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三話目 足りないのは唐突感

 私は部室のドアを開けられずにその前に佇んでいた。

 ……何しろ先週の話があるからにして……。


「何やってんだ、北原」


 なのにまさかの後ろから副部長。部室はまだ開いてなかったらしい。いつも副部長は授業が終わると早々と部室に来てるから、もう来ていると思っていた。そして絶賛いつもの副部長。いえいえご尊顔が見えない方がホッとします。


「部屋が………閉まってるな、と思って」


 そんなことには気付いてもいなかったけど、とりあえず言い訳として使わせてもらった。


「ほら、鍵開けろ」


 鍵を渡されれば開けないわけにもいかず、先に部屋に入るしかないわけで。もう私には逃げ道はない。


「来ないかと思った」


 後ろでクスリと笑われて、私はぎろりと後ろを振り向く。


「来ますよ」


 まさかドアを開けるのを躊躇してたとか、副部長には言いたくない。


「だろうな。北原のいいところは、その負けず嫌いなところだからな」


 そうか、私は負けず嫌いだったのか。今の今まで気付いてなかった。


「そう……ですね」

「今日はキュンとさせてくれるんだよな」

「当然です」


 思いついたのは昨日で描き上げたのも昨日(実質今日)だけど、渾身作には違いない!

 ……と思う。そのせいで今日は寝不足なのだ。渾身作だと思わせて……。

 部室に入ると、少々むわっとした空気が充満していて、私は窓を開ける。


「流石にこの時期になると暑くなってくるな」


 副部長がネクタイを緩めると、シャツの前身ごろをつかんでパタパタと服の中に風を送り込む。もう六月。気温はぐんぐん上昇してきている。ネクタイを緩める動作にドキリとしたとか、絶対言いたくない。


「……ここ、扇風機しかないんですか」


 私は頭を切り替える。今時扇風機しかないとか、非常に夏の活動が危険だと思うんだけど。


「日が当たらないし、案外涼しく過ごせるんだよ」


 去年一年一人でここで過ごしていたらしい副部長の言うことだから、嘘ではないらしい。


「部室にエアコンとか……」

「部室にそんな予算つくわけないだろ。耐えられなかったらどっか教室抑えるから、安心しろ」

「……それなら、最初からどっかの教室抑えとけばいいんじゃないんですか」

「そしたら部室を使う機会が減って、文芸部には部室の必要なしってなって部室取り上げられるんだよ」

「それは………たとえ冷暖房完備になっても嫌ですね」


 何だろう。この小さなスペースを死守したい気分になるのって。私の負けず嫌いのなせる業?


「だろ。だからとりあえず作品出せ」


 どかり、と椅子に座った副部長が私を見る。

 一瞬なぜ私が寝不足なのか忘れていた私も、寝不足になった理由を思い出した。私は渋々今日の成果を副部長の前に恭しく差し出した。

 副部長は口元だけニヤリと笑うと、その紙を手に取った。




 副部長は私の書いた短編をあっという間に読み終わると、紙を持ったまま私に顔を向けた。


「ボツ」

「……一応、頑張ってみたんですけど」


 昨日一晩だけだけど、一応夜更かしして書いたものだ。


「どこが」

「……テーマ、とか」

「は?」


 副部長の目は前髪で絶賛見えないが、冷ややかな目で見ているだろうことはよく分かる。


「……ダメですかね」

「顎クイって……本当にキュンとするものなわけ」


 訝しそうな副部長に、私も首をかしげる。


「分かりません」


 とりあえず色んなテーマを考えてみたけど、結局書きやすそうなこれにたどり着いた。やられてドキッとするイコールキュンとするだろうという単純な数式によるものだ。……何かを期待して書いたわけじゃ絶対ない!


「分かんないのに書くなよ。されたことは?」


 その一言に、私は身構える。先週はその質問の後、変なことになったのだ。身構えるのだって当たり前だ。


「あるわけないですよね」

「そうか……」

「実地はいりませんから」


 私が勢い込んで宣言すると、副部長がクスリと笑う。


「北原、実地やりたかったの」


 何てこと! 曲解されてる!!


「違います! 先週みたいなことやらないでくださいって言ってます」

「何が?」


 問いかけてくる副部長は間違いなく先週のことを覚えているだろう。口元がニヤニヤ笑っている。


「……何でもないです」


 墓穴を掘りそうで、私はムッと口をつぐんだ。


「何て言うかさ……そう、唐突感が足りないんだよ」


 いいこと思いついた、とでも言い出しそうな口調で、副部長が私の作品をテーブルの上においてトントンと叩く。


「と、唐突感、ですか」


 それ、日本語としてあってますか、と言いたいくらいの単語なんだけど。


「そう、唐突感。ま、唐突さだな」


 ようやく私はその日本語に納得できて頷く。


「……え、でも、どこに唐突さが必要なんですか」


 でも私の書いた話とどう関係するのかはやっぱり分からなくて、私は首をかしげる。


「そ。今の北原みたいに、何かあるんじゃないか、何かあるんじゃないかって身構えてる感じが透けて見えて、顎クイされた時に、ほらあった、みたいな……何て言うか、予定調和的な? ああ、あるよねぇ、って想像できてやっぱりね、ってしか思えないって言うか」

「それのどこが悪いんですか。少なくともこんな話を読みたいって思う人だったら、何かあるのを期待して読んでるわけじゃないですか。やっぱりあった! って喜ばれることはあったとしても、副部長が言うようながっかりしたような感じはないと思うんですけど」


 私の主張に副部長はため息をついて首を横に振った。


「何もなさそうなところに突然あるからキュンとするんだろ。何かありそうなところにあっても、キュンは半分以下だよ。だってあると思って読んでるからな」


 副部長のその説明に反論ができそうになくて、私はムムっと口を閉ざす。

 何さ副部長のくせして、どうしてそんなキュンをつくようなポイントを理解してるんだ!


