表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/24

十七話目 足りないのは物語

「どうしたの、ゆい坊。頭抱えて」


 昼休み、綾が机に向かって座っている私の頭にポンと手を置く。


「つかぬことをお聞きしますが」


 綾を見上げた私の言葉に、綾がプッ、と吹き出す。


「何その改まったような話し方! 何何? この綾さんで解決できそうな話?」

「……たぶん」

「何その不安そうな“たぶん”って」


 だって、こんな話綾としたことないし。


「告白したことってある?」


 私の言葉に、一瞬ぽかんとした綾が、ポン、と自分の手をついた。


「なるほど。ゆい坊は恋のお悩みね」

「……違う………いや、違わない」


 一応小説のネタで悩んでいるんだけど。いや、現実になる話、なのかな?


「で、どっち?」

「……とりあえず、小説のネタと思ってもらえばいいかと」

「相手は誰?」


 前の机の椅子に座った綾が、私に顔を寄せてくる。


「……小説のネタって言った」

「まあまあ。とりあえずって話でしょ? で、相手は」

「……とりあえず仮定の話でやろうよ」

「ゆい坊の好きな人……あ! 可能性がある人、三人思い付いた」


 私の話をスルーして、綾が私に益々顔を近づける。

 三人?

 一人はたぶん同じ人を思い浮かべてるだろうけど、残りの二人が私には全く思い付かず。


「まずね、竹口先輩! どう?」

「は?」


 思いもよらぬ名前を出されて、私はポカンと口を開く。


「私が何かあるたびに竹口先輩の名前出すでしょ。だから洗脳されちゃって、気がついたら……ってやつ!」


 綾のイケメンセンサーは、二学期になっても竹口先輩に向かったままだった。まあそれはいい。それよりも、友達が同じ人を好きになったかもしれないという可能性を自ら言っているのにも関わらず、なぜそんなにニヤニヤしているのだ!


「あのさ綾。自分の好きな人と友達が同じ人を好きになったら複雑だと思うんだけど」

「え? だってイケメンは所詮観賞用だから。好きな人とは違うって」

「へ?」


 夏休み前後のこの数ヶ月竹口先輩の名前を綾の口から聞きすぎて、好きな人だと疑ってもなかったんだけど。


「観賞用は観賞用。恋愛感情とは別です」

「え? 綾他に本命がいるの?」

「んにゃ。そんなものはいない。恋愛感情に振り回されたら勉強に影響するかもしれないでしょ。だから、イケメンを観賞して日々をちょっとした潤いで健やかに過ごすことにしてるの」

「……何その割り切り……」

「だって、今はやりたいことが優先だからさ。恋愛する暇はないかな」


 綾の全国十位の理由を垣間見る。


「……でも、恋って落ちちゃうものだよ」


 私だっていつ好きになったのかなんて分からないけど、いつの間にか落ちていた。


「おー。経験者のお言葉は含蓄がありますな」


 ニヤニヤしている綾がどこまで本気でそう思っているのかは分からない。


「で、竹口先輩はちがうのね」

「想像すらしたことないんだけど」

「んじゃ、乾君」


 意気揚々と綾が出した名前に、私はぱちくりと瞬きをする。


「ありえないんだけど」


 どうしてその名前が出るんだ。


「えー? 二人結構話してない?」


 むしろ乾君が憐れだ。あんなに本人以外に分かるくらいのアプローチをしているのに本人には絶賛気付かれていない。

 あれは綾の話をしてるんだよ、と言ってあげたい気はするが、さっきの綾の話からするに、もっと可哀想な感じになる可能性があるからして、言えない。


「乾君も迷惑だと思うよ」

「そうかな?」


 首をかしげている綾よ。乾君の好きな人はあなたであります!


