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十九話目 足りないのは作品

 開けた窓からは、もうセミの声はしない。でもまだ暑さは残っていて、この日の当たる教室は扇風機を回してても暑い。


「祐太郎先輩、誰も……来ませんね」

「ま、来ないだろうな。去年もこんなんだったし」


 机を並べて座っている祐太郎先輩が、頬杖をついた。


「……一応文芸部部員としては、誰かお客さんが来て欲しいんですけど」


 今日は文化祭で、一応文芸部としても作品集を一部百円で配布しているのだ。


「……文芸部員の癖に作品集に作品が載ってないのはどういうことだよ」


 私をからかうような祐太郎先輩に、私はムッとする。


「そもそも副部長が悪いんですよ! 文化祭に作品集を売り出すって知ってたら、私もっと頑張って作品描いたのに」

「呼び方戻ってるぞ。由以子怒ると副部長呼びに戻るんだよな」


 私の怒りなど全く気にもしないように、祐太郎先輩が私からの呼ばれ方を指摘する。


「祐太郎先輩、聞いてます? 私、もっと文芸部らしい活動をしたかったって言ってるんですけど」

「え? 十分文芸部らしい活動してただろ」

「どこがですか! 作品集に一つも作品載せられなくて、どこが活動してたって言うんです」

「まあいいだろ。とりあえず文化祭で作品集売る、って言うのが文芸部の活動だ」

「……一体何年前の卒業生の作品なんですか……」


 私たちが売っている作品集は、過去の文芸部員の作品の寄せ集めだ。……どうやらこれは例年らしく、そう言えば文化祭何やるんですっけ、って尋ねた私に、作品集売るって言われた時のショックって言ったら!

 そう言えば夏休み前も夏休み明けてすぐも、文化祭は間近なのに文化祭の準備をしてないって、運動部が文化祭の準備の話をしているのを聞いて思い出したくらいだったんだけど……。だって実質部長である副部長が何も言い出さないから……。

