾投下はどうでしょう。私は逆恨みされたくないんですけど」

「どうせ俺と部室で二人っきりになってる限り、あいつから逆恨みされるだろ」


 ……彼女かどうかで逆恨みの度合いが違ってくると思うんだけど!


「あの女子はどなたですか」

「……知り合い? 顔見知り?」


 そう言いながら、副部長は首をひねる。どうも呼び方がしっくりこないらしい。


「幼馴染ってやつじゃないんですか」


 小さい頃云々の話をしてたんだから、そういう関係かと思うんだけど。


「幼稚園が一緒だっただけだよ。あいつが幼馴染とか最悪だ。って言うか、お前どこから話聞いてたんだよ。もっと早く部室に入って来いよ」


 副部長に睨まれた気がする。

 おっと、とばっちり!


「いえいえ。何やら秘めた会話に能天気に突撃したらまずいかなー、と思ってですね」

「ありえないから」


 はあ、と大きくため息をついた副部長は、なぜか私をじっと見た。


「何ですか」

「俺、女子に触れると鳥肌立つんだよ」


 へぇ、と私は不思議な生き物を見る気持ちで副部長を見る。さっきまで立っていた鳥肌はもう収まっていた。


「あ、それでさっき鳥肌立ってたんですね。知らなかったとは言え腕をつかんですみませんでした」


 私は副部長の鳥肌のわけが分かって、素直に謝る。


「あの鳥肌はお前のせいじゃない。あいつが髪を触ろうとするから立っただけだよ」

「でも私もさっき副部長に触りましたけど」


 私の疑問に、副部長が私の腕をつかんでいる手に少し力を入れる。


「北原だけは大丈夫なんだよな。今もつかんでるけど、平気だし」

「……えっと、女子に触れられると鳥肌が立つってだけじゃなくて、副部長が女子に触れても鳥肌が立つんですか」

「そうそう。だから、すげー不思議なの」


 私はふと、副部長に初めて遭遇した時のことを思い出した。


「もしかして、三月にいじめられてた女の子がしゃがんでたのぼーっと見てたのって、触れないからそれ以上どうにもできなくて困ってたんですか?」


 副部長が目を見開く。


「あれ、北原だったのか……そうだよ」

「でも悪いことしたわけじゃないですし、別に何も言わずに消えないでいいですよね?」

「北原、うちの学校の紙袋持ってただろう? その後、変に付きまとわれても困るなって思ってたから」


 ずっと気にはなっていたけど、タイミングもなくて聞けずにいたことが、ようやく腑に落ちた。だけど!


「つきまとうとかしませんし!」

「だろうな。それに北原なら触っても平気だし……」

「それって、私を女子認定してないからってことじゃないですか」


 それって、結論としてはそこに行きつくんじゃないのかな? でも副部長はゆるりと首を横に振った。


「最初北原が入部してきた時、早く辞めないかな、って思ってた」


 どうやら私も一応女子と認定されていたらしい。


「え? と言うことは何ですか? 今私が副部長の所業に耐えてるのって、辞めさせるための布石なんですか」


 たどり着いた答えを提示すれば、副部長がぷっと噴き出した。


「何でそこに行きつくわけ。お前に触れても大丈夫だから猫かぶるのも辞めたし、後輩指導始めたんだろ」

「はぁ」

「特別待遇だぞ。そこは喜べ」

「はぁ」


 素直に喜べないのは、散々からかわれてきたからだと思うんだけど。


「とりあえず図書室で、今日のやつは読むから。書評は部室に戻りながらな」


 また私をつかんで歩き出した副部長の歩みは、さっきよりゆっくりになって歩きやすくはなった。


「あの、つかまれてると歩きにくいんですけど」

「北原は逃亡の恐れがあるから駄目だ」


 ……よほどあの女子が怖いと見える。


「仕方ないですね。付き合ってあげますよ」


 私の言葉に、副部長がぴたりと足を止める。


「付き合う?」


 振り向いた副部長の顔は笑いをこらえていて、どうやら私が言葉選びを間違ったのだと分かった。


「その付き合うじゃありません! いちいちからかわないでください」


 男女交際の方じゃないってわかってるくせに、まぜっかえさないで!




「で、今日のはどうでしたか」


 まあ、読み終わった後のため息で、その書評の中身は既に分かってるけど。

 部室に戻る副部長の足取りは重く、顔もいくらか緊張していて、私の腕をつかむ手にはちょっと力が入っている。あの女子に会いたくないんだな、って言うのだけはよく分かる。が、一応書評ももらわないと、書いてきた意味がない。


「あれは、ドキドキが足りない」


 どうやら副部長は気もそぞろらしい。今日は“感”が抜けた。


「ドキドキ感、じゃなくて、ドキドキが足りないんですね」


 私の嫌味に、副部長がギロリと私を見る。


「ドキドキ感だよ」


 どうやら“感”を付け忘れただけらしい。


「……一応、書いたつもりなんですけどね」


 そもそもキュンとする小説でドキドキ感が足りないって……致命的な気が。


「北原。俺はいつも言ってるだろ。砂糖吐くくらい甘くしろって」

「私のじゃ甘さが足りませんかね」

「全然ドキドキ感が伝わってこなかった」

「……そうですか」


 また駄目か。


「北原、聞いても無駄だとは思うけど、手を繋いだことは?」


 私はその質問についニヤリとしてしまう。


「ありますよ」

「え?!」


 私の返事が予想外だったのか、副部長が私を振り向く。

 ホホホ、私だって男子と手を繋ぐことの一度や二度ありますよ!


「フォークダンスは却下、小さい頃とかも却下な」


 おっと……そうなると、なくなるな。

 明らかに目を逸らした私の視界に、ニヤリと笑う副部長の顔が目に入った。


「カウントできるのはそれ以外だ」


 そんな経験あると思うか!

 明らかにやさぐれた私に対して、副部長がいくらか機嫌がよくなったのが分かる。



 部室に近づくと、部室には電気がついていて、あの女子がまだいるのかいないのか、それだけでは判断できそうになかった。


「まだいますかね」

「……あいつ結構しつこいからな。俺のカバンあるのは分かってるから、まだいるかもな」


 どうやら副部長は一方的に好かれてお困りの様らしい。確かに触れると鳥肌が立つ相手に好かれても困るしかないだろうけど。

 副部長が私の腕をつかんでいた手を離す。どうやら逃亡の意思がないと認められたらしい。

 ……と思ったのは一瞬だけだった。


「副部長何やってるんですか」


 あの女子に嘘がばれたら副部長が困るかもと思うと大声で拒否もできず、でも今の現状を素直に受け入れるわけにもいかなくて、小さい声で副部長に抗議する。


「え? 手繋いでる」


 なぜか私は副部長と恋人繋ぎしてるんだけど!


「え? じゃないですよ。おかしいですよね」

「そうか? 恋人のふりもできて、北原は手を繋ぐドキドキ感が体験出来て、一石二鳥だろ」


 どうやら部室を出る前に投下した爆弾を更に破裂させたいらしい。……まあしつこい相手みたいだから、それくらいしないといけないのかもしれないけど……。


「ど……キドキなんてしてませんから」


 私の小さな声の主張に、副部長はニヤリと笑う。


「顔真っ赤だぞ」


 手が触れても大丈夫なんだから万が一手を繋がれても大丈夫だろうって思って選んだテーマなのに!

 恋人繋ぎなんて想定外すぎでしょ!


「ほらいくぞ」


 私の手をぎゅっと握った副部長の手は、少し汗ばんでいて、緊張しているのが分かる。

 だから手を離さないでいてあげてるだけなんだからね!

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