「で、もう一人は」

「……一番あり得ないかなー、って思ってるんだけど……文芸部の副部長」


 言い終わった綾が目を見開いた。


「マジで?」


 私が答える間もなく、綾には伝わったらしい。……顔は熱い。


「マジです……です」

「何でどうしてそうなったわけ?! 副部長のどこに惹かれたの」

「……作品のことで意見交換してたら……?」


 たぶん、その表現が一番しっくり来る表現だと思うんだけど……。


「……そうか。ゆい坊にはそれが魅力的に映ったのか……。好きになる理由は人それぞれだね」


 うんうん、と綾が頷く。


「そうだね。好きになるとか思いもしなかったしね」

「で、告白したいんだ」


 コクリ、と頷くと、綾がふむ、と腕を組む。……もはや、小説のネタの話はどこかに行ってしまったけど、これが目的と言えば目的なので、まあいいか。


「残念ながら私には経験のない案件なので、他にも知恵が必要だと思うがどうかね?」

「……ちいとかにも聞くってこと」

「ダメかな?」

「ううん、聞いてみたい」


 私の答えにニッコリ笑った綾が、早速他のところで喋っていたちい達を手招きする。


「何?」


 やって来たちいたちを隣の席に座らせると、綾はちいたちに頭を寄せる。


「聞いて喜べ、でも騒ぐなよ。ゆい坊の初恋だ」


 お、と声を漏らしたちいに、春佳さんは目を輝かせて身を乗り出してくる。


「相手は」

「……文芸部の副部長」


 へー、とちいと春佳さんは言って首をかしげる。


「えっと……確か、あの乗り込んできた先輩が狙ってる人だよね?」


 春佳さんの言葉に、あれ、とちいが声を上げる。


「付き合ってるんじゃなかったの?」

「あ、そう言われればそんな話もあったね」


 綾がのんびりそんなことを言う。


「……むしろ、三人が今の今までその事を追求してこなかったことに、今更驚いてるんだけど」


 そう言えば今の今まで追求はされなかったと今更思い出す。


「えー、私はあれは訳ありと思って付き合ってないと思ってたし」


 綾は自分以外のことには鋭いらしい。


「え、私は付き合ってるんだと思ってた」

「私も。でも、本人が話そうとしないのに追及する必要もないしね」

「そうそう確かに」


 ちいと春佳さんの会話から、どうやらこの二人は興味本位で追及したりしないのだと分かる。

 何だかじんわりと嬉しくなる。


「で、その恋バナで私たちが呼ばれたのって?」


 春佳さんの質問に、綾が私を見る。


「えーっと、二人は告白したことある?」


 私の問いかけに、ちいはブンブンと首を横に振って、春佳さんがコクリと頷いた。


「ゆい坊は告白するの?」


 ちいの言葉に私は頷く。


「私、告白したことあるけど、振られちゃったんだけど、参考になるかな」


 春佳さんが不安げに告げる。


「告白したことない我々の話よりは参考になるんじゃない?」


 綾の話にうんうん、と頷いていたちいが、あ、と声を漏らす。


「もうすぐ昼休み終わるけど、この続きどこでする」

「じゃあ、放課後? でも部活あるしね……だったら明日金曜日だしお泊まり会どう? 土曜は幸い模試もないし、うち提供するよ。多分OK出ると思うし」


 春佳さんの申し出に、おおー、と綾が声を上げる。


「お泊まり会とかしたことない」

「実は私も」


 言い出した春佳さんも未体験らしい。


「私もだよ」

「私も」


 ちいの言葉に続くように、私が言えば、春佳さんがニコリと笑う。


「みんな初めてだね」


 何だかそれが嬉しかった。


「楽しみ!」

「何が楽しみなの?」


 通りかかって綾の声を拾ったらしい乾君が、コーヒー牛乳のパックを持ちながら、問いかけてくる。


「お泊り会!」

「へぇ、楽しそうだな」

「男子禁制ですから」

「いや、分かってるし」


 綾と乾君のやり取りに、私たちはクスリと笑う。


「でも、告白の話だったら、乾君の意見も聞いてみたいところだけどね」


 ちいが投下した爆弾に、ストローを咥えてた乾君がゴフゴフとむせる。


「へぇ、乾君好きな人いるんだ?」

「い……いないから」


 綾の言葉に、乾君が逃げた。


「あの反応は怪しいよね」


 ニシシ、と笑う綾に、私たちは生ぬるい視線を送る。


 *


「今日のは?」


 手を出した副部長に、私はそろりと裏返した原稿を渡す。

 お泊り会での結論は、ストレートに告白するのがいいだろう、という何のひねりもない結論だった。

 でも、初めてのお泊り会は、ものすごく楽しかったし、皆の恋愛観が聞けて面白かった。

 原稿を裏返した副部長は、見た瞬間顔を赤くして、口元を手で覆った。

 私はじっと副部長の反応を待つ。


「由以子、これ物語が足りてない」


 いや、それは知ってるけど……。


「それに何で……告白される話じゃないんだよ……」

「え」


 私が告白するんじゃなくて、副部長が告白するシチュエーションを描けばよかったってこと?

 自分のしていた盛大な勘違いに気付いて、急激に恥ずかしくなる。


「こ、今度、書き直してきます」


 私はバッグを取ると、逃げるように部室を出る。

 副部長から呼び止められたけど、今日は恥ずかしすぎて逃げたい!


 あの原稿には、一言しか書いていないから、物語なんてあるはずもない。


「好きです」


 皆のアドバイス通り、ストレートに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