 今からそんなに書くの無理ですって言ったら、必要ない大丈夫って祐太郎先輩に言われた……。


 どうせなら、この間副部長にギリギリでも合格ラインを貰えた作品を載せたいと言ったら、祐太郎先輩があれは絶対ダメだって……俺のための作品だからって。

 その会話を思い出すと、未だに恥ずかしくなる……。思い出してちょっと悶えてたら、祐太郎先輩の視線に気付く。


「何ですか」

「何一人でニヤニヤしてるんだよ。むっつりだな」

「な! むっつりって何ですか! 私の作品人に見られたくないって言った張本人の癖に」


 私の言葉に、ああ、と祐太郎先輩が椅子の背もたれに体を預ける。


「そりゃそうだろう。俺のために書かれたものを何で人の目にさらさなきゃいけないんだよ」

「……でもそれ言ったら、私何のためにあの作品たち書いてたんですか」


 人の目にさらさない作品って……意味ない気もするんだけど。


「俺のためだろ。由以子」


 祐太郎先輩が私の髪の毛をするりと耳にかける。

 いつぞや祐太郎先輩が私を騙して同じことをしたことを思い出して、ものすごく恥ずかしくなる。


「いい反応だな」


 クスリと笑う祐太郎先輩を私はキッと睨む。


「そんなことされたら反応するの当たり前じゃないですか」

「そうか? 最初の頃は恥ずかしがってはいたけど、今みたいな反応じゃなかったぞ」

「同じじゃないですか」

「んー、純粋にされて恥ずかしいって感じで、俺だから触れられて恥ずかしいって感じじゃなかった。ま、由以子は俺のこと何も思ってなかったわけだから、当たり前だけど」

「……あの、祐太郎先輩はその時どんな気持ちで、私に触れたんですか?」


 あー、と祐太郎先輩は私から目を逸らす。


「完全にからかうつもりだけだったんですか」


 私の問いかけに、憮然とした祐太郎先輩が私を見る。


「そもそも女子は苦手だって思ってるのに、いくら触れても大丈夫だからって、好きでもないやつに触れるわけないだろ」


 その言葉にじわじわと喜びが沸く。


「素直に喜ぶなよ。最初の頃完全にからかわれてるって思ってただろ?」

「あの時はそうですけど、今となれば、嬉しいんです」


 私が祐太郎先輩のこと好きになって、両思いになった今なら、あの時の祐太郎先輩の気持ちが嬉しい。


「それってさ、由以子が俺のこと好きじゃなかったら、迷惑だったってことだよな?」

「……何当たり前のこと言ってるんですか。好きでもない相手から触れられて喜ぶ女子はいません。単なるセクハラ、痴漢なだけです」

「…ギリ、セーフか」

「でも、最初の頃は、完全にセクハラですよね」

「……そうなるのか? ……訴えるなよ?」


 祐太郎先輩の言葉に、私はぷっと噴き出す。


「いくら何でも訴えませんよ」

「だって、由以子弁護士になりたいんだろ。喧嘩したついでに高校時代のこと訴えてやる! ってやりそうで怖いわ」

「……そんなに私を怒らせることしなきゃいいんじゃないですか」


 私が弁護士になった時にも隣にいてくれるって言われた気がして、じんわりと嬉しくなる。


「二人で弁護士事務所やるのもアリだな」


 思いついたように言う祐太郎先輩に、嬉しい気持ちと、突っ込みたい気持ちがないまぜになる。


「祐太郎先輩理系じゃないですか」

「別に何がやりたいって理系選んだわけじゃないから、文転するのはアリだろ」

「……ダメです。祐太郎先輩は、自分が本当にやりたいってものを探してください」


 嬉しいけど、祐太郎先輩がやりたいってものではないと理解しているから、今の恋心だけで簡単に決められる職業を目指してほしくはないと思った。


「……最終的に、弁護士になりたいって思ったら?」

「それは、いいですよ。でも、本当に弁護士になりたいって思ったら、ですよ」

「……由以子は一緒に仕事したいと思わないわけ」

「祐太郎先輩が隣にいてくれるなら、仕事まで一緒の必要はありませんよ。むしろ別々の方がいいかもです。私きっと仕事だと自分の主張を曲げないから、家まで仕事の話で喧嘩になったら嫌じゃないですか」

「ふーん。家、ね」


 その声にからかう音色があるのに気付いて、自分の願望が漏れたのに気付く。


「……悪いですか?」


 ぷい、と祐太郎先輩と反対側を向く。


「いや。悪くない。俺も由以子と家で喧嘩したいわけじゃないから、他のやりたいと思える仕事探すことにするわ」


 今、ここでの約束が未来永劫のものでも、未来を約束したものでもないと言うのは分かっている。でも、今、祐太郎先輩と同じ気持ちでいるんだってことだけで、私は嬉しくて涙が滲みそうになる。