「ほら、ボツな。勿論次回は別のテーマで」

「……副部長は文芸部の活動してないじゃないですか」


 私ばかりが書かされているのが不満で、口にしてみる。


「してるだろ。しっかり後輩指導」


 私の作品を持ち上げると、副部長はニヤリと口元を緩める。


「副部長書いてないじゃないですか! 副部長の作品読ませてくださいよ」


 そう言えば文芸部に入って二ヶ月経つけど、副部長が何かを書いているところを見たことがないことに今更気付いた。


「え? 俺書かないから」

「……はい?」

「別に書かなくてもいいからって、一年の時の部長に言われたし」

「それって! 単に部員増やしたいだけの売り文句ですよね」

「え? でもいいって言われたし」 


 開き直ってる感満載の副部長に、私はドンとテーブルを叩く。


「いいと言われても、毎週来てるんだったらきちんと活動してください」

「してるだろ」

「何をですか?」

「本読んでる。読むのも大事な活動だろ」

「それは! 文芸部の主たる活動じゃありません」

「え? でも俺辞めたら困るの自分だろ」

「………どういうことですか。活動してない人が辞めても困りませんよ」


 まるで私が副部長が居なくちゃ困るだろ、みたいな言い方されて、何だか腑に落ちなくて言い返す。


「だって、俺辞めたら、もれなく幽霊部員残り三人も辞めるよ? みんな俺の友達だし。そしたら文芸部北原一人になって文芸部廃止、この部室は取り上げられて、文芸サークルとしてどこかで活動してくださいってことになるよ」


 まさかの現実に、私は慌てる。


「いえいえいえいえ。副部長。存分に本を読みに来てください。ええ、好きなだけ本を読んでいてくれて構いませんから。副部長が何も作品を書かなくても一向に構いませんので」


 私の手のひらを返した物言いに、副部長がクスリと笑う。


「だろ」


 何だろう。確かにいてもらわなきゃ困るんだけど、このイラっとする感じ。


「部員増やしたら出てってくださいね」


 つい言ってしまった。

 でも副部長は面白そうに笑うだけだ。


「北原があと四人連れてこれたらな」


 絶対できないと思われてるし!


「絶対やってやります」

「ま、来年俺らが引退したら、そもそも文芸部存続の危機になるわけだし、頑張れよ」


 そうだ。他のメンバーはみんな二年で、三年になったら自動的に引退になるんだった!

 想像してなかった現実に、私の背中を汗が伝う。あと四人。………どうやって部員集めよう。

 綾は名義貸ししてくれそうだな、と顔を思い出す。あと三人。……頑張ろうっと。


「さて、帰るか」


 立ち上がる副部長は、我関せずの様子だ。……当たり前だけど!


「……本当に私のやつチェックするためだけに部活来たんですね」


 嫌味の一つくらい言わないと気が済まない。完全に八つ当たりだと知っているけど。


「来週こそは、キュンとさせろよ」


 ニヤリと笑う副部長は、私にその能力がないと思っているらしい。


「来週覚えておいてくださいよ」


 売られた喧嘩は買ってやる! ……ああ、本当だ。私は負けず嫌いらしい。


「分かった覚えとくから。ほら、外出ろ。カギ閉めるぞ」


 副部長は自分で部屋の電気を消すと、私を追い払うように手で外に出るように促す。


「部活の時間短いですよ」

「え? とりあえず活動実績が必要だからな。それが部室を保つために前部長から授けられた知恵だ」


 どうやら代々引き継がれていそうな知恵だな、と思って嘆息する。


「それにこれから図書館で資料集めするって言っとけば、顧問は納得するから」

「図書館に行く気もないのによく言いますね」


 私が部室の外に出てため息をつけば、その後から出てきた副部長は薄く笑う。


「人徳だろ」


 絶対違うと思うんだけど。私はあえて何も言わずにスルーしといた。


「じゃ、鍵返しとくから」


 手を軽く上げて玄関とは反対方向に歩いて行く副部長に、私は軽くお辞儀をすると玄関の方に向かう。


「あ、北原」


 呼び止められて振り向くと、副部長は何やらカバンをごそごそしながら向かってくる。何やら渡さなきゃいけない資料があったらしい。


「何ですか」

「ちょっとこれ持って」


 副部長は手に持っていた鍵を邪魔と言わんばかりに私に突き出す。


「はーい」


 何探してるんだろうな、とぼんやり副部長の頭頂部を眺めていたら、副部長がカバンを置いて顔を上げた。


「お前、寝不足だろ。クマひどいことになってるぞ」


 副部長は何も持っていない手で私の顎をクイっと持ち上げた。

 私はピキリと固まる。

 あっという間に私の顎から手を離した副部長はニヤリと笑う。


「ほら、唐突な方がドキッとするだろ」


 手を出して鍵を返せと手を動かす副部長に私は鍵を投げつけて、玄関に向かってダッシュする。

 何て奴だ! 実地訓練は不要だって言ったのに! 

 詐欺師め!


「来週覚えてるからな」


 後ろから追いかけてくる声は明らかに面白がってるし!

 く! 覚えてろよ!

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