「お、イチャイチャしてますね」


 静かになった教室にやってきたのは幽霊部長と田仲先輩と琥太郎先輩の幽霊部員三人組だった。


「うるさい真」

「恥ずかしがらない、恥ずかしがらない。祐太郎が幸せそうで、お兄さんは嬉しいよ」

「何がお兄さんだよ。俺より十ヶ月も後に生まれたくせに」

「あれ、祐太郎先輩、何月生まれなんですか」

「五月だよ」


 そっか。その時は、本当に単なる副部長と部員だった関係だった。……五ヶ月経ってまさかカレカノになってるとは、あの時の私は思いも寄らなかっただろう。


「へー。祐太郎先輩だって。いいね、祐太郎。リア充爆発しろ、だな」

「うるさい琥太郎茶々入れるな」

「ほーほー、いいですなぁ。若人の恋は初々しくて」

「聡志も! お前ら茶々入れるだけなら帰れよ」

「いやいや、茶々入れるだけのために、わざわざ自分の部活抜けてきたわけじゃないから」

「じゃ、何しに来たんだよ」


 三人を睨みつける祐太郎先輩に幽霊部長が一枚の紙を祐太郎先輩に差し出す。


「これでだな、あの女をぎゃふんと言わせるがいい」

「意味が分からん」


 祐太郎先輩が、は、と呆れた口調でその紙を私に見せてくれる。


「未成年の主張?」

「毎年この学校の文化祭である名物イベントなんだよ、知らない?」


 琥太郎先輩の言葉に私は首をかしげる。


「知らないんですけど、これ飛び入り参加大丈夫なんですか?」


 参加者募集って書いてはあるけど、十時半までに受付ってなってて、今はもう十時五十分だ。そして開始は十一時から。


「あー大丈夫大丈夫。毎年何人か飛び入りで入って伝説を残してるらしいから」


 田仲先輩がニヤニヤしている。


「……俺に伝説を残せってことかよ」

「「「当たり前!」」」


 三人は三人揃って親指を立てた。


「面白がってるだけじゃねぇかよ」

「……でも、こう大々的に主張できる時にしとかなきゃ、あの女まだまだやると思うよ」


 田仲先輩が体を乗り出して祐太郎先輩を説得する。


「そうそう。お前のこと気持ち悪いんだよ! でもいいしさ」


 琥太郎先輩の声に、二人がうんうんと頷いている。


「それ、侮辱罪になりますから、辞めた方がいいですよ」


 私は黙っていられなくて、つい口をはさむ。


「真実なのに」


 幽霊部長が憮然とした顔をする。


「そうです。真実でもです。……たぶん、ですけど」

「お前のことなんてこれっぽっちも好きじゃないんだよ、寧ろ嫌いなんだよ!は」


 まあ琥太郎先輩の言ってることも真実だとは思うけど。


「そんな大勢が集まるところでそんなことやったら、名誉棄損で訴えられても仕方ないです」

「うーん。うちの顧問弁護士が優秀で困る。何を言ったらいいわけ?」


 三人がうーんと唸る。


「……そっか。いいわ、行くわ」


 スイっと祐太郎先輩が立ち上がる。


「由以子、行くぞ」


 祐太郎先輩が私を立たせる。


「え?」

「そうそう、北原さんが一緒に行かないと始まらないよね」

「ここ、どうするんですか」

「不在って書いて貼っておけばOKでしょ。誰も来なさそうだけどね」

「田仲先輩、幽霊部員としてその発言は何ですか。事実ですけど」

「いいじゃん、いいじゃん。その分祐太郎とイチャイチャできるんだしさ」


 私が怒ると、田仲先輩はそう言ってウインクして来た。


「ほら、由以子行こ」

「えー。祐太郎先輩、何を言う気ですか? 侮辱する内容とか、名誉棄損に当たりそうにない内容ですか?」

「大丈夫。そんな内容じゃない」


 スタスタ歩き出した祐太郎先輩に、私は一抹の不安を感じつつついて行く。

 そして、面白がっているあの三人もニヤニヤしながら後ろからついてきている。

 ……絶対、あの教室に不在って書いて置いてきてないし!


 *


「おーっと、飛び入りですね。はい、クラスと名前をどうぞ」


 手を挙げた祐太郎先輩がのそのそと仮の姿で壇上に上がって行く。私は一体何が行われるかまだ分からずに、ハラハラした気持ちで壇上を見やる。


「二年六組、畑下祐太郎です」


 その喋りも仮の姿のままで、ぼそぼそとしゃべるその声は、きちんとマイクが拾えてなくて、司会者の人が苦笑している。


「えーっとでは、未成年の主張、どうぞ」


 コクリ、と唾を飲み込んだ祐太郎先輩が、キョロキョロした後、私に体ごと視線を向けてくる。


「一年一組北原由以子さん。好きです。付き合ってください」


 小さい声なのに、最初から最後まではっきりと通る声がマイクを通してしんとした体育館に響く。

 一瞬の間の後、「おおー!」とどこからともなく雄たけびが上がる。


「おおっと! まさかの告白でしたね! えーっと、そこにいるのが北原さん」


 私の手は、後ろに並んでいた幽霊部長に無理やりあげさせられる。


「おっと、祐太郎に睨まれた。くわばらくわばら」


 小さい声でそう言った幽霊部長が私の腕を離す。


「じゃ、せっかくなので、返事をどうぞ」


 視界の言葉に、へ、と私は戸惑う。

 いや、答えを必要とするものを主張したのは確かに祐太郎先輩だけど、こんな公衆の面前で答えなくてもいいと思うわけだ。


「上がれ!」


 どこからともなく出てきた声が、コールになって私の周りを包囲する。


「えー、観客の総意な様なので、北原さん、上がってもらってもいいかな?」


 司会者の人が私に上がるように促してくる。


「ほら、祐太郎のためだと思って上がって。相手の顔がはっきりと分かってた方が、手も出しにくいからさ」


 どうやら「上がれ」と言い出したのは田仲先輩だったと分かって、私は後ろを睨みつける。


「これで祐太郎が解放されるなら、一瞬恥ずかしいだけで済むでしょ」


 私は諦めてため息をつくと、壇上に上がる。


「さて、答えは」


 マイクを向けられて、私は恥ずかしくて舞台の奥に視線を向ける。


「私も好きです。よろしくお願いします」


 轟音とも呼べる音が、体育館に広がる。


「ほら降りるぞ」


 さっと私の手を取ると、祐太郎先輩が騒音と再び向けられたマイクを無視してスタスタと壇上から降りる。

 壇上から降りる時、強い視線を感じてそっちを見れば、やっぱり菊地先輩が私を睨みつけていて、私はため息をついて視線を逸らした。

 本当に諦めてくれたんだろうか。

 ……私が恥ずかしいことした損とかになったら、目も当てられないんだけど。

 でも、祐太郎先輩がこんなに人がいる場所で、あんなことを言ってくれたのは素直に嬉しかったから、それはそれでいいとしよう。


 ……文化祭なのに、作品書かずに、飛び入り参加したイベントが一番記憶に残るって、文芸部としてはどうだろう?